活動紹介

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知財歴史探訪 関西の企業の知的財産の創出や利活用の歴史を紹介します。
有馬温泉
商標登録第5095061号
金泉
商標登録第3295692号、商標登録第4672302号
銀泉
商標登録第4672303号
日本第一神霊泉
商標登録第6029324号
有馬山椒
商標登録第6340588号
探訪先: 一般社団法人有馬温泉観光協会 

日本三古泉のひとつ、有馬温泉の歴史と知財活用に迫る

兵庫県にある有馬温泉といえば、日本三古泉に数えられる、歴史ある人気温泉地。太閤秀吉もこよなく愛したこの温泉地は、神戸市という大都市にありながら、豊かな自然に囲まれた六甲山地の山狭に位置し、歴史情緒あふれる温泉街の雰囲気が日本各地から来た観光客を魅了します。炭酸せんべいなどの名産品や、洗練された飲食店も大変人気です。そんな有馬温泉も、昔から現在の状態にあったわけではありません。現在のブランドイメージを築き上げるまでには、官民一緒になって、様々な議論や取組みがなされてきました。今回は、有馬温泉観光協会の会長と事務局長、それに神戸市経済観光局観光企画課で有馬温泉を担当する課長と係長にお話を伺い、有馬温泉のブランド構築にまつわる歴史や、ブランドをどのようにして知財で保護しているか、をひも解いていきます。

有馬温泉観光協会と神戸市との連携

~有馬温泉観光協会とは~

取材担当者
有馬温泉は、日本最古の温泉地で、「関西の奥座敷」とも呼ばれ、関西圏から多くの人が訪れるだけでなく、歴史ある温泉地として日本各地又は海外からも多くの観光客が訪れています。そんな有馬にある「有馬温泉観光協会」とは、どのような組織ですか。
観光協会担当者
「有馬温泉観光協会」は、有馬地域の旅館協同組合を中心に、飲食店組合、食品組合、さらには、例えばお寺の住職様など、組合とは関係のない住民の方々も集まって構成する団体が集まって形成する、有馬地域ではもっとも大きな組織です。主に観光振興のための活動を行っています。
取材担当者
以前に公益社団法人日本観光振興協会が実施した「魅力ある観光地域づくりの先進モデル事業」では、有馬温泉地域が選定されました。同協会が有馬温泉を先進モデル事業に選定した理由として、有馬温泉観光協会などの、民間事業者で構成する各団体が観光振興をけん引した、との理由が述べられています。有馬温泉観光協会は積極的に活動をされている様子がうかがえますね。それだけでなく、民間事業者が官と緊密に連携することもまた高い評価を受けています。神戸市にとって有馬温泉はどのような位置づけで、どのように連携をとっておられるのでしょうか。
神戸市担当者
有馬温泉は神戸を代表する観光地です。そのため私たちは、有馬地域を「有馬ブランド」として守っていくことを、最も大切にしています。そして、これは全国的にも珍しいのですが、有馬温泉の一部の泉源は、地方自治体である神戸市が直接所有し、管理しています。泉源の維持管理は神戸市の外郭団体に業務委託していますが、神戸市の有馬温泉担当の職員は毎週のように有馬へ足を運ぶなど、観光協会をはじめ有馬温泉関係者と日常的にコミュニケーションをとっています。
取材担当者
なるほど。神戸市が泉源の管理を通じて有馬温泉関係者と日常的にコミュニケーションを図ってきたからこそ、緊密な連携をとることができたのですね。
取材担当者
有馬温泉のまちづくりにあたっては、「有馬温泉マスタープラン」が過去に繰り返し策定されているようです。一般的に「マスタープラン」といえば、行政の土地利用など大きな都市計画を指しますが、有馬のマスタープランはどのような内容でしょうか?
観光協会担当者
有馬のマスタープランとは、有馬温泉の未来の理想像を描いたまちづくり計画です。その策定と実現に向けて動いているのが、「まちづくり実行委員会」です。「まちづくり実行委員会」は、われわれ観光協会をはじめ、自治会などの代表者が集まって構成されており、まちづくり実行委員会で、「将来こんなまちになってほしい」という思いに基づいてマスタープランを策定し、1つでも2つでも具現化していこうと日々活動しています。
取材担当者
どのように計画を推進していくのか、もう少し具体的に教えてください。
観光協会担当者
マスタープラン策定は、15年単位です。策定して7年後に見直しや修正などの中間検証を行い、残り7年間で実行することや、次のマスタープラン策定に向けて考えていく、という流れで動いています。
取材担当者
長期的視野をもって、中間検証まできちんと行うところに、まちづくりを確実に推進していくという強い姿勢を感じます。
取材担当者
神戸市は、そこへどのように関与されているのでしょうか。
神戸市担当者
昔から区役所や神戸市の観光関連の部門などが、まちづくりの一部に携わらせていただいています。現在、有馬温泉のマスタープラン策定を担う「まちづくり基本計画実行委員会」において、神戸市経済観光局観光企画課長は監査役として一部関与しています。また、有馬温泉を担当する職員は、同委員会の会議に毎回出席し、まちづくりに関する認識を地元と共有することを意識しています。
有馬温泉の移り変わり

