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平成21年9月30日判決 知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10431号

事件名
:AC電流センサ事件
キーワード
:周知技術を適用するための共通解決課題・動機付け・阻害要因の存在
関連条文
:特許法29条2項
主文
:拒絶査定不服審決取消


1.事件の概要
審決における相違点2に係る構成を引用発明と周知技術から容易に想到することができたか否かを判断するに当たっては、引用発明に係る電流トランスデューサーにおいて、周知技術を適用するための共通の解決課題ないし動機付けが存在していたか否か、仮に存在していたとして、周知技術を適用するための阻害要因がなかったか否かを検討する必要がある。本件では引用発明にそのような解決課題ないし動機付けが存在したとはいえず周知技術を適用することを阻害する要因があったというべきである。


2.事件の経緯
(1)
対象特許出願:特願平9-514363号
(2)
事件の経緯
出願日         平成8年10月2日
拒絶理由通知書 平成17年11月18日 (発送日:平成17年11月29日)
意見書         平成18年5月29日
手続補正書     平成18年5月29日
拒絶査定       平成19年7月17日
同謄本送達     平成19年7月24日
審判請求日     平成19年10月22日
審決           平成20年7月10日


3.本件発明の要旨
本願発明(補正後の発明):
請求項1
「負荷インピーダンスに供給される信号に検知可能な影響を与えることなく電気回路の負荷インピーダンスに供給される電流を検出する電流センサであって、前記回路は電源と、当該電源および前記負荷インピーダンスの間において電流を流す電流経路とを備えるタイプのものであり、前記センサは:
変圧回路の一次コイルとしての機能を果たす、前記電源を前記電気回路の前記負荷インピーダンスに接続させるとともに、前記電流経路の一部をなす少なくとも1つの導電性要素と;
前記導電性要素に磁気的に密に結合されるように配置された、前記変圧回路の少なくとも1つの2次コイルと;
前記負荷インピーダンスを経由する電流を表す出力信号を供給するとともに、前記2次コイルに結合された一対の出力端子とを備え;
前記導電性要素は、前記センサによって前記電気回路に印加されるレジスタンスおよびインダクタンスが最小になるように構成されており、前記電源および前記負荷インピーダンスに直列に結合された、導電体の一部分であり、前記2次コイルおよび前記導電性要素は、前記2次コイルと前記導電性要素を規定する導電体を含む多層基板上に配置された電流センサ。」


4.審決の内容
本件補正後の発明は、甲3(主引例発明,特開平1-276611)と甲4(周知技術,特開昭61-156802)に基づいて、進歩性なし。
(1)
甲3(特開平1-276611)…引用発明
(2)
甲4(特開昭61-156802)

[1]

一致点
電気回路の負荷インピーダンスに供給される電流を検出する電流センサであって、前記回路は電源と、当該電源および前記負荷インピーダンスの間において電流を流す電流経路とを備えるタイプのものであり、前記センサは:変圧回路の一次コイルとしての機能を果たす、前記電源を前記電気回路の前記負荷インピーダンスに接続させるとともに、前記電流経路の一部をなす少なくとも1つの導電性要素と;前記導電性要素に磁気的に密に結合されるように配置された、前記変圧回路の少なくとも1つの2次コイルと;前記負荷インピーダンスを経由する電流を表す出力信号を供給するとともに、前記2次コイルに結合された一対の出力端子とを備え;
前記導電性要素は、前記電源および前記負荷インピーダンスに直列に結合された、導電体の一部分である電流センサ。
[2] 相違点
〔相違点1〕本願発明では、電流センサが、負荷インピーダンスに供給される信号に検知可能な影響を与えることなく電流を検出するものであり、導電性要素が、前記センサによって電気回路に印加されるレジスタンスおよびインダクタンスが最小になるように構成されているのに対し、引用発明では、相互インダクタンス電流トランスジューサー、導電体18、18aがそれぞれそのようなものであるか否か明らかではない点。
〔相違点2〕本願発明では、2次コイルおよび前記導電性要素は、前記2次コイルと前記導電性要素を規定する導電体を含む多層基板上に配置されるのに対し、引用発明はそのような構成のものではない点。


5.審決取消事由

[1]

