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平成20年5月30日判決 知的財産高等裁判所 平成19年(行ケ)第10300号
- 審決取消請求事件 -

事件名
:インバータ制御装置の制御定数設定方法事件
キーワード
:訂正請求、無効
関連条文
:特許法第134条の2第1項ただし書
主文
:特許庁が無効2008-80025号事件についてした審決を取り消す。


1.事件の概要
原告が有する特許「インバータ制御装置の制御定数設定方法」につき、昭和62年法律第27号による改正前特許法36条第4号(請求の範囲には、発明の詳細 な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみ記載しなければならない。)の要件を満たさないとして無効審判請求がなされ、特許庁においてこの 特許を無効とする審決がなされた。これに対し原告は、審決取消訴訟を提起すると共に、訂正審判請求をしたことから知的財産高等裁判所が上記審決を取消す旨 の決定をしたため、特許庁において再び審理した。特許庁は、原告からの訂正請求を認めないとした上で、上記特許を無効とする旨の審決をした。本件は、原告 がその取消しを求めた事案である。
訂正発明の請求の範囲第1項(下線が訂正部分)は、「1.誘導電動機に電力を供給するインバータを電圧指令に基づいて制御する制御装置の制御定数を、前記 制御装置の前記電圧指令を出力するコンピュータにより設定する方法において、次のステップを有することを特徴とするインバータ制御装置の制御定数設定方 法。
(a ’)前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定するステップ、
(b ’)無負荷状態において、前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより、前記誘導電動機を回転させるステップ、
(c ’)前記回転している誘導電動機に流れる電流を検出するステップ、
(d ’)前記所定値に設定された電圧指令、前記所定値に設定された周波数指令、及び前記検出された電流に基づいて、前記コンピュータにより、前記誘導電動機の1次インダクタンスと関係する、前記制御装置の制御定数を設定するステップ。
(e’)前記(b’)のステップにおいて、前記周波数指令および前記電圧指令を徐々に増加させて、前記誘導電動機を回転させるステップ。」である。
審決は、原告の行った上記本件訂正のうち、ステップ(a’)にかかる「前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」の記載を加えることは明細書又は図面 に記載された事項の範囲内でなされたものではなく、特許請求の範囲の減縮にも当たらないから、訂正請求は認められないとした。


2.争点
「前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」の記載を請求の範囲に加えることは明細書又は図面に記載された事項の範囲内でなされたものか。


3.判決要旨
本件明細書段落【0042】には、「・・・すなわち、無負荷状態においてv1q*とw1*を所定値に設定し、いわゆるV/F一定制御運転(磁束一定条件)を行う。・・・」と記載され、段落【0055】には、「図6では、先ず、ブロック61にて、w1*とv1q* を電動機定格値に設定し運転する。なお始動時の突入電流を避けるため、w1*とv1q*は一定レートにて立上げ加速終了後、ブロック62にてi1d、i1qの信号取込み、ブロック63にて(18)式よりl1+L1を演算する。さらにこの結果を基にブロック64にてT2 をT2=l1+L1/r2′より演算する。」と記載されている。
この記載によれば、無負荷状態においてv1q* (q軸の電圧指令信号)とw1* (周波数指令信号)はそれぞれ指令値として設定された値であり、これにつきv1q*∝w1*、すなわちV/F一定制御運転(磁束一定条件)を行うこととしており、誘導電動機の1次インダクタンスである「l1+L1」の測定に当たりi1d,i1qの信号取込みを行う時点での誘導電動機の運転状態がいわゆるV/F一定制御運転(磁束一定条件)であると理解することができる。
また、図6のフローチャートに従いl1+L1を演算する場合、指令値であるv1q*とw1*に対する所定値として定格値を設定し、電気を印加して運転するところ、これについて「なお始動時の突入電流を避けるため、w1*とv1q*は一定レートにて立上げ加速すると記載されており、所定値である電動機定格値に達するまでの過渡状態において、w1*とv1q*をそれぞれ小さい値から次第に増加させて加速を行うことが明らかであり、また、段落【0042】の記載も併せ考慮すれば、定格値に達した後に電動機をV/F一定制御運転(磁束一定条件)を行うものと認められる。
そうすると、上記のとおり、V/F一定制御運転(磁束一定条件)については、i1d,i1qの信号取込みを行う時点での誘導電動機の運転状態を指すものと理解でき、審決がこれにつき「上記各段落の記載内容は、電圧指令と周波数指令を、設定した所定値まで増加させる段階で、磁束一定となるようにV/F一定制御運転を行うことを窺わせるもの (6頁12 」行~14行)であると認定したことは、誤りであるということができる。
一方、上記指令値であるv1q*とw1*に対して所定値として設定する定格値が、インバータ装置の電圧指令v1*(vu*,vv*,vw*)に対する設定値(すなわち、上記「v1d*、v1q*及び電圧位相基準信号cosw1*t及びsinw1*t」 )としてインバータ装置の制御部へ与えられることにより、インバータ装置の出力が制御され 上記V/F一定制御運転 磁束一定条件が達成されるものであることは、当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)であれば容易に理解し得る技術事項である。
そうすると 「前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」との運転条件の下で 「前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定」し〔訂正発明のステップ(a’)〕「無負荷状態において、前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより、前記誘導電動機を回転させる 〔訂正発明のステップ(b)〕ことは、いずれも明細書又は図面に記載された事項の範囲内であると認められる。
以上の検討によれば、審決が本件訂正につき、明細書又は図面に記載された事項の範囲内でなされたものではなく、また、請求の範囲の減縮にも当たらないとして訂正を認めなかった判断は誤りであるということになる。よって、審決が本件訂正につき訂正要件違反があるとしてこれを認めなかったことは誤りである。
そうすると、本件訂正は認められるべきものであるところ、これが認容されることにより、訂正発明には必須条件の記載がないことを理由とする昭和62年法律第27号による改正前特許法36条第4号に違反するとの審決の無効理由は解消されるものと認められる。


4.執筆者のコメント
V/F一定制御運転(磁束一定条件)は、出願前の一般的技術事項であり、当業者であれば理解可能と思われ、これを請求の範囲に追加する訂正につき、審決が「電圧指令と周波数指令の設定方法については本件明細書において何ら教示もなく、また技術的にも不可能である」とする認定を取り消したのは妥当と考える。


(執筆者 東山 香織 )


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