~有馬温泉の発展に欠かせない、独自のマスタープラン~

取材担当者
有馬温泉の歴史について、簡単に教えてください。
観光協会担当者
日本書紀にも登場し、秀吉も愛したと言われている有馬温泉ですが、江戸時代には、全国から多くの人が有馬温泉を訪れるようになりました。当時の来訪客は歩いて宝塚から名塩もしくは船坂峠を超えて有馬にやって来た、と言われています。しかし、明治7年頃に大阪~神戸間に鉄道が開通すると、今の神戸市の住吉から有馬へ続くルートが利用され始めました。それは、明治32年に阪鶴(はんかく)鉄道が尼崎から三田(さんだ)まで繋がる頃まで続きます。さらに、大正4年に三田と有馬を結ぶ鉄道や、その後に神戸電鉄も開通しました。しかし、明治・大正期においては、有馬温泉は、その交通の便の良さから、宿泊することなく日帰りで帰ってしまう方が多かったようです。
取材担当者
今を知る我々からすれば意外ですね。宿泊客より日帰り温泉客が多かったのですか?
観光協会担当者
当時はまだ小さな民宿が大半でしたから、多くの人数の宿泊客を受け入れる体制もできていませんでした。
取材担当者
戦争復興とともに、観光地としての再開発が始まりました。1947(昭和22)年に、有馬温泉のある有馬町が神戸市と合併して温泉の大規模掘削開発が始まったそうですね。
観光協会担当者
神戸市との合併後、戦後復興ということで神戸市からの助言もあって、1948(昭和23)年に有馬温泉の観光協会が立ち上がり、神戸市から団体に対する経済的支援をいただいて、本格的な泉源掘削が始まりました。その後、1955(昭和30)年までの長い歳月をにかけて泉源が数多く掘削されていきました。
取材担当者
その後、日本は高度経済成長期に入りました。このあたりでは、1961(昭和36)年に芦有道路(芦屋市と有馬を結ぶ道路)が開通し、1964(昭和39)年に名神高速道路と新幹線が開通し、1967(昭和42)年には六甲山トンネルが開通し、全国から有馬温泉へのアクセスが容易になりました。1970(昭和45)年には大阪万博、1981(昭和56)年にはポートピア’81(神戸ポートアイランド博覧会)が開催され、有馬温泉も高度経済成長期の景気の波に乗って繁栄していったそうですね。
観光協会担当者
戦後すぐの頃のお客様は、裕福な個人客が大半でした。有馬の民宿も、今の「金の湯」周辺にこぢんまりと集まっているだけでした。しかし東京オリンピック前後の1960(昭和35)年から1970(昭和45)年頃にかけて、団体客がどっと増えました。これは有馬だけでなく、全国各地の温泉街も似た状況だったのですが、会社や組合などの様々な団体が、宿の中で宴会と温泉を楽しみ宿泊するというモデルが確立し、そのような団体客を受け入れるため、日本各地に宴会場を備えた大型旅館がどんどん誕生しました。有馬温泉も例外ではありませんでした。
取材担当者
有馬温泉が現在のような賑わいを見せ始めるのは高度経済成長期の頃ですか?
観光協会担当者
そうです。ただ、有馬温泉は、団体客一辺倒ではなかった。有馬温泉は、大阪や神戸といった都市部からのアクセスが非常に良かったので、他の温泉地に比べて個人客も多くお越しいただきました。
取材担当者
そのようにして有馬温泉は「関西の奥座敷」としての地位を確立したのですね。当時の有馬温泉の課題は何でしたか?
観光協会担当者
温泉観光地に共通することと思いますが、例えば大阪万博があった翌年は宿泊客が減るという具合に、浮き沈みがありました。また、大型ホテル内で食事・風呂が完結するために、お客様がホテルを出てまちに出ず、まちとしては商店の数が少なく閑散とした状態も続きましたね。
取材担当者
何か打開策を講じられたのでしょうか。
観光協会担当者
1977(昭和52)年に有馬の観光協会青年部を立ち上げた金井(現観光協会会長)たちは、「まちで何かイベントをやれば人が集まるのでは」と、考えてイベントを行い、成功させました。そのうち、観光協会青年部と神戸市の当時の担当者が連携するようになって、当時より温泉地として趣のあった九州・湯布院や、有馬と似た規模の山岳リゾート地である、スイス・ツェルマットへ視察旅行に行くなどして、「やはり、温泉客がそぞろ歩きのできるまちが良いね」と、今後の有馬温泉の在り方を模索していったのです。それが1982(昭和57)年頃です。
取材担当者
そのとき神戸市と青年部の皆さんが一緒になり、いわゆるまちづくりについて考え始めたことが、その後の有馬のマスタープラン策定につながっていくわけですか。
神戸市担当者
そうです。観光協会と市が一緒になって考え、一般財団法人神戸観光局を立ち上げ、都市計画を専門とする大学教授やコンサルタントなど、様々なまちづくりの専門家の意見も参考にしながら、「長期スパンで、これからの有馬温泉のあるべき姿を計画していこう」と、1987(昭和62)年につくり上げたのが、有馬のマスタープランというわけです。
阪神淡路大震災からのV字回復

