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平成20年10月2日判決 知的財産高等裁判所 平成19年(行ケ)第10430号
- 審決取消請求事件 -

事件名
:高純度アカルボース事件
キーワード
:刊行物公知
関連条文
:特許法29条1項3号,同29条2項
主文
:請求棄却


1.事件の概要
本件は,原告が,被告の特許第2502551号のうち,請求項1~3に係る部分につき無効審判請求をしたが,棄却審決がされたため,その取消しを求めた事案である。


2.本件発明
本件発明は,サッカラーゼ(糖分解酵素の一種)に対する阻害剤として用いることのできる天然由来の糖類,アカルボースの精製物に関するものであり,無効審判の対象となった請求項1~3に係る発明は,次のとおりである。
【請求項1】 水とは別に約93重量%以上のアカルボース含有量を有する精製アカルボース組成物。
【請求項2】 水とは別に約95~98重量%のアカルボース含有量を有する特許請求の範囲第1項記載の精製アカルボース組成物。
【請求項3】 水とは別に約98重量%のアカルボース含有量を有する特許請求の範囲第1項記載の精製アカルボース組成物。


3.明細書の記載及び公知事実等
(a)
従来,放線菌に属するアクチノプラネスの発酵汁から分離精製して得られる「78~88%のアカルボース含量」を有する乾燥物質が得られていること,及び当該物質が「(I)糖に対する着色反応を呈する二次成分約10~15%,(II)灰分1~4%,③いくつかの着色成分の形で不純物を含有している」ことが,本件明細書中に公知文献を引用する形で記載されている。
(b)
甲2:科を異にする放線菌の生産する特定の化合物を加水分解し,「無色」にまで精製したアカルボースの粉末を記載した公知文献が存在する。
(c)
甲3(被告の公開公報):放線菌による発酵産物から精製して得た,比活性68000 SIU/gのアカルボースを記載した公知文献が存在する。
(d)
甲6及び7(原告の公開公報):比活性77700 SIU/gのアカルボースを記載した公知文献が存在する(不純物含量やアカルボース含量の記載はない)。
(e)
本件明細書中に,アカルボースについて次の記載がある。
(i) 活性値446,550SIUが,純粋な無水アカルボース5.75gに相当すること。
(ii) 本件明細書に記載の精製方法により,(I)の糖様二次成分が好ましくは2~5重量%に減少すること。


4.主な争点
主な争点は,次の2点である。
(1)
新規性: 甲2に記載の「無色」のアカルボースは,「93重量%以上」のアカルボース含有量を有する精製アカルボース組成物か否か。
(2)
進歩性: 比活性77700 SIU/gのアカルボースを記載する甲6及び7の存在の下で,甲3に記載の比活性68000 SIU/gのアカルボースを,甲2に記載の方法で更に精製してより高純度のアカルボースとすることが容易であったか否か。
(なお,原告は特許法36条違反に基づく無効理由を訴訟中で主張しているが,判決文によれば,審判請求書には明示の主張がなかったと認定されているため,省略する。)


5.主な争点についての原告の主張の要点
(1)
新規性

原告は,甲2により新規性が欠如するとして,次の主張を行った。
(a)
(I)の「糖に対する着色反応を呈する」不純物(糖様二次成分)を,「糖に対して着色反応を呈する」(糖と反応して着色する)不純物を意味する,従って,明細書に記載の「78~88%のアカルボース含量」を有する公知物質は着色している。
(b)
甲2に記載されたアカルボースは無色であるから,不純物を原因とする着色はみられなかったことが明らかであり,純粋なアカルボースか若しくはそれに限りなく近いアカルボースであった。したがって,「93重量%以上」のアカルボース含有量を有する精製アカルボース組成物であった。
(c)
含量の明記がないからというだけで甲2の無色粉末体のアカルボースが相当程度に高純度であることを判断できないというものではないし,出発物質,精製条件が異なるからといっても,精製の結果物がアカルボースであることに変わりはない。
(2)
進歩性

