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平成21年2月17日判決 知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10026号

事件名
:動的な乗物事件
キーワード
:進歩性
関連条文
:特許法第29条第2項
主文
:特許庁が不服2005-21460号事件について平成19年9月11日にした審決を取り消す。


1.事案の概要
拒絶査定不服審判(不成立)に対する審決取消訴訟
(*本願発明は請求項1~4からなるが,議論の簡略化のために基本となる請求項3(本願発明3)だけを取り上げる)

(1)
本願発明3の発明の要旨
「乗客を乗せ,乗物の外側の環境を通る軌道に沿って動く動的な乗物において,
(a)
前記環境に対して軌道に沿って動くシャーシと,
(b)
乗客を乗せることができる車体と,
(c)
車体をシャーシに接続し,シャーシと独立した車体の調整された運動を行なわせるアクチュエーターと,を有し,
車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる,乗物。」
(2)
引用刊行物(甲1,特開平5-161762号)に記載された発明
「周回軌道と,この周回軌道に沿って進行する台板およびこの台板に搭載されて外界から遮蔽されるとともに内部に座席を設けたカプセルを備えた車両と,上記カプセルに設けられたスクリーンに映像を映す映像演出手段と,この車両に設けられ周回軌道の途中でカプセルの向きを変える方向変換装置と,上記方向変換装置の作動によりカプセルの向きを変更した場合に上記スクリーンを透明にしてこのスクリーンを通して外部を透視することができるスクリーン切換手段と,上記周回軌道の途中に位置して車両の外部に設けられ上記スクリーンを通してカプセル内の乗客から見ることができる外部演出手段と,上記映像演出手段に同調して,上記台板とは独立して前後,左右に揺動や振動が与えられる上記カプセルを動かすカプセル駆動手段と,を備えた軌道走行型観覧装置。」
(3)
一致点と相違点1
<一致点>後記相違点1以外の部分
<相違点1>本願発明3においては,「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」と特定されるのに対して,刊行物記載発明においては,この特定を備えるか定かでない点。
(4)
審決の判断
審決は,相違点1について「本願発明3は,刊行物記載発明において車両の発進状態を体感させようとすれば,これの備えている運動装置を使用して周知のシミュレートを行うことで,当業者が容易に発明をすることができたものである」と判断した。
(5)
原告主張の取消事由(相違点1についての判断の誤り)
引用刊行物には,相違点1に係る「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」との本願発明3の構成の技術的意義に関する記載も示唆もなく,本願発明3を想到する動機付けとなり得る記載がないのであって,周知例甲2ないし5においても同様であるから,当業者が刊行物記載発明において周知例甲2ないし5の記載を参照したとしても,本願発明3を容易に想到し得たとはいえない。