~まちを「そぞろ歩き」できるようになった仕組みとは~

取材担当者
その後のバブル景気においても、有馬温泉の観光客は増加の一途をたどり、1991(平成3)年には、有馬温泉の観光客数が192万人に達しています。しかし、その直後にバブルが崩壊し、さらに4年後の1995(平成7)年1月17日には阪神淡路大震災がありました。阪神淡路大震災で被った影響を教えてください。
観光協会担当者
有馬地域では震災での人的被害は比較的少なかったのですが、建物の半壊も10%ほどあり、中には、正月に向けて改装工事を終えたばかりの旅館が使用できなくなるなど、経済的に大きな損害を被ったところが多くありました。当時は大規模災害に対する助成金も小さく、復興に時間がかかり、純粋な宿泊客数は30万人がほどまでに落ち込みました。
取材担当者
震災後、観光客が戻ってきてくれるようになったのはいつ頃ですか?
観光協会担当者
その年の、11月下旬頃だったと思います。
取材担当者
震災から観光客が戻ってくるまでの約10カ月間、どのような活動をされましたか?
観光協会担当者
震災直後から、有馬温泉はインフラ復興に携わる人たちのための宿を提供していました。一方で、6月頃、「有馬温泉でやる復興イベントのアイデアを2つほど考えてほしい」と神戸市から依頼されました。その結果誕生したのが「温泉の日帰りの入浴と昼食プラン」と、「有馬川河川敷でのビアガーデン」です。3800円というリーズナブルな料金のため、宿にとっては利幅の小さいプランでしたが、有馬温泉の活気を取り戻したいと、10件ほどの宿が協力してくれました。これが人気を博し、11月にはチケットを販売する有馬の案内所に行列ができるようになりました。お客様は、宿ではなく有馬のまちで食事をとるようになりました。そのうち徐々に一般宿泊客も戻るようになると、夜も昼も有馬のまちを散策するお客様で溢れるようになりました。すると、飲食店や土産物店が震災前より賑わうようになりました。
取材担当者
はからずも、そぞろ歩きできる有馬温泉が実現したのですね。
観光協会担当者
そうなのです。震災前まで多くの観光客にお越しいただきましたが、その多くがホテル内に留まっておられたので、湯布院のようなそぞろ歩きのできるまちを実現できていませんでしたから。震災復興の中で、目標としていたかたちでのまちづくりが、有馬でも実現できることを感じられるようになりました。一度有馬を離れた若者も戻ってきて有馬で店を開くなどして、まち全体に活気が戻るようになり、有馬の街中で「そぞろ歩き」の流れができて、個性的な飲食店や商店が多く集う現在のまちの姿に至っています。
有馬ブランドの形成