また,進歩性については,原告は,甲3を核として,以下の主張を行った。 
(a1)
「特開昭57-185298号(甲6)及び特開昭57-212196号(甲7)により,既に,本件出願前に純粋なアカルボースのSIU/gの数値(サッカラーゼ阻害の比活性)が77700 SIU/g であることが公知であった。」
(a2) 「そればかりでなく,甲6,7には,純度100%である77700 SIU/g のアカルボースの存在が記載されている。(本件明細書・・・によると,阻害剤含有量は446,550
SIU で,これに相当する純粋な無水アカルボースは5.75 gであるというのであるから,純粋な無水アカルボースの阻害剤としての1g当たりのSIU
値xは,・・・77,700 SIU/gとなり,これが純粋なアカルボースのSIU/g値であるとされていたのである。)。・・・そして・・・同活性値が分かっていたのであるから,純粋な無水アカルボースが得られていたということを示している。したがって,本件出願当時,既に純粋なアカルボース自体が存在していたことが明らかといわざるを得ない。」
(b)
「精製の方法,条件,頻度等によって純度にばらつきが生じることは当業者の常識であって,現に甲3の実施例11中にも,より純度の低い50000
SIU/g のアカルボースが記載されている(25頁右上欄6~8行)。したがって,甲3の出願当時も,精製の方法,条件,頻度等によって純度に差異が生じることは当然認識されていたのであり,甲3に記載されたアカルボースが純粋なもの(さらに精製する余地のないもの)と認識されていたわけではないことは明らかである。」
(c1)
「医薬品原料としては高い純度が要求されることが周知なのであり,現に甲6,7に示すとおり既に純粋なアカルボースが存在していたのである。また,精製を繰り返すことでより純度の高い物質が得られることもまた常識なのであって(甲2にも,2回精製を繰り返すことで無色粉末体を得られたことが記載されている。),精製法は他にも多数の種類(甲2もその一つ)が知られていたのである。」
(c2) 「医薬品原料としてより純度を高めることは自明のことであるから,・・・(『水とは別に約93重量%以上のアカルボース含有量』)を甲3の予備精製物の延長線上の自明の純度として当業者が予測し得た』ことは当然のこと」であった。
(d)
「そして,本件発明1では,純度を93%以上とすることでどのような特段の作用効果が得られるかは明示されていないのであり,甲3で示された純度のものから5%程度の純度の向上があったからといって特段の効果が得られるものとも認められないから,本件発明1が進歩性を有しないことは明らかである。」