2.裁判所の判断
(1)
刊行物記載発明
(ア)
外界から遮断されたカプセル状の乗物内部に座席及び座席前方のスクリーンを設け,同スクリーンに映像を映し出し,この映像の変化に合わせて座席又は乗物本体(以下「座席等」という。)を前後左右に揺動させるようにした,いわゆるシミュレーション式遊戯装置が従来から知られていたが,この従来のシミュレーション式遊戯装置には,スクリーンに表現される環境の範囲でしか遊べないという不具合や遊びの種類・質が単調になる傾向があるという課題があった。
(イ)
上記課題を解決するため,刊行物記載発明は,外界から遮断されたカプセル内でスクリーンに映し出された映像による遊びに加えて,外部に演出される映像や情景又は造型などを楽しむことができ,遊びの種類や質が増大して変化に富んだ楽しみが味わえる軌道走行型観覧装置を提供するものである。
(ウ)
刊行物記載発明においては,スクリーンに映し出される映像に応じて車両がローリングやピッチング運動することによって,乗客は車両内に演出された擬似空間に居るような擬似体験をすることができる。
(エ)
したがって,刊行物記載発明におけるシミュレーションは,カプセル内部のスクリーンに映し出される映像に応じて座席等に動きを与え,乗客に映像上の出来事を擬似的に体感させるというものであり,シミュレーションの点に着目すれば,外界とは無関係に行われる点で引用刊行物に記載された従来のシミュレーション式遊戯装置におけるシミュレーションと同様の技術的思想であるということができる。
(2)
検討
相違点1に係る本願発明3の構成は,乗物の実際の前進加速により乗客が経験する加速度の感覚を強調するために,乗物を更に加速することに代えて,前進中の乗物に加速度感を生起させる動きを加え,それによるシミュレーション効果により擬似的に実際の加速以上の加速度感を乗客に体験させるとともに,安全性を十分に確保するという点に技術的意義があるものと認められる。
これに対し,刊行物記載発明は,カプセル内部のスクリーン上の映像に対応して座席等に動きを与え,乗客に映像上の出来事を擬似的に体感させるというものであり,同発明におけるシミュレーション効果は,乗物の実際の動きがもたらす乗客の感覚とは無関係である。また,引用刊行物には,設計技術上及び安全性の問題から乗物の急激な加・減速や急速度での急カーブの曲がりなどの実際の動きが制限されるという事情の下で,動的な乗物に臨場感や大きなスリルなどを求める乗客に対して急激な加速や減速,高速での急カーブの曲がりの感覚を提供するという本願発明3の課題についての記載も示唆もなく,シミュレーション効果の利用という点においては,引用刊行物が従来技術として記載している「従来のシミュレーション式遊戯装置」と同一の技術的思想であるといえる。
したがって,刊行物記載発明は,動的な乗物においてシミュレーション効果を利用するという点では本願発明3と共通するものの,シミュレーション効果の利用状況についての着想及びそれにより実現される効果の点で本願発明3とは技術的思想を異にするものというべきであって,刊行物記載発明と本願発明3とでは,シミュレーションを利用することの技術的意義が相違するものと認められる。そして,本願発明3におけるシミュレーションの利用の技術的意義については,引用刊行物に記載も示唆も認め難いところ,本願発明3におけるシミュレーションの利用の点が,相違点1に係る構成に当たるから,結局,引用刊行物には,相違点1に係る構成の技術的意義について,記載及び示唆があるものと認めることはできない。
以上によれば,引用刊行物には,相違点1に係る本願発明3の構成を想到する契機ないしは動機付けとなる記載や示唆があるものと認めることはできない。
(3)
シミュレーション装置の周知例甲2~5について
周知例は,乗物を実際には移動させることなく,あるいは乗物の実際の動きとは異なる態様で,乗物を運転する際に感じる運転感覚や体感を擬似的に体験させるシミュレーション装置はよく知られた技術であると認められる。
しかしながら,周知例甲2ないし5には,乗物が実際に前進加速している時に,乗客が経験する加速度感を更に強調するために,当該乗物に加速度感を生起させる実際の動きを加え,乗客の前進加速感を擬似的に強調し高めるシミュレーションを行うとの技術的事項が記載されているとは認められないし,これを示唆する記載も見い出すことができない。
(4)
引用刊行物について
被告は,引用刊行物には,乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与えることがもともと示唆されており(段落【0034】~【0035】),車体が前進加速段階を有することも想定されている(段落【0045】)と主張する。
そこで,検討するに,引用刊行物(甲1)には,「ステージ5の情景が動きを伴う映像の場合は,引き続きピッチング用油圧シリンダ54およびローリング用油圧シリンダ55を伸縮作動させて,カプセル40をローリングやピッチング運動をさせる。そして,走行中のスクリーン42に映されていた映像と,上記ステージ5の情景とを連続する環境雰囲気や連続するストーリに設定しておくこともできる。」(段落【0034】),「このような外部ステージ5に展開される情景を見ている時は車両10をその位置に停止させておいてもよいが,低速走行や通常の速度で連続して走行させるようにしてもよい。」(段落【0035】),「スクリーンに映し出される映像は,従来においては屋外に設置されたジェットコースタなどのような,各種の擬似体験遊戯とすることもでき」(段落【0045】)との記載がある。
上記記載によれば,引用刊行物には,「乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与えること」との技術事項が示唆されていると認められ,また,スクリーンの映像上において「車体が前進加速段階を有すること」も想定されているといえる。
しかしながら,引用刊行物の前記(2)イの記載に照らすならば,当業者であっても,「乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与えること」との技術事項における「前記動き以外の動きを与える」ことを,乗物の前進加速により乗客が経験する乗物の加速度の感覚を強調し高めるシミュレーションを意味するものと理解することは困難であると認められ,また,スクリーンの映像上において「車体が前進加速段階を有すること」についても,これが上記シミュレーションを意味するものと理解することは困難であると認められる。
(5)
新たに提出された技術常識(乙1~3)について
被告は,乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与え,乗物に乗車した者にそれらの動きが組み合わさった動きを体感させて興趣感を高めることは,従来から当業者にとって技術常識(乙1~3)であり,乗物の走行のみを行う場合と同程度の感覚を体感させるに当たり,シミュレートを加えることで要する走行に係る加速の度合いを低減できることは,当業者が予測し得る程度のことにすぎないと主張するところ,現段階においてかかる立証活動が許されるかは検討を要する問題ではあるが,この点はさて置きその内容について,検討する。
(ア)
乙第1号証は,名称を「軌道走行型模擬乗物装置」とする発明の公開特許公報(特開平5-186号)であり,これには,周回軌道を走行するカプセル型車両の内部にスクリーンを設け,このスクリーンに車両の走行速度に関係のない映像を映し出し,映像に応じて座席又は車両をローリング運動やピッチング運動させて,映像とこれに応じたシミュレーション運動により宇宙遊泳,海中遊覧,ジェットコースタなどの疑似体験させる遊戯乗物装置が記載されている。
(イ)
乙第2号証は,名称を「遊戯用乗り物装置」とする発明の公開特許公報(特開平4-164479号)であり,これには,走行レールに沿って走行するゴンドラにバランスウエイトを設け,ゴンドラの乗客による操作に応じて,あるいは,走行するゴンドラがカーブする際の遠心力によって,バランスウエイトを移動させ,これによって,ゴンドラにさまざまな動きを行わせる遊戯用乗り物装置が記載されている。
(ウ)
乙第3号証は,名称を「疑似体験車両装置」とする発明の公開特許公報(特開昭59-32481号)であり,これには,カプセル型車両が走行する周回軌道に加減速部やカーブを設け,加減速部では,実際には車両の走行速度を変化させず,車両の内部に設けられた映像音響装置から出力される映像や音響を加減速部と同調させて視覚,聴覚と同時に加速感や減速感を増幅して感受させるとともに,乗員に加速感覚を付与するように車両の後方を沈み込ませたり,減速感覚を付与するように車両の前方を沈み込ませたりする疑似体験車両装置が記載されている。
乙第1ないし3号証には,被告主張の「乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与え,乗物に乗車した者にそれらの動きが組み合わさった動きを体感させ」る技術事項が記載されていると認められる。
しかしながら,上記各乙号証には,当業者が,上記技術事項における「前記動き以外の動きを与え,乗物に乗車した者にそれらの動きが組み合わさった動きを体感させ」ることが,乗物の前進加速により乗客が経験する乗物の加速度の感覚を強調し高めるシミュレーションを意味するものと理解し得るような記載は存在しないから,上記各乙号証により相違点1に係る本願発明3の構成の技術的意義が当業者にとって技術常識であったとは認められない。


