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平成21年3月11日判決 知的財産高等裁判所 20年(行ケ)第10064号
- 審決取消請求事件 -

事件名
:工作機械の主軸装置事件
関連条文
:特許法第29条第2項
主文
:(1)特許庁のした審決のうち請求項1無効の部分を取り消す。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。


1.事件の概要
本件は、特許第2687110号の請求項1に係る発明について特許を無効とする審決について、その取り消しを求めた事案であり、その経緯は以下の通り。
平成9年8月22日   特許権の設定登録(請求項:3項)
平成18年2月15日  特許無効審判の請求(請求項1)
               →訂正請求
平成18年11月21日 特許無効の審決
               →審決取消訴訟
平成19年2月9日   訂正審判の請求
平成19年3月26日  (裁)無効審決取消しの決定(特許法181条2項)
平成20年1月16日  (庁)審決:訂正認容・特許無効


2.争点
特許法第29条2項の適用の可否


3.本願発明の概要
本願発明は、平成19年2月9日付け訂正審判による訂正後の請求項1に記載された発明であり、以下の通りである。
「主軸内へ気体と液体を同時かつ別々に供給するための二系統の供給路を設けると共に、これら供給路を通じて供給された気体と液体を混合させてミストを噴出させるためのミスト発生装置を主軸の先端部内或いは工具ホルダ内に設けた工作機械の主軸装置であって、前記二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成されており、液体が当該液体供給孔から供給されるとともに、気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて、液体と気体が混合されるように構成されていることを特徴とする工作機械の主軸装置。」



4.判決要旨
(1)
審決の判断
(i)
訂正を認める。
(ii)
本件発明の無効について
審決は、本発明は独国公開第4200808号公報(甲2)に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、本件発明の特許は、特許法29条2項の規定に違反してされものであるから、同法123条1項2号の規定に該当して無効とされるとした。
(ii-1)

甲2発明の内容
回転スピンドル内へ圧縮空気と潤滑液を同時かつ別々に供給するための配管及び供給パイプを設けると共に、これら配管及び供給パイプを通じて供給された圧縮空気と潤滑液を混合させて噴霧を噴出させる工作機械の回転スピンドル装置

(ii-2) 本件発明と甲2発明との対比
本件発明と甲2発明との一致点及び相違点1~3について

[1]

