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平成20年7月10日 最高裁 平成19年(行ヒ)第318号
- 特許取消決定取消請求事件 -

事件名
:発光ダイオードモジュール事件
キーワード
:訂正請求,一部訂正
関連条文
:特許法旧120条の4
主文
:(1)原判決のうち,特許第3441182号の請求項1に係る特許の取消決定に関する部分を破棄する。
(2)特許庁が異議2003-73487号事件について平成18年2月22日にした決定のうち,特許第3441182号の請求項1に係る特許を取り消した部分を取り消す。(以下略)


1.事案の概要
本件は,特許第3441182号(「本件特許」)の特許権者である上告人が,特許異議申立事件につき特許庁がした本件特許の取消決定の取消しを求める事案である。


2.事実関係等の概要
(1)
本件特許は,平成6年8月26日の出願に基づくものであり,請求項数は4である。本件特許に対し特許異議の申立てがなされ,特許庁に異議事件として係属した。同事件係属中,特許権者(上告人)は,平成15年法律第47号による改正前の特許法旧120条の4第2項の規定に基づき,特許請求の範囲の訂正を請求した(「本件訂正」)。本件訂正は,請求項1~4をそれぞれ訂正する訂正事項a~dから成り,特許権者の主張によれば,訂正事項aは特許請求の範囲の減縮,同bは明りょうでない記載の釈明,訂正事項c,dは,単なる形式的な誤記の訂正である。
(2)
特許庁は,本件訂正は認められないとした上,本件特許の取消決定(「本件決定」)をした。決定理由は,(ア)訂正事項bが訂正要件に適合しないから,その余の訂正事項について判断するまでもなく,訂正事項bを含む本件訂正は認められない,(イ)本件訂正前の特許請求の範囲の記載の発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものであった。
(3)

本件決定の取消しを求める上告人の請求を知財高裁は棄却した。理由は次のとおりであった。
本件決定は,訂正事項bが訂正要件に適合しないことを理由に,他の訂正事項について判断することなく,本件訂正の全部を認めなかったものであるが,その判断に違法があるということはできない。すなわち,複数箇所にわたって訂正することを求める訂正審判請求又は訂正請求において,その訂正が特許請求の範囲に実質的影響を及ぼすものである場合には,請求人において訂正(審判)請求書の訂正事項を補正する等して複数の訂正箇所のうち一部の箇所について訂正を求める趣旨を特定して明示しない限り,複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの審決又は決定をしなければならない(最高裁昭和53年(行ツ)第27号,第28号,昭和同55年5月1日第一小法廷判決)。そして,この理は,いわゆる改善多項制の下でも同様に妥当する。本件訂正に係る訂正請求書には,複数の訂正箇所のうち一部の箇所について訂正を求める趣旨を特定して明示しておらず,その訂正請求は一体不可分のものであったと解さざるを得ない。



