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平成20年10月30日判決 知的財産高等裁判所 平成20年(ネ)第10035号
- - 補償金請求控訴事件 -
(原審:東京地裁平成18年(ワ)第24193号) -

事件名
:磁気記録再生装置事件
キーワード
:職務発明、新たな知見、改良発明、貢献度
関連条文
:特許法第35条
主文
:(1)原判決を次のとおり変更する。
(2)被控訴人は、控訴人に対し、金572万1708円及びこれに対する平成18年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)控訴人のその余の請求を棄却する。


1.事件の概要
被控訴人(以下「被告」)の従業員であった控訴人(以下「原告」)は、在職中に他の従業員と共同でした発明につき、共有持分を被告に承継させた対価とし て、10億円等の支払いを求め、原判決は134万9036円の支払いを認容したが、原告はこれを不服とし、請求額を1億円等に減縮して控訴した事案であ る。


2.争点
争点は、特許を受ける権利を承継させたことによる相当の対価の額であり、個別の争点は次のとおりである。
(1)本件発明と電電公社発明との関係(本件発明は電電公社発明の改良発明か)
(2)本件発明により被告が「受けるべき利益」の額
(3)被告の貢献度
(4)本件発明の発明者間における原告の貢献割合
(5)相当の対価額(結論)


3.本件発明の概要
本件発明は、通常の記録再生手段による記録再生を不可能にした磁気記録再生装置に関するものであり、基体上に形成された磁気記録用磁性膜上に保磁力の小さ な強磁性体による保護膜を形成した磁気記録媒体を使用し、記録再生用のヘッドに保護膜を磁気飽和させる手段を設けたことを特徴とする。記録・再生は、保護 膜を磁気飽和させる微直流電流を磁気飽和用コイルに印加しつつ記録コイル又は再生用コイルを作動させたときにのみ可能となる。磁気飽和のための電流は、 ヘッドの小さなギャップ下領域のみを磁気飽和させれば良いので微少で済む。


4.判決要旨
(1)本件プロジェクトの内容及び本件発明に至る経緯等
被告は、電電公社がテレフォンカード式公衆電話機の開発をしていることの説明を受け、直交バイアス方式(保護 膜を磁気飽和させるヘッドを記録再生用のヘッドと直交させたもの)に関する発明の図面を示された。その約1ヶ月後に、電電公社は、その発明(以下、電電公 社発明)の特許出願をした。被告は、電電公社と共同プロジェクトを発足させ、開発責任者として原告を選任した。
原告等は、磁気カードリーダの試作と実験を重ねる中で、電電公社が示した直交バイアス方式では保護膜を十分に飽和させることができないことを見いだした。 そして、さらなる実験により、磁気飽和用ヘッドから生じる磁束は、保護膜にほとんど印加されず、記録再生用磁気ヘッドに吸収されてしまい、記録再生用磁気 ヘッドを通して保護膜にバイアス磁界が印加されていることが分かった。電電公社側は、直交バイアス方式による磁気ヘッドの開発を検討していたが、原告の上 記説明を受けて、直流バイアス方式(本件発明の方式)による開発を進めることに同意した。
原告及び電電公社は、本件特許出願をした。同出願において、発明者を原告、C、A、Bとしたのは、様々な事情を総合して、被告において判断した結果であ る。同出願に対して拒絶理由通知が発せられ(特許法第29条の2;引用例は電電公社発明)、Cがこれに対応すべく、説明書面を作成したが、これに当たっ て、原告が作成した資料を参考にした。

(2)争点1について
(i)
原告は、バイアス磁界が、磁気飽和用のヨークを介して保護膜に印加されるのではなく、再生用ヘッドに印加され、 再生用ヘッドから保護膜に直接印加される結果、良好な再生特性が得られるとの着想に至った。そして、この印加が保護膜における必要な領域のみを磁気飽和 し、残りの部分はヨーク効果を示すことを突き止め、本件発明が完成したものと認められる。
(ii)
一方、電電公社発明の場合は、磁気飽和させるための磁界が、記録再生ヘッドのギャップ直下のみならず、磁 気カードに接触する面も含めて印加される構造となっているため、磁気記録の磁束をヘッドに取り出すことが困難となる。この状況からは、ギャップ直下を局所 的に磁気飽和させるという着想には至らない。
さらに、原告提出のG教授及びH教授の鑑定書からも、本件発明は、電電公社発明と記録再生原理において異なり、電電公社発明を単に改良した発明と評価することはできない。

(3)争点2について
特許法第35条1項の規定における「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」については、特許を受ける 権利の承継時に、その発明により使用者等が将来得ることができる利益を算定することが事実上困難であることに照らすならば、その発明により実際に使用者等 が受けた利益をもって算定することは、特段の事情のない限り、合理的な算定方法というべきである。高裁判決はこの点に関し、地裁判決の以下の記載内容を引 用する。
被告は、本件発明を実施しておらず、本件発明を他社(田村電機)に実施許諾したことにより得た利益は、全部で8616万1035円であり、同金額が、本件発明により被告が受けるべき利益の額に相当するものと認められる。
電電公社が、安立電機及び田村電機にテレフォンカード式公衆電話機用のカードリーダを製造させたことは、電電公 社が、本件特許権の共有者として、被告の同意を要せずに実施することができるものであり(特許法73条2項)、これについて、被告は実施料を取得すること ができないから、被告が「受けるべき利益」も認められない。
原告は、被告が本件発明を共同出願とすることにより、電電公社からテレフォンカード及び磁気ヘッドの発注をほぼ 独占的に得たのであり、その事業によって得た利益も「被告が受けるべき利益」の算定の基礎とすべき旨主張する。しかし、発注先を被告にすることを事実上決 定していた時期には、本件発明は完成していなかったのであり、発注の独占と、共同出願としたこととは関係がない。