一致点
主軸内へ気体と液体を同時かつ別々に供給するための二系統の供給路を設けると共に、これら供給路を通じて供給された気体と液体を混合させてミストを噴出させるためのミスト発生装置を設けた工作機械の主軸装置
[2] 相違点1
本件発明は、ミスト発生装置が「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」に設けられているのに対し、甲2発明においては、「工具内」に設けられている点。
[3] 相違点2
本件発明は、「二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転する」のに対して、甲2発明は、そうではない点。
[4] 相違点3
本件発明は、「液体が液体供給孔から供給されるとともに、気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて、液体と気体が混合される」のに対して、甲2発明は、そうではない点。
(ii-3) 相違点1について
甲2発明においては、「パイプの出口端部」が、工具(シャフト状フライス10)の内部の中央ボア孔22に位置し、そのために、細いパイプ19がスピンドル2から突出する位置まで延びている。そして、中央ボア孔22の内側で、パイプ19の外側を流れている圧縮空気の流れが、パイプ19を通して流れる潤滑液を細かな噴霧とする。この構成では、工具そのものが、ミスト発生のための専用の形状を採らざるを得ない。
しかしながら、通常の形状の工具を用いるという一般的な要求に応えるならば、ミスト発生機構を、工具内に設けることはできなくなり、工具の手前、つまり「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」に設けざるを得ないのは、当然である。
してみれば、相違点1に係る本件発明の発明特定事項は、当業者が適宜採用できた設計的事項である。
(2)
原告の主張
取消事由1:相違点1に関する判断の誤り
取消事由2:相違点2及び3を不可分一体な相違点として認定判断すべきであるのに、これを2つの相違点に分断した誤り
取消事由3:相違点2に関する判断の誤り
取消事由4:相違点3に関する判断の誤り
取消事由5:本件発明の作用効果に関する判断の誤り
(3)
被告の主張
取消事由1~5への反論
(4)
裁判所の判断
本件発明は、液体用供給管及びその先端部の液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成し、これによって液体が遠心力で液体供給孔から外方に噴出して微細化することとなり、さらに、気体がこの液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されることにより、液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生するようにしたものであり、ミストは工具ホルダ及び工具内の通路を分離することなく通過して、被加工物の比較的深い箇所にも供給されるものである。その結果、ミスト発生装置の設置箇所は、主軸の先端部内又は工具ホルダ内とすることが可能となっている。
これに対し、甲2発明は、パイプ19をスピンドルと同体にして回転させるものではなく、また、液体供給孔の外周に狭窄部を設けて空気を噴出させて積極的に液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生するようにするものではなく、噴霧を切削領域に放出させるためには、パイプ19は、ドリル工具又はフライス工具10の出口31のすぐ上流側まで延びて配置する必要があるものである。
そうすると、本件発明は、混合したミストが分散しないことを解決課題としているという点で、甲2発明とは異なる課題を有するものである。
そして、[1]上記課題を解決するため、本件発明のミスト発生装置の構成は、甲2発明のミスト発生装置の構成とは上記の相違点を有することになり、その結果、[2]ミスト発生装置の設置位置につき、甲2発明は工具の出口のすぐ上流側であるのに対し、本件発明は主軸の先端部又は工具ホルダ内とすることができるとの相違点を生じさせ、さらに、③ミスト発生位置からミストを供給する加工部までの噴霧状態を保つ必要がある距離も、両者を比較すると、本件発明は長い距離であるのに対し、甲2発明は短い距離であるとの相違点を生じさせたものである。
このように、本件発明は、上記課題を解決するために、ミストを発生する機構、ミスト発生装置の設置箇所及び噴霧状態を保つ距離において異なるものであって、甲2発明から容易に想到し得るものではないと認められる。
これに関し、審決は、甲2発明の構成においては工具そのものがミスト発生のための専用の形状を採らざるを得ないが、通常の形状の工具を用いるという一般的な要求に応えるならば、ミスト発生のための機構を工具内に設けることはできなくなり、工具の手前、つまり「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」に設けざるを得ないのは、当然であるとし、「相違点1に係る本件発明の発明特定事項は、当業者が適宜採用できた設計的事項である。」とした。審決の判断は、前述の本件発明及び甲2発明の構成及び作用効果の認識に立てば是認することができない。
このように、本件発明と甲2発明とは、ミストを発生する機構、ミスト発生装置の設置箇所及び噴霧状態を保つ距離において異なる構成を採用し、その作用効果も異なるものであるから、本件発明に係るこれらの事項につき、当業者には容易に想到することができたものとはいえず、審決の認定判断は誤りである。


5.コメント
審決が取り消される理由となったのは、次の事項に関する認識の欠落であった。
(i)
本件発明の構成及び作用効果:

回転する液体用供給管から液体が遠心力で外方に噴出して微細化
気体が液体供給孔周囲の狭窄部から噴出
→液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生
→ミストは分離することなく被加工物の深い箇所にも供給される
(ii)
甲2発明の構成及び作用効果:

パイプ19は回転しない。
液体供給孔外周に狭窄部を設けて空気を噴出させるものではない。
→噴霧を切削領域に放出させるためには、パイプ19は、工具10の出口31のすぐ上流側まで延びて配置する必要がある。
判決では、上記構成及び作用効果について述べるにあたり、「本件発明は、混合したミストが分散しないことを解決課題としているという点で、甲2発明とは異なる課題を有するものである。そして、[1]本件発明における上記課題を解決するため、……」と、課題の相違から構成及び作用効果を説き起こしている。しかしながら、本件明細書に記載された課題は、ミストが遠心力により分離しないようにすることであり(段落0007、0009)、ミストの分散という課題は、本件明細書にも原告の主張にも登場しない。にも拘わらず「課題」導き出して言及する必要性があるのか、疑問である。


(執筆者 舘 泰光 )


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