3.最高裁の判断
最高裁は,原判決中,請求項1に係る取り消し決定に関する部分を破棄するとともに,特許庁の取消決定のうち,請求項1に係る特許を取り消した部分を取り消した。理由を要約すると次のとおりである。
(1)
特許法は,一つの特許出願に対し,一つの特許査定(又は審決)がされ,一つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。この構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,全体を一体不可分のものとして特許(又は拒絶)査定をするほかなく,可分的な取扱いは予定されていない。
 一方で,特許法は,一定の場合には,請求項ごとに可分的な取扱いを認める旨の明文の例外規定を置いている(例:特許法185条のみなし規定,特許法旧113条柱書き後段の「二以上の請求項に係る特許については,請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。」との規定,特許法123条1項柱書き後段。)。
(2)
訂正審判に関しては請求項ごとに可分的な取扱いを定める明文の規定が存しない上,訂正審判請求は一種の新規出願としての実質を有すること(特許法126条5項,128条参照)にも照らすと,複数の請求項について訂正を求める訂正審判請求は,全体を一体不可分のものとして取り扱うことが予定されている。
これに対し,特許法旧120条の4第2項の規定に基づく訂正請求は,異議事件における「付随的手続」であり,独立した手続である訂正審判請求とは,特許法上の位置付けを異にする。異議申立されている請求項につき減縮を目的とする訂正請求には独立特許要件が要求されない等,「新規出願に準ずる実質を有するということはできない」。そして,異議申立されている請求項につき減縮を目的とする訂正請求は,「請求項ごとに申立てをすることができる特許異議に対する防御手段としての実質」を有するから,各請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり,これが認められないと異議事件における「攻撃防御の均衡」を著しく欠くことになる。
これらの諸点より,異議申立がされている請求項につき減縮を目的とする訂正請求についても,各請求項ごとに個別に訂正請求をすることが許容され,その許否も各請求項ごとに個別に判断されるものと考えるのが合理的である。
最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決は,複数の請求項を観念することができない実用新案登録請求の範囲中に複数の訂正事項が含まれていた訂正審判の請求に関する判断であり,本件のように,複数の請求項のそれぞれにつき訂正事項が存在する訂正請求において,請求項ごとに訂正の許否を個別に判断すべきかどうかという場面にまでその趣旨が及ぶものではない。
(3)
従って,「特許異議申立事件の係属中に複数の請求項に係る訂正請求がされた場合,特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正については,訂正の対象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきであり,一部の請求項に係る訂正事項が訂正の要件に適合しないことのみを理由として,他の請求項に係る訂正事項を含む訂正の全部を認めないとすることは許されないというべきである。


4.執筆者のコメント
本件判決は,特許法旧113条に規定の特許異議申立事件における訂正請求についてのものである。判決理由中では,異議を申立てられた請求項についての訂正請求のあるべき取り扱いを論じる上で,訂正審判との対比に基いて両者の特許法上の位置づけの相違に焦点を当てている。すなわち,訂正審判が「独立した手続」であり「一種の新規出願としての実質」を有するものと位置づけられるのに対し,異議を申立られた請求項についての訂正請求が「付随的手続」であるという相違であり,その根拠として独立特許要件が後者において適用されないことを挙げている。この相違点は,訂正を許すか否かを訂正箇所の全部につき一体として決定すべきものと解釈する必然性が,後者においては必ずしも存在しないことを示すものである。両者間のこの法的位置づけの相違という大前提のもとで,後者における「防御手段としての実質」及び「攻撃防御の均衡」という観点から,本判決が導かれている。
しかしながら適用されている特許法旧113条による異議申立の審理手続は,特許維持決定に至る審理中において反対意見を表明する機会を申立人に法的に保証しておらず,しかも申立人には特許維持決定に対する不服申し立ての機会も与えていない手続である(特許法旧114条5項)。従って,この手続において申立人と特許権者との関係は,対等とは程遠い。すなわち審理は特許権者と審判官合議体との間のみで進行するに過ぎず,申立人はいわば特許出願における情報提供者に類似の,第三者的立場に置かれているに止まるという点で,審理全体の性格は拒絶査定不服審判に近いものがある。特許法旧113条の特許異議申立制度におけるこのような申立人に不利な構造は,異議申立における訂正請求の法的位置づけを考察する上でも,また攻撃防御の均衡を考察する上でも,欠くことのできない要素であろう。判決文からは全く窺えないが,被上告人特許庁長官は,この点を主張しなかったのであろうか?最高裁は,この基本構造に当然払うべき何らかの考慮を払ったのであろうか?
なお,本判決が用いた論拠の全てが,無効審判において無効を申し立てられた請求項についての訂正請求の場合にそのまま該当する。寧ろ,当事者間の対等な対立構造にある無効審判での訂正請求にこそ,一層的確に該当する。従って,本件での判示は,無効審判における訂正請求(訂正請求と見做された訂正審判を含む。)にも及ぶ筈である。因みに,本判決に先行する知財高裁判決で,無効審判中での訂正請求に関して,訂正の許否は請求項毎に判断すべきでありまたその訂正許否の審決部分は請求項毎に確定する,としたものも既に存在する(平成20年2月12日,平成18年(行ケ)第10455号)。


(執筆者 早坂  巧 )


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