6.裁判所の判断
(1)
裁判所は,争点(1)(新規性)についての原告主張を下記のとおり退けた。
(a)
「(I)糖に対する着色反応を呈する二次成分」は,本件明細書において「糖含有の塩基性二次成分」「糖様二次成分」「糖様塩基二次生成物」といい換えられていることからも,糖様の成分であると認められることからして,「糖に対する着色反応を呈する」とは,糖と同様の反応を呈するという意味であると解釈するのが自然である。」「(原告の)解釈を採るならば,アカルボース含有組成物中では既に着色していることになるため,・・・③の着色成分であるということもでき,(I)の成分と③の成分の区別がつかないことになり,本件明細書において,(I)と③をあえて分けて記載している意味が不明となる。」
(b)
原告の主張は,「不純物の主なものである『(I)糖に対する着色反応を呈する二次成分』が着色していることを前提とするものであって,その前提が採用できないことは上記のとおりである。」「したがって,甲2に記載された粉末体が,「無色」であることから高純度のものであるという原告の主張は,採用することができない。」
(c)
「本件発明の高純度の精製アカルボース組成物は,非常に弱い酸性の親水性カチオン交換体を用いて,狭く制限されたpH
範囲内において溶出することによって得ることができるものであり,・・・,精製条件によって,達成し得る純度が異なるものと認められる。・・・精製条件が,結果物の純度に影響を与えることは,原告も認めているとおりであって,甲2に記載された精製条件によって,本件発明で規定する高純度のものが得られるとは認められない。」
(2)
裁判所はまた,争点(2)(進歩性)についての原告の主張も,下記のとおり退けた。
(a1)
「甲6,7のいずれにも,『純粋なアカルボースのSIU/g 値が77700 SIU/g である』ことは一切記載されていない。・・・アカルボースのSIU/g
の数値が示されているにすぎず,甲6,7の上記記載に基づいて,純粋なアカルボースのSIU/g 値が77700
SIU/g であることは本件優先日前の周知技術であったなどということは」できない。
(a2) 「原告は,本件明細書・・・の記載から,・・・77700 SIU/gとなるから,これが純粋なアカルボースのSIU/g値であるとされていたと主張するが,本件明細書の記載をもって,他の刊行物に記載されているアカルボースの活性値から純度を導き,当該純度が公知であったと推論することは相当ではない。
(b)
「甲3発明が『各化合物を純粋な状態で製造する』こと(6頁上右欄14行)を目的とする発明であること,実施例の中では,実施例8に記載されているアカルボースの活性値「68000 SIU/g」が最も高い値であることからすれば,少なくとも「68000 SIU/g のアカルボース」につき,更なる精製が動機付けされているとはいえないと解され,原告の上記主張も採用できない。」
(c1)
「ある精製方法を繰り返し行ったとしても,その精製方法ごとに,達成できる純度に自ら上限があるのが通例であって,『精製を繰り返すことでより純度の高い物質が得られること』によって,直ちに,本件発明で規定する純度のものが得られるとは認められない。」,「甲2に記載された精製法が,本件発明で規定する純度を達成可能なものであることは何ら示されていない。」
(c2) 「したがって,たとえ課題や動機が存在していたとしても,本件優先日前に,本件発明で規定する純度を達成可能とする手段は公知ではなかったことから,本件発明で規定する純度のものを得ることは,当業者といえども容易には行い得なかったものと認められる。」
(d)
「それまで技術的に達成困難であった純度を達成できたことは,それ自体で,特段の作用効果を奏したものということができる」



7.執筆者のコメント
本件において,新規性に関する原告の主張は,主たる不純物が着色しているという前提のもとに,甲2に記載されたアカルボースが無色であるから純粋又は限りなく純粋に近いから93重量%以上のものであった,というものである。当該前提自体が裁判所により否定されたことは,本件明細書の記載から見て妥当と思われる。また,甲2の原料物質は,明細書に記載のものとは全く異なるため,そもそも同じ不純物が含まれるか否かも不明であるから,含量が「93重量%以上」であると結論づける根拠は弱く,甲2に基づく新規性欠如の主張には,もともと無理があったように思われる。
進歩性に関し,裁判所は,甲6及び7における比活性77,700 SIU/gのアカルボースの記載について,この値から本件明細書の記載をもって純度を導きそれが公知であったと推論することは相当でないとしたが,妥当と思われる。純粋なアカルボースの比活性値は,本件明細書が公開される前には,公に知られていなかったからである。
裁判所が,「たとえ課題や動機が存在していたとしても,・・・手段は公知ではなかったことから,本件発明で規定する純度のものを得ることは,当業者といえども容易には行い得なかった」とした点は,論理としては分かりにくい。「手段」が公知でなくとも,もしもその手段を見出す(又は選択する)ことが容易であったなら,結論は反対になるから,手段の発見(選択)の容易性に関する認定なしに,手段が公知でなかったというだけでは,結論が出ないと思われるからである。
また,裁判所は,「それまで技術的に達成困難であった純度を達成できたこと」をもって特段の作用効果があるとしており,高純度化されたことによる物質自体の特段の作用効果の有無は,問題としなかった。本件発明で規定する純度のものを得ることは容易でなかったと認定した以上,すでに進歩性要件は充足していることになるから,物質自体に特段の作用効果は不要,としたに過ぎないものであろう。なお,本事件は上告されている。ちなみに,両当事者間に本件特許に基づく侵害訴訟が存在し,本件判決の約2ヶ月後に,甲6及び7による新規性欠如,加えて実施可能要件違反を理由に,本件特許は無効にされるべきものであるとして,請求棄却判決が出されている(平成20年11月26日東京地裁平成19年(ワ)第26761号)(控訴の有無は未確認)。


(執筆者 早坂 巧 )


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