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平成21年8月31日判決 知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10345号

キーワード
:本願の課題が示されていないにも関わらず容易想到とした審決の誤り、容易想到性の判断に影響を与える周知例の認定誤り
関連条文
:特許法29条2項
主文
:進歩性がないとした無効審決の取消し。


1.事件の概要
本願の課題が示されていないにも関わらず容易想到とした審決の誤り


2.事件の経緯
(1)
対象の特許:特許3806396号
原々出願(特願平7-171154)、原出願(分割出願:特願11-248802)からの更なる分割出願
(2)
事件の経緯
平成18年5月19日:登録(登録時の請求項の数は6)
平成18年11月2日:被告が無効審判請求
平成19年1月22日:原告が請求項2を削除する等の訂正請求
平成19年8月24日:請求項1ないし6を無効とする第1次審決
平成20年4月24日:原告が、第1次審決の訴え(平成19年(行ケ)第10333号)を提起し,訂正を認めないことを前提として本件特許を無効であるとした第1次審決の取消判決をし,同判決は確定、特許庁差し戻し
平成20年8月19日:訂正を認める。特許第3806396号の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする(本件審決)


3.本件発明
本発明:訂正後の発明(下線部分:訂正部分、改行は筆者)
「椅子本体の両肘掛部の上面適所に人体手部を各々載脱自在でこれらに空圧施療を付与し得るよう,椅子本体の両肘掛部に膨縮袋を各々配設し,且つ各膨縮袋に圧縮空気給排装置からの給排気を伝達するホースを各々連通状に介設してなる圧縮空気給排気手段を具備させた手揉機能付用施療機であって,
該手揉機能付用施療機の各肘掛部は,肘幅方向外側に弧状形成された立上り壁を立設して,
肘掛部の上面をこの弧状の立上り壁で覆って人体手部の外面形状に沿う形状の肘掛部に各々形成されており,且つ,
前記立上り壁の内側部には膨縮袋を配設すると共に,
前記肘掛部の上面に二以上の膨縮袋を重合させた膨縮袋群を配設して,
前記肘掛部の上面に配設した膨縮袋群は,圧縮空気給排装置からの給気によって膨縮袋の肘幅方向の外側一端よりも内側他端が立ち上がるように配設され,
前記膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させて
肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて,
立上り壁内側部に配設された膨縮袋と肘掛部の上面に配設された膨縮袋群とを対設させた膨縮袋間で人体手部に空圧施療を付与させるようにした事を特徴とする手揉機能付施療機。」


4.審決の内容
本件訂正後の発明は、引用例1(特開2001-204776)、引用例2(特開昭50-136994)、周知例1(特開平10-118143)、周知例2(特開2002-301125)、および、周知例3(特開平10-263029)に基づいて、進歩性なし。引用例1との一致点および相違点は以下の通り。

[1]

一致点
「椅子本体の両肘掛部の上面適所に人体手部を各々載脱自在でこれらに空圧施療を付与し得るよう,椅子本体の両肘掛部に膨縮袋を各々配設し,且つ各膨縮袋に圧縮空気給排装置からの給排気を伝達するホースを各々連通状に介設してなる圧縮空気給排気手段を具備させた手揉機能付用施療機であって,
該手揉機能付用施療機の各肘掛部は,肘幅方向外側に形成された外側壁を立設して,外側壁に対向する対向面を各々形成されており,且つ,
前記外側壁の内側部には膨縮袋を配設すると共に,
前記外側壁に対向する対向面に膨縮袋を配設して肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて,
外側壁内側部に配設された膨縮袋と外側壁の対向面に配設された膨縮袋間で人体手部に空圧施療を付与させるようにした
手揉機能付施療機。」
[2] 相違点
(相違点1)
本件発明1では,外側壁及び外側壁に対向する対向面は,弧状形成された立上り壁及び肘掛部の上面であり,各肘掛部は,肘掛部の上面をこの弧状の立上り壁で覆って人体手部の外面形状に沿う形状に形成されているのに対して,
引用発明1では,外側壁(保持壁部24b)及び外側壁と対向する対向面(保持壁部24aの内側部)は,略垂直に立設されている点