一本の直線状の導電体をプリント基板上に形成することの周知性についての判断の誤り審決は,本願発明が,引用発明(甲3)の導電体18と環状コイル13の双方を,周知例(甲4)に示される多層基板上にプリントされたコイルに置換したものにすぎないと判断したものである。
しかし,引用発明の導電体は,単巻き1次巻線としての作用は有するが,コイルではなく,構造上一本の抵抗の小さい導電体である。このような一本の直線状の導電体をも多層基板上にプリント形成する点は本願前の刊行物には教示されていない。
審決は周知技術の評価を誤った結果,容易想到性の判断を誤ったものである。
[2] 容易想到性の判断に当たり引用発明と技術課題を共通にしない周知技術を適用した誤り
ア)
引用発明の環状コイル(2次コイル)は,非完全なシンメトリーの巻回による問題(外部的又は外因性の磁界が環状コイル結合する磁気干渉の問題)を解消するために,導電体の略中央部に導電体長の1/3より短い軸長のプラスチックコア(ボビン)を設け,これに巻かれたコイルである。甲4の電力用トランスの周知のプリントコイルは,電力用トランス以外のどのような応用に格別適するとまでは示唆しているものではない。単に積層基板上に形成されたプリントコイルが周知だからといって,そのプリントコイルが,磁気干渉の問題を技術課題として意識し,それを解決した引用発明の特別な環状コイルセンサーを等価的に置換し得るということにはならない。
イ)
本願発明では,同じ積層基板の表面と裏面にそれぞれ導電体と2次コイルをプリントするものであるから,形状上精度良くできる点を利用して上記の技術課題を解決しており(出願当初の明細書の15頁下から9行~16頁8行参照),上記の技術課題を意識していない周知のプリントコイルとは異なる。本願発明は引用発明と同様の技術課題を別異の方法で解決したものであり,解決原理が異なる。
ウ)
審決は,積層基板上に形成されたプリントコイルにより小型化されたことのみを考慮し,電流検知センサーに要求される外部磁界の影響の完全な除去のための形状の精密さを一切考慮することなく,容易想到であるとした点で誤りである。


6.裁判所の判断
(1)
取消事由について(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)
相違点2に係る構成を引用発明と周知技術から容易に想到することができたか否かを判断するに当たっては,引用発明に係る電流トランスデューサーにおいて,周知技術を適用するための共通の解決課題ないし動機付けが存在していたか否か,仮に存在していたとして,周知技術を適用するための阻害要因がなかったか否かを検討することが必要であるが,本件においては,引用発明には,そのような解決課題ないし動機付けが存在したとはいえないし,また,周知技術を適用することを阻害する要因があったというべきである。
(2)
解決課題および動機付けについて
このように,引用刊行物に記載された技術的事項は,2次コイルとして,環状コイルを用いることを前提としたものであって,引用刊行物には,相互インダクタンス電流トランスジューサーの2次コイルを環状コイル以外のものとする可能性を示唆する記載はない。引用発明は,電流感知トランスジューサーの従来技術を前提としながら,環状コイルにおけるシンメトリー構造の実現という課題を,環状コイルを多重層構造とすることによって解決しようとしたものである。引用発明と本願発明は,課題解決の前提が異なるから,引用発明の解決課題からは,コイルを多層基板上に形成するための動機付けは生じないものといえる。なお,引用刊行物には,相互インダクタンス電流トランスジューサーを小型化するという課題も記載されているが,環状コイルを前提としたものであって,本願発明における小型化とは,その解決課題において共通するものではない。
(3)
阻害要因について
引用発明…細長いほぼ直線状の導電体の周囲に同軸的に円筒形のスリーブを配置し,その円筒形スリーブと嵌合するように環状コイルが配置され,環状コイルがほぼ直線状の導電体の周囲を取り囲むという構成を採用。
周知例…1次コイルと2次コイルが平面的に対向するように配置。
したがって,引用発明と周知例の技術は,構造を異にしている。
そして、導電体と環状コイルとからなる,引用発明のトランスの構成に,上記周知例に記載されたトランスの構成を適用する場合,2次コイルである環状コイルは,直線状の導電体に直交する仮想的な平面上に,前記導電体を囲むように配置されることが必要となる。しかし,周知例に記載されたトランスは,平面状コイルを形成した絶縁基板を積層するものであり,平面上の1次コイルと2次コイルは,互いに平行な基板面上に形成され,引用発明の導電体と環状コイルの配置関係と,周知例に記載されたトランスにおける1次コイルと2次コイルの配置は,構造上の相違が存することから,引用発明に周知例の構成を適用することには,困難性があるというべきである。
また,引用発明に周知例に記載された技術を適用することを想定した場合,まず,引用発明においてはほぼ直線状の導電体とすることにより導電体によるインピーダンスの発生が抑制されているのに対し,引用発明の導電体に対応する周知例の1次コイルは渦巻状であって導体長が長く,それ自体がインピーダンスとして働く余地があり,この点でも引用発明に周知例の技術を適用しようとするに当たっての阻害要因となる。
さらに,引用発明においては,電力メーター用電流感知トランスジューサーとして,需要家に供給される電力の正確な測定ということが技術的課題とされ,そのために,環状コイルに作用する外因性磁場による悪影響の排除という課題が存在するのに対して,周知例の技術においては,専ら1次コイルと2次コイルの磁気結合の強化ということが技術的課題とされていて,外部磁界による磁気干渉は,格別考慮する必要がない点において,引用発明に周知例の技術を適用しようとするに当たっての阻害要因となり得る。


(執筆者 岡崎 豊野 )


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