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ちざい げんき きんき 事例紹介 知的財産の活用で、元気な関西の企業/団体を紹介します
麸太 商標:第5375554号
やままつ(図形) 商標:第5375553号
霞麸 商標:第5356478号
権利者:株式会社麸太/青木太兵衛

代々受け継いできた伝統を
法律で保護することで後世に残したい。
そのための有効な手段が
商標登録だと考えています。

機械に頼らず職人技のみで昔ながらの麩を作り続ける京都の名店「麩太」。200年を超える歴史と信用とでブランドを守ってきた同店でしたが、近年は屋号や商品名の商標登録を進めています。今回の取材では、貴重な麩作りの様子を見学させていただきながら、知的財産に対する考えを、八代目当主青木太兵衛氏に伺いました。

麩作りへのこだわり

すべての工程を今も職人による手作業で行う

麩太
はじめに当店の麩の作り方を実際にご覧いただきたいと思います。
取材担当者
ありがとうございます。今、職人の方がこねているのが……
麩太
生麩の生地です。麩は大きく生麩と焼麩とに分かれますが、原料はどちらも小麦たんぱく、いわゆるグルテンです。生麩の場合は小麦粉から取り出したグルテンにつなぎとして餅粉を練りこみます。これが生麩の土台となります。今日はそこにかぼちゃを練りこんだ商品を作っております。適切な大きさに切り分け、木型にはめ、蒸し器で蒸した後、冷やします。

取材担当者
商品は全てこの製造所で作るのですか。
麩太
そうです。2階建になっておりまして、1階で生麩を、2階で焼き麩を作ります。  
取材担当者
一人前になるのにどれくらいかかるのですか。
麩太
個人差はありますが、最低10年はかかります。
取材担当者
そんなにかかるのですね。機械化はできないのでしょうか。
麩太
麩の生地は季節や天候、その日の気温、湿度などによって調子が変わります。一定の品質を保つには、生地の変化に合わせて練り上げや成型、加熱時間などを調整しなければなりません。その微妙な加減を計るには、熟練した職人の勘と技とが不可欠なのです。
取材担当者
貴店ならではのこだわりがあったら教えて頂けますか。
麩太
生地の配合の比率にはこだわっています。なるべく麩そのものの風味を生かす合わせ方をしておりまして、こうした配合はお麩屋さんによって異なります。したがって商品の風味もお店によって変わってきます。
取材担当者
地域によっても違いが出てくるのでしょうか。例えば関東の麩と京都の麩では。
麩太
かなり異なると思います。なんといっても水が全然違いますので。
取材担当者
ホームページを拝見しますと様々な商品が載っていますね。商品開発にも力を入れているのでしょうか。
麩太
当店の麩は昔から作ってきたものがほとんどです。新しいものを開発するよりも、先代が作り上げてきた美味しさを今に伝えることに力を入れております。

麩太の歴史

江戸後期から200年以上に亘り京都の麩を守る

取材担当者
御社はいつ頃から麩を作り始めたのでしょうか。
 
 
麩太
商いを始めましたのは享和年間(1801年~1804年)から文化年間(1804年~1818年)にかけてです。これをご覧ください。当店が株元として「麩蒟蒻仲間」を結成しましたときの印札で、文化十年(1813年)閏十一月と焼き印が押されています。
取材担当者
「麩蒟蒻仲間」というのはどういった組織なのですか。    
麩太
麩を商っていた者とこんにゃくを商っていた者が寄り集まった、今でいう同業者組合のような組織です。当時は許認可制でして、加盟していないと商売ができませんでした。
取材担当者
株元ということはその取り纏め役だったということですね。それが1813年。
麩太
はい。これ以降、生麩や焼き麩を一般のお客様やお寺、それから御所などに納めて参りました。
取材担当者
御所……皇族の方も購入されていたのですか。
麩太
昭和天皇のお母様の貞明皇后様が気に入られて、京都にお越しの折りは度々お買い上げくださいました。東京へも生麩を納品して欲しいとのことでしたが、生ものですので日持ちがいたしません。そこで製品を納める代わりに、当店の製法を、宮内省大膳寮の職員の方々にお伝えしました。
取材担当者
では、もし今も宮内庁で麩を作られていたら、それは麩太さんのレシピかもしれないわけですね。ところで「麩太」という屋号はいつごろから使い始めたのでしょうか。
麩太
創業の頃はあるじの名前をそのまま用い「松屋太兵衛」であったと思います。ただ、店主は名跡の「太兵衛」を代々継いできましたから、通称として、麩屋の太兵衛をつづめて「麩太」と呼ばれていたのかもしれません。店名として麩太を使用するようになったのは文献などを見ますと明治以降ではないかと推察しております。
取材担当者
ご当主が「麩太」を継がれたのはいつからですか。
麩太
2006年からです。名跡も襲名しまして、八代目太兵衛となりました次第です。

