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平成21年9月16日判決 知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10433号
- 審決取消請求事件 -

事件名
:内燃機関の排ガス浄化方法及び浄化装置
キーワード
:周知技術/引用発明/拒絶査定通知と異なる理由の発見
関連条文
:特許法159条2項,同法50条,同法29条2項
主文
:特許庁が不服2005-16201号事件について平成20年10年7日にした審決を取り消す。


1 事案の概要
原告らは,平成9年12月9日に,名称を「内燃機関の排ガス浄化方法及び浄化装置」とする発明につき特許出願をしたが,平成17年7月19日付で拒絶査定を受けた。そこで,原告らは,同年8月25日にこれを不服として審判請求を行ったが,平成20年10月7日,特許庁が請求不成立の審決を行ったことから,原告がその取消しを求めた事案である。


2 本願発明の内容【請求項1】
「排ガス流路にNOx浄化触媒を配置した内燃機関の排ガス浄化方法において,前記NOx浄化触媒が,アルカリ金属及びアルカリ土類金属から選ばれる少なくとも1種の元素と,白金族金属(いわゆる貴金属)から選ばれる少なくとも一種の元素と,チタン(Ti)とを含む組成物で,排ガスがリーンのときに排ガス中のNOxを表面に吸着し,排ガスがストイキもしくはリッチのとき吸着したNOxをN2に還元するものであって,内燃機関がリーン運転しているとき,前記NOx浄化触媒で排ガス中のNOxを吸着し,吸着後に,排ガスを0.5秒間乃至4.5秒の間ストイキもしくはリッチの状態とし,前記排ガスのストイキもしくはリッチは,そのリッチ状態の深さを空燃費A/F値で13.0乃至14.7の間とし,前記NOx浄化触媒で吸着したNOxを還元剤と接触反応させてN2に還元して排ガスを浄化する内燃機関の排ガス浄化装置」


3 争点
審査手続では摘示されていない周知例1及び2を含む周知技術1並びに周知例3を含む周知技術2に基づいて認定した審決は,特許法159条2項の準用する同法50条に違反しないか。