(4)争点3について
改正前特許法35条4項における「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」に関し、被告は、本件プ ロジェクト発足以前から、共同で製品開発をするなど電電公社のファミリー企業として密接な関係を持っており、その相互関係に基づいて開示された電電公社発 明を基に研究開発を重ねて本件発明が完成された。また、原告は、入社当時から磁気ヘッド開発部門に配属され、その職務経験によって得た磁気ヘッドに関する 知識等が本件発明の完成に寄与している。
一方、本件発明は、電電公社発明を基にしているものの、同発明とは記録再生原理において異なるものであって、本件発明によって、はじめて磁気記録再生装置の実用化が実現したというべきである。
これらの事情を総合考慮すると、本件発明に関する被告の貢献度は、90パーセントと認めるのが相当である。

(5)争点4について
(i)
電電公社社員(A及びB)と被告社員(原告及びC)間の貢献割合
電電公社発明は、本件プロジェクト開始前に、A及びBによってほぼ完成されており、原告及びCは、その開示を基に開発を進め、本件発明の構成に想到した。
しかし、本件発明は、電電公社発明を単に改良したのではなく、同発明とは異なる記録再生原理に基づいて本件発明に想到し、上記原理によって初めて磁気記録再生装置の実用化が可能になったものと評価できる。
これらの事情を総合考慮すると、本件発明の完成に対する、A及びBの貢献割合の合計は30パーセントであり、原告及びCの貢献割合の合計は70パーセントと解するのが相当である。
(ii) 原告とC間の貢献割合
被告は、本件発明は紙幣識別用磁気ヘッドの開発の経験を有するCが、同技術を応用して本件発明を完成させたと主張するが、紙幣識別装置用の磁気ヘッドに関 する技術と本件発明とは、その解決原理が異なり、相互の関係は認められない。したがって、Cの陳述書の記載部分は信用できず、被告の主張は採用できない。
これらの事情を総合考慮すると、本件発明の完成に対する原告とCとの間の貢献割合は、原告が95パーセント、Cが5パーセントと解するのが相当である。
(iii) 小括
以上より、本件発明の完成に対する原告の貢献割合は、発明者全体に占める原告及びCの貢献割合の合計である70パーセントに、原告とC間における原告の貢献割合である95パーセントを乗じることにより、66.5パーセントとなる。

(6)争点5について
上記に判示したとおり、本件発明により被告が受けるべき利益の額は8616万1035円、本件発明に関する被告の 貢献度は90パーセント、発明者間における原告の貢献割合は66.5パーセントであるから、本件発明に係る特許を受ける権利の共有持分を被告に承継させた ことによる相当の対価額は、572万9708円(8616万1035円×10%×66.5%=572万9708円)となる。そして、原告は、対価として、 被告から8000円の支払いを受けているのでこれを控除し、被告が原告に支払うべき金額は、572万1708円となる。


5.執筆者のコメント
本判決は、基礎発明存在下での発明、共同開発、権利の共有という3つの局面において、発明者の貢献度が問われた事案である。これに関して特に注目すべき点 は、基礎発明存在下での発明における発明者の貢献度(争点1)と、発明により使用者等が受けるべき利益の額(争点2)についての判断と思われる。
前者について、原告及びC(共に被告会社の発明者)の貢献割合の合計は、地裁判決では35%であったのが、本判決では70%と評価された。これは、地裁判 決では本件発明が改良発明とされたのに対し、本判決では新たな知見に基づく発明であると認識したことが反映している。そして、この認識への到達には、原告 による発明原理の説明と証拠の追加(例えば鑑定書(甲110の2)等)を含む詳細な技術説明が寄与しているようであり、発明の本質理解へと導く論述の重要 性を教えられる。
後者につい判決は、発明により使用者等が受けるべき利益の額は、特許を受ける権利の承継時に、その発明により使用者等が将来得ることができる利益を算定す ることが事実上困難であるとし(地裁判決は「極めて困難」と記載)、その発明により実際に使用者等が受けた利益をもって算定することに合理性を認めてい る。これに基づき、被告が実施許諾により得た利益額をもって被告が受けるべき利益の額としている。一方、被告が本件発明を共同出願とすることにより、電電 公社からの発注をほぼ独占的に得たのであり、その利益も「被告が受けるべき利益」の算定の基礎とすべきとの原告の主張に対しては、発注先を被告にすること を事実上決定していた時期に本件発明は完成しておらず、発注の独占と共同出願とには関係がないと判示し、発注を受けて得た利益を一切算入しなかったのに は、疑問を感じる。
これに関し、判決は、本件発明によって,はじめて磁気記録再生装置の実用化が実現したというべきであると評価しているのである。発注先が予め決定されてい たとはいえ、実用化がされなければ発注を受けることさえできなかったはずである。判決における本件発明の評価と利益額の算定との関係について、明確に論理 付けた説明がされていないと考えざるを得ない。なお、原告は、電電公社に対する被告の売上げに実施料相当率を掛け合わせた約76億円をもって、本件発明に より被告が受けるべき利益の額とすることを、算定額の一つとして主張していた。
本件判決に対しては、上告の提起及び上告受理申立が行なわれている。


(執筆者 舘泰 光 )


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