知的財産権への取り組み

「京麩」の登録を知り、商標への関心を高める

取材担当者
ご当主が継がれてから4年後に、初めて商標を登録していますね。
麸太
はい、2010年に屋号の「麩太」を出願し、年内に登録することができました。他にも図形商標として「やままつ」、商品では「霞麩」を登録しております。
取材担当者
それまで知的財産権をお持ちではなかったようですが、出願には何か理由があったのでしょうか。
麸太
きっかけは、同業者さんが「京麩」を商標登録されていると知ったことです。

取材担当者
それまで京都のお麩屋さんは商品を「京麩」として販売されていたのですよね。
麸太
当店の商品も私が子供の頃から「京麩」と呼びならわしておりました。他のお麩屋さんも同様だったと思います。
取材担当者
それがいつの間にか他のお店に商標登録されていたわけですね。となると今後「京麩」を使えなくなるかもしれないという懸念が……。
麸太
実はそこまでは心配しておりませんでした。これをご覧ください。昭和20年代の当店の手ぬぐいです。
取材担当者
屋号の上に「京麩老舗」と書かれていますね。
麸太
はい。このように、他店さんが登録する前から「京麩」を使用していた実績がございます。また登録したお店の方とも知らない間柄ではございません。訴訟沙汰になったりすることはないだろうと思っていましたが、念のため、弁理士さんに相談しました。
取材担当者
弁理士からはどのようなアドバイスを受けたのでしょうか。
麸太
取消審判を請求することもできますが、「京麩」という商標が存在することで、例えば京都とは全く関係のない他の業者さんが「京麩」を使おうとした時、それを止めることができるかもしれない、と言われました。
取材担当者
いわゆる「地域団体商標」のような活用ができるということですね。
麸太
はい。登録したお店の方を信頼して、一緒に「京麩」を守っていこうと考えて取消審判請求はしませんでした。
取材担当者
この出来事を契機に商標を登録したとのことですが、それはやはり自社のブランドや商品を守る、という意識からでしょうか。
麸太
もちろんそれもあります。例えば当店は明治35年、大阪で開催された内国勧業博覧会に「霞麩」という商品を出品しました。その霞麩を、私が祖父から製法を聞いて復元し、販売していたのですが、たまたま他店さんが霞麩という名称でうちとは異なる商品を百貨店の催しに出しておられるのを見つけまして。
取材担当者
なるほど。それで「霞麩」を商標登録したわけですね。
麸太
そうです。同じ時期に「御所麩」という当店の商品も商標出願したのですが、こちらの方は認められませんでした。
取材担当者
それはなぜでしょうか。
麸太
大手食品メーカーさんが「御所麩」と類似する「御所」という商標を登録しており、その権利が及ぶ指定商品の中に「生麩」も含まれていたからです。しかしメーカーさんも3年以上この商標を使用しておりません。そこで弁理士さんと相談しまして、指定商品の取消審判請求を行い、その結果権利を消滅させることができました。
取材担当者
では改めて「御所麩」を登録できたのでしょうか。
麸太
それが、今度は「御所」という地名と麩の組み合わせでは登録できない、という理由で結局却下されたのです。
取材担当者
商標法には第3条第1項第3号の規定があります。商品の産地や販売地を普通に用いられる方法で表示するだけでは登録にならない、というものなのですが、それに該当すると判断されてしまったのですね。しかし誰も登録できないということは、誰が使っても法的に問題がない、ということです。自由に使えるお墨付きをもらえた、と前向きに解釈することもできますね。
麸太
確かにそうですね。そもそも私は商標登録について、侵害から守るということ以上に、代々受け継いできたものを法律で保護することで後世に残したい、という思いの方が強いのです。ですから屋号の「麩太」や商品の「霞麩」が登録された時は、これで麩太の名前や商品、そこに込められた歴史や先人の想いがカタチとして確かに残せた、という大きな安堵感がありました。
取材担当者
お話をお聞きしますと、麩太さんの場合は先祖代々の商品を復元し、現代に通用するものとして改めて販売するというケースが多いようですので、できればその都度、商標を登録されるのが望ましいのではないでしょうか。代々受け継がれた伝統の保持に、我々弁理士も一役買えればと思います。そのような折には是非ご相談ください。本日は貴重なお話をありがとうございました。

株式会社麩太
享和年間(1801年~1804年)の頃、初代松屋太衛氏が良質な水に恵まれた智恩院山門脇で麩作りを開始。文化十年(1813年)には公許の株仲間、「麩蒟蒻仲ヶ間」を組織し、同業者の取りまとめとなりました。現在は八代目当主の青木氏が代々の名跡「太兵衛」を襲名。昔ながらの製法を守りつつ、往年の商品の復興にも力を入れ、百貨店や料亭、全国で開催される物産展などを通して京都ならではの生麩、焼麩を販売しています。


2019年12月3日掲載