(相違点2)
本件発明1では,外側壁に対向する対向面に配設されている膨縮袋は,二以上の膨縮袋を重合させた膨縮袋群であり,圧縮空気給排装置からの給気によって膨縮袋の肘幅方向の外側一端よりも内側他端が立ち上がるように配設され,前記膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させて肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて,立上り壁内側部に配設された膨縮袋と肘掛部の上面に配設された膨縮袋群とを対設させた膨縮袋間で人体手部に空圧施療を付与させるようにしているのに対し,
引用発明では,外側壁に対向する対向面に配設した膨縮袋は膨縮袋群ではない点。



5.審決のポイント(本判決で誤りとされた部分)
(A) 審決のうち、周知例の認定が誤りとされた部分(→取消事由2)
審決は,相違点2について,「膨縮袋を二以上の膨縮袋を重合させた膨縮袋群とし,圧縮空気給排装置からの給気によって膨縮袋の幅方向の一端よりも他端が立ち上がるように配設され,膨縮袋群の他端の立ち上がりによって他端側の先端部を隆起させて被施療部を安定的に保持させること」が,周知事項であるとした。
(B) 審決のうち、相違点1の容易想到性判断が誤りとされた部分(→取消事由1)
審決は、引用発明1と引用発明2とは,
どちらも人体手部を空圧施療する施療機であって技術分野が同一であり,
どちらも肘掛部上に人体手部を保持させて空圧施療を付与させる点で機能が共通しているから,
引用発明1に引用発明2を適用することは,当業者であれば容易に想到し得ることである。
即ち,引用発明1の外側壁を『湾曲状に形成された立上り壁』とするとともに,外側壁に対向する対向面を『肘掛部の上面』とし,各肘掛部を『肘掛部の上面をこの湾曲状の立上り壁で覆って人体手部の外面形状に沿う形状に形成』することは,当業者が容易に想到できたことである。そして,その際に,立上り壁の形状を湾曲状から弧状に変更することは,人体手部の断面形状を考慮すれば適宜なし得ることであり,当業者にとって設計的事項にすぎないというべきである。


6.裁判所の判断
(A) 取消事由2(相違点2についての容易想到性判断の誤り)
本判決では、まず本件発明1の肘掛部の膨縮袋群の意義を以下の2つに分けて認定した。
[1]『人体手部を安定的に保持させる』
[2]『圧迫感のある施療を実施できる』
このうち、[1]『人体手部を安定的に保持させる』という課題については、以下のように、いずれの周知例にも示されていないと判示した。

周知例1、2、3のいずれにおいても,肘掛部上面に形成された膨縮袋群が,内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させて肘掛部上に『[1]人体手部を安定的に保持させる』との構成は示されていない。

(周知例1)
従前のマッサージ機では施療部を押し上げるようにしてマッサージし,拡縮袋の膨張時に施療部が前方へ押し出されるという課題があったため,拡縮体を施療部の左右両側に分割配置してこの課題を解決しようとするものであり,被施療部を安定的に保持させるという課題は存在しない。
(周知例2)
底面と底面の左右両側から立設された側壁を備えた1つの凹状脚収納部内に使用者の両脚を左右並べて収納し(脚の後方部が底面と接し,脚の両外側が左右両面と接する),空気の給排により膨張収縮して凹状脚収納部に収納された両脚の側部を押圧する側面エアセルが両側壁の内面に設けられた脚用空気マッサージ機に関するものであって,底面に設けられた底面エアセルの膨張収縮により両脚の後方側を押圧してマッサージするものである。周知例2は,側面エアセルからの押圧は脚の形状に沿って側方から押圧し,底面エアセルの押圧は,脚の形状に沿って後方から押圧する構成が採用されている。両脚は,一つの凹状収納体に,縦方向に収納されるため,底面エアセルによって,安定的に保持して脱落を防止するという技術的課題はない。
(周知例3)
使用者の手部及び下腕部を両側から挟持してマッサージするものであって,被施療部を安定的に保持させるという技術的課題に対応しようとするものではない。

上記『[1]人体手部を安定的に保持させる』が示されていないため、引用発明1と引用発明2の組合せに周知技術を考慮したとしても,本件肘掛部上面に膨縮袋からなるマッサージ部を配置し,膨縮袋により肘掛け部全面を持ち上げてマッサージし,かつ,手部を立上り壁に配置された膨縮袋との間で挟持して保持する構成とすることには想到し得たとしても,膨縮袋を手部の安定的保持の機能のための構成とし,「肘掛部の上面に配設した膨縮袋群は,圧縮空気給排装置からの給気によって膨縮袋群の肘幅方向の外側一端よりも内側他端が立ち上がるように配設され,前記膨縮袋の内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向の先端部を隆起させて肘掛部上に人体手部を安定的に保持させ」る構成とすることには当業者が容易に想到し得ない。
(B) 取消事由1(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)について
判決では、引例の構成、機能の認定誤りを指摘しつつ、仮に組合せたとしても容易に解決できない新たな課題が生ずると判断し、容易に想到できるとした審決には誤りがある、と判示した。