4 判決の要旨
(1)
審決の概要
審決は,本願発明と国際公開第94/25143号公報(以下,「引用例」という。)に記載された発明(以下,「引用発明」という。)の相違点を以下の2点とした。
相違点1
「本願発明においては,排ガスがリーンのときに排ガス中のNOxをNOx浄化触媒の表面に吸着しているのに対して,引用発明においては,NOxの吸着がどこで行われているか明らかではない点」
相違点2
「本願発明においては,『吸着後に排ガスを0.5秒間乃至4.5秒の間ストイキもしくはリッチの状態とし,前記排ガスのストイキもしくはリッチは,そのリッチ状態の深さを空燃比空燃費A/F値で13.0乃至14.7の間とし』たのに対して,引用発明においては,吸着後にストイキもしくはリッチ状態を瞬間的に行っており,時間及び深さが明確ではない点」
その上で,相違点1については,「排ガスがリーンのときに排ガス中のNOxをNOx浄化触媒の表面に吸着するものは周知(例えば,周知例1及び周知例2参照。以下,「周知技術1」という。)であることから,相違点1に係る本願発明の発明特定事項は周知である。」とした。
また,相違点2については,「内燃機関がリーン運転しているとき,前記NOxを吸着し,吸着後に,排ガスを数秒間ストイキもしくはリッチ状態とし,前記NOx浄化触媒で吸着したNOxを還元剤と接触反応させてN2に還元して排ガスを浄化することは周知(例えば,周知例1及び周知例3,以下「周知技術2」という。)であり,相違点3に係る本願発明のように時間及び深さを決定することは,周知例1及び周知例3の周知技術を勘案すれば,適宜なし得る設計的事項に過ぎないものである。」とした。
その結果,本願発明は,引用発明,周知技術1及び周知技術2に基づいて当業者が容易に発明することができるものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと結論づけた。
(2)
原告らの主張(本稿では判決で判断が示された取消事由8のみ触れる。)
排ガスがリーンのときに排ガス中のNOxを表面に吸着し,排ガスがストイキもしくはリッチのとき吸着したNOxをN2に還元する『NOx浄化触媒』を用いることは,本願発明の重要な部分であるにもかかわらず,審決は,当該相違点に係る構成を,審査手続では示されていない周知例1及び周知例2を含む周知技術1並びに周知例3を含む周知技術2に基づいて認定している。
しかしながら,当該技術が普遍的な原理や当業者にとって極めて常識・基礎的な事項のように周知性の高いものであるとも認められないから,このような場合には,拒絶査定不服審判において拒絶査定の理由と異なる理由を発見した場合に当たるということができ,拒絶理由通知制度が要請する手続的適正保障の観点からも,特許庁は,新たな拒絶理由通知を発し,出願人たる原告らに意見を述べる機会を与えることが必要であったというべきである。そして,審決は,相違点の判断の基礎として前記周知技術を用いているのであるから,この手続の瑕疵が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
したがって,審決には,特許法159条2項で準用する同法50条に違背する違法がある。
(3)
被告の主張(同様に取消事由8に対する反論のみ触れる。)
周知技術1は,「排ガスがリーンのときに,NOx浄化触媒としてNOxを触媒表面へ吸着するものは周知」であり,この点は,拒絶査定において,「備考」で「NOx浄化触媒として,NOxを触媒表面への吸着するものは,例示するまでもなく本願発明において周知である。」と説示していることに対応している。
また,周知技術2は,要するに,NOx浄化触媒で吸着トラップ触媒におけるNOx還元時の制御として「排ガスを数秒間ストイキもしくはリッチの状態」とすることが周知であることを説示するものであるが,この点は,拒絶理由通知における「備考」で「還元時間は,・・・当業者が適宜決定しうることにすぎない。」と指摘していること,及び拒絶査定における「備考」で「所謂リッチスパイクの頻度及びそのリッチ状態の深さは,当業者が,燃費,浄化性能等を考慮し,実験等を繰り返すことにより最適値を得ることができるものである。」と説示していることに対応している。
そして,かかる周知技術1及び周知技術2は,当業者にとって常識的・基礎的な事項という周知性の高いものであるから,審決が周知技術1及び周知技術2を提示したことは,拒絶査定不服審判において拒絶査定の理由と異なる理由を発見した場合には当たらないものである。
したがって,審決には,特許法159条2項で準用する同法50条に対する違背はない。
(4)
裁判所の判断
拒絶査定及び審決の各認定内容
裁判所は,各公報の記載から,本願発明の内容(従来技術,発明が解決しようとする課題,課題を解決するための手段及び発明の実施の形態),引用発明の技術内容,周知例1及び周知例2の技術内容を明らかにした。
その上で,裁判所は,本件出願から審決に至る手続きの経緯(平成16年1月30日付拒絶理由通知,平成16年4月5日付意見書,平成17年7月19日付拒絶査定及び平成17年8月25日付審判請求書の記載内容)を詳細に検討し,以下の通り,判断を行った。
審査官は,「吸着し」の意義を内部への吸収とは異なる表面への吸着であるとする原告ら(出願人)の解釈を受容した上で,「表面への吸着」という相違点は,引用発明又は引用文献2(特開昭62-97630号公報)に記載された発明を含む周知技術に基づいて,本願発明は容易相到であると判断したものと理解するのが自然である。
一方,審決は,「NOxをNOx浄化触媒の表面に吸着している」点を本願発明と引用発明の相違点と認定した上で,周知例1及び周知例2を具体的に指摘して,「NOxをNOx浄化触媒の表面に吸着するものは周知」であると説示している。
拒絶査定と審決の解釈の齟齬について
周知例1及び周知例2には,少なくとも,「吸着」という文言は記載されておらず,「表面」という文言に関しては,「Pt表面上でO2-,O2-とNO3-が反応する」旨記載されているにすぎない。かえって,「硝酸イオンNO3-の形で吸収剤内に拡散する」旨の記載が認められるのであるから,審決においては,触媒の表面上でO2-,O2-とNOが反応し,かつ硝酸イオンNO3-の形で吸収剤内で拡散するという一連の現象を捉えて,「表面に吸着する」現象と認定していることが窺われることから,これは,「表面に吸着する」とは「触媒表面に吸着するとともに,さらに触媒内部まで拡散(吸収)する」場合に含まれていること,すなわち,「吸着」と「吸収」とは同時に起こる現象であるとの前提に立つ判断であると推断される。
このように,拒絶査定と審決とでは,「表面への吸着」する点に関し,同一性のある解釈をしていたとは認められず,むしろ,拒絶査定及び審決における各説示の文言等に照らし,前者はこれを「表面への吸着」と解釈し,後者は,表面のみならず,「吸収」を含む現象と解釈していることが認められる。
したがって,審決は,拒絶査定の理由と異なる理由に基づいて判断したといわざるを得ない。
そして,この「表面に吸着」する点はまさしく本願発明の重要な部分であるところ,原告らの意見書や審判請求書における主張からすれば,「表面に吸着」する点に関し,原告らは,審判合議体とは異なる解釈をし,本願発明や引用発明を異なる前提で捉えていることが認められるであるから,これに対して,審決が,拒絶査定の理由と異なる理由に基づいて,「表面に吸着し」との点について判断している以上,原告らに対し,意見を述べる機会を与えることが必要であったというべきである。
審決が原告らに対し上記のような意見を述べる機会を付与しなかったとしても,その双方の場合について実質審理が行われ,原告らが必要な意見を述べているなどの特段の事情があれば,審決のとった措置は,実質上違法性がないともできないではないが
(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10538号,同20年2月21日判決の第5の1(4)参照),本件においては,そのような特段の事情を認めることはできない。
周知技術であるという理由のみで拒絶理由を構成していなくとも,特許法29条1,2項にいういわゆる引用発明の1つになり得るか否か
被告主張のように周知技術1及び2が著名な発明として周知であるとしても,周知技術であるというだけで,拒絶理由に摘示されていなくとも,同法29条1,2項の引用発明として用いることができるといえないことは,同法29条1,2項及び50条の解釈上明らかである。確かに,拒絶理由に摘示されていない周知技術であっても,例外的に同法29条2項の容易想到性の認定判断の中で許容されることがあるが,それは,[1]拒絶理由を構成する引用発明の認定上の微修整や,[2]容易性の判断過程で補助的に用いる場合,ないし[3]関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合に限られるのであって,周知技術でありさえすれば,拒絶理由に摘示されていなくても当然に引用できるわけではない。被告の主張する周知技術は,著名であり,多くの関係者に知れ渡っていることが想像されるが,本件の容易想到性の認定手続で重要な役割を果たすものであることにかんがみれば,単なる引用発明の認定上の微修整,容易想到性の判断過程で補助的に用いる場合ないし当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合にあたるということはできないから,本件において,容易想到性を肯定する判断要素になり得るということはできない。
この点に関する被告の主張は,失当であり,原告らの主張が正当である。
結論
上記のいずれ(イとウの点)についても,特許法159条2項で準用する同法50条に反する違法がある。よって,原告らの主張する審決取消事由8は,理由があるから,審決を取り消すこととする。