3.コメント
相違点にかかる構成が公知技術に記載されていない場合における相違点についての判断に誤りがあるとされた事例。
相違点1にかかる「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」技術事項は公知ではなく,本願発明3はその点で公知技術の組み合わせではない。しかし,「乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与える技術」や,「乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与え,乗物に乗車した者にそれらの動きが組み合わさった動きを体感させる技術」は公知ないし周知技術であり,その差はわずかである。
判決は,本願発明は,乗物の実際の前進加速により乗客が経験する加速度の感覚を強調するために,乗物を更に加速することに代えて,前進中の乗物に加速度感を生起させる動きを加え,それによるシミュレーション効果により擬似的に実際の加速以上の加速度感を乗客に体験させるとともに,安全性を十分に確保するという点に技術的意義があるのに対し、周知のシミュレーション技術は,乗物を実際には移動させることなく,あるいは乗物の実際の動きとは異なる態様で,乗物を運転する際に感じる運転感覚や体感を擬似的に体験させるものであって,公知例に相違点1にかかる構成を示唆するものはないから容易に想到できないとした。
判決は,相違点1にかかる構成が公知例に示唆されていないというが、乗物の動きにシミュレーション技術を加えて複合した効果を体験させることが公知例に示されているのであるから、乗物の動きとシミュレーション技術をシンクロさせることについて示唆があると評価することもできるはずである。この程度の記載では「示唆」にならないというのであれば、結局のところ、公知例に相違点1にかかる構成又は技術的意義そのものが記載されていることを要求することとほぼ変わらないのではないかと思われる。
容易想到性を否定する論理としては,むしろ,乗物の動きとシミュレーション技術をシンクロさせることより,擬似的に実際の加速以上の加速度感を乗客に体験させるという効果が従来技術とは異質なものであるとの評価(もっとも、効果の異質性には異論もあろう)を前面に押し出す方が説得的ではないかと思われる。
なお,判決が本件発明の技術的意義として安全性の確保を重視しているとすれば正しくないと考える。本件発明の構成から安全性がもたらされるわけではない。発明の技術的意義については,明細書の記載に引きずられるのではなく,構成の作用効果を客観的に把握して認定すべきと考える。


(執筆者 鎌田 邦彦 )


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