(引例2の認定誤り)
引用例2は,いわゆる副引用例であるが,審決は,その技術内容について,記載に基づいて客観的に事実認定するのではなく,本件発明1と対比して,判断(主観的な評価)を加えた上で認定している。

審決の『引用発明2は,本件発明1の用語を用いて表現すると,・・・と言い換えることができる』との対比表現して認定した点が誤り。

(引例2の抱持枠27が、本件発明の肘掛部21に相当するとした審決の誤り)
本件発明における肘掛部21自体は,単に肘を載せる部分であって,同部分に,立上り壁,膨縮袋,振動部材等を配設することによって,施療機としての機能を付加させるものであると認められる。
本件発明1の肘掛部は,引用発明2の抱持枠27とは異なり,それ自体が膨縮や振動を伴ったり,施療位置の変更や移動を伴うことはない。
構成を異にするというべきであり,審決の認定は誤り。

(引例2の指圧頭30,31が、本件発明の膨縮袋群12に相当するとした審決の誤り)
引例2の指圧頭30,31は、間歇的に人体に押圧されて施療するものである。
これに対し,本件発明1の肘掛部上面に配設した膨縮袋群は、単に,膨縮袋を対設して配置し,両側から挟持して圧迫感のある施療を実施できるものではなく,内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させて肘掛部上に人体手部を安定的に保持させるものであるというべきである。
→機能を異にするため、審決の認定は誤り。

(引例2の認定誤りが容易想到性の判断に影響を及ぼすこと)
審決は,引例2について誤った事実認定を前提として,引用発明1の外側壁を・・・することについて,容易に想到できたとの結論を導いたから,その判断にも誤りがあるというべき。
すなわち,審決は,相違点1に係る構成に関し,その機能について格別の検討をすることなく,専ら,立上り壁と肘掛部上面の形状に着目して,容易想到であると判断した。この点,例えば,引用発明1において,肘方向外側に弧状形成された対向壁に設けられた空気袋は,弧状の形状に沿って斜め上方から手部に押圧力が加えられるのであるから,仮に,内側対向壁を肘掛部上面に置換したとするならば,外側弧状に形成された対向壁に設けられた空気袋によって,手部が押圧方向と反対方向へ逃げることになり,さらに肘掛部から脱落することが考えられる。したがって,そのような新たに発生する課題を解決することは,必ずしも容易であるとはいえない。


7.執筆者のコメント
本判決では、本発明の課題を2つに分けてより具体的に認定した点、および、周知例の認定をより慎重に行った点に特徴があるように思われる。
本判決では、まず初めに、本発明の課題が具体的に認定され、その具体的に認定された課題は周知例から読み取ることができない、と判示されている。周知例の記載を認定するに際して、本願発明の具体的な課題が表れていない場合には、本発明の構成が周知例に示されているとはいえない、と判断されているように思われる。
なお、上述の具体的な課題の認定の影響もあると考えられるが、本判決では、周知例の記載の認定についても、より慎重かつ客観的に行われているように思われる。周知例を認定するに際して、仮に外形的な構成だけに着目すると特定の事項が示されているように見えたとしても、このように外形的な構成だけに着目して直ちに周知例を認定するのではなく、その周知例の構成の背景となる目的や課題等の技術的意義を踏まえることで、認定に際しての主観的な意図を排除したために、周知例に示されているとはいえない、という結論に至っているように思われる。このように周知例の慎重な認定が行われたのは、本発明の課題がより具体的に認定されたことに由来すると思われ、本判決では、本発明の課題の具体的な認定が、容易想到性の結論を左右する決定的なポイントになっていたのではないかと思われる。また、このような目的や課題を踏まえた周知例の慎重な認定は、“よく似ている周知例を挙げさえすれば簡単に進歩性を否定できる”という実務の流れに多少の歯止めをかける裁判例になるのではないだろうか。


(執筆者 合路 裕介 )


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