5 執筆者のコメント
(1)
拒絶査定と審決の解釈の齟齬の点について
拒絶査定と審決とでは,前者はこれを「表面への吸着」と解釈し,後者は,表面のみならず,「吸収」を含む現象と解釈していることが認められ,同一性のある解釈がなされていない。そして,「表面への吸着」の部分は,本願発明において重要な部分であるから,原告らの請求や拒絶査定と異なる理由に基づいて審判体が判断することは,原告ら(出願人)にとって不意打ち以外の何ものでもない。
よって,手続保障の観点から,原告らに意見を述べる機会を与えるべきとした本件判決の結論に賛成する。
(2)
周知技術であるという理由のみで拒絶理由を構成していなくとも,引用発明の1つになり得るか否かの点について
引用発明との相違点が周知技術の付加,転用にすぎない場合は,一般に進歩性が否定される。
しかしながら,「周知技術」に名を借りて実質的に新たな拒絶理由により不利益な処分をすると,手続き違背となる(飯村敏明・設楽隆一編著「知的財産関係訴訟 3」445頁及び知財高判平19.4.26(平成18年(行ケ)10281号)最高裁ホームページ等)。
本件判決は,さらに踏み込み,原則的に,周知技術であるというだけで,拒絶理由に摘示されていなくとも,同法29条1,2項の引用発明として用いることができるといえないことを明らかにした。その上で,拒絶理由に摘示されていない周知技術であっても,進歩性の認定判断の中で許容される場合を以下の3つ場合に限られるとしている。

[1]

拒絶理由を構成する引用発明の認定上の微修整
[2] 容易性の判断過程で補助的に用いる場合
[3] 関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合

拒絶理由に摘示されていない周知技術が進歩性判断の過程で考慮できる場合を上記3つの場合に限定したことに本件判決の積極的意義が認められ,今後の審判における進歩性判断に少なからず,影響を及ぼすものということができる。ただし,これらの場合が,具体的には,いかなる場合を指すのかについては,今後の判例の集積を待つよりない。


(執筆者 白木 裕一 )


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