~ブランドを守るための商標戦略~

取材担当者
そぞろ歩きのできる情緒あふれる温泉街が人々の心をとらえ、有馬温泉のブランド価値をさらに高めてきた経緯がよくわかりました。次に、ブランド価値をどのようにして維持されているかをお伺いいたします。ブランド価値を維持する手段として商標登録がありますが、関係者による商標登録はどのようにして始まったのですか?
観光協会担当者
40年以上前に「炭酸せんべい」が商標登録されたのが最初のようです。現在は炭酸せんべいの本家と、商標権を取得した店が名乗っています。それ以外の店では、炭酸せんべいを売っていても「炭酸せんべい」と名乗っていません。
取材担当者
最初が炭酸せんべいなんて、有馬温泉らしい味のあるエピソードですね。ところで、役務(サービス)に対する商標登録が1992年より開始されましたが、開始年である1992年に「金泉」を商標登録されています。後に「銀泉」も商標登録されています。その後、地域団体商標制度が開始されましたが、地域団体商標についても、開始直後に「有馬温泉」を登録されています。どのようにして制度改正を把握されましたか。商標登録のきっかけなどありましたか。
観光協会担当者
以前より神戸の弁理士さんとの定期的な交流があり、その弁理士さんを通じて商標や地域団体商標が登録できるようになったことを知りました。名前そのものが大切なブランドなので、商標を取っておいた方がよいと、弁理士さんに助言されてのことです。権利取得後、「金泉」については、他の地域で赤茶色のお湯が出たら、それを「金泉」と呼び「有馬の金泉と同じです」と宣伝される事業者様も実際におられましたので、その場合は、その事業者様に警告するなどして、対応してきました。
取材担当者
登録商標を無断使用している事業者の存在は、どのようにして把握するのでしょうか。
観光協会担当者
数百名いる観光協会の構成員や賛助会員の方々が、見つけたら我々のところに知らせてくれます。
取材担当者
なるほど。構成員や賛助会員の方々も、皆、「有馬温泉」や「金泉」、「銀泉」の登録商標を持っていることを知っており、大きな人的ネットワークで監視体制を構築しているのですね。
取材担当者
「日本第一神霊泉」も商標登録されています。「日本第一神霊泉」とは?
観光協会担当者
有馬温泉には、7つの泉源があり、8つの泉質があることが判明しています。温泉は、環境省の指針により主成分ごとに10の泉質に分類されているのですが、有馬温泉ではそのうち8つの泉質による効能が期待できる。これだけ多くの成分が含まれるのは珍しいそうで、日本で最もすぐれた、神の与えた霊泉という意味を持つ、「日本第一神霊泉」という名称を大切にブランドとして育てています。
取材担当者
ところで、いま現在、温泉とは関係のない商品・役務ではありますが、有馬温泉とは関係のない企業団体が「有馬」、「ありま」、「ARIMA」といった文字を含む商標権を取得されている例が散見されます。権利者の意図として必ずしも悪意があるものではないとは思いますが、これについては、どのようなご見解でしょうか。
観光協会担当者
指定商品・役務の区分を増やすとコストがかかりますし、労力もかかります。すでに、「有馬温泉」や、「日本第一神霊泉」などで商標権を押さえているので、それで良いのかなと思っています。
取材担当者
それもブランド戦略のひとつです。温泉とはなにも関係のない商品に「ありま○○」などという記載があっても、特別な事情がない限り、そこまでは追いかけないというお考えですね。
観光協会担当者
そうです。ただ、「ありま○○」といえば、私どもでは、関係する協同組合から「有馬山椒」という商標で商標登録を行っております。1960年代まで有馬地域で愛されてきた山椒ですが、いま消滅の危機にあります。有馬の食文化を守るという観点から、この名前を守ろうと、商標登録を行っております。また、神戸市経済観光局の農政部門にもお力添えをいただいて、「地理的表示(GI)保護制度」の活用を試みています。

有馬山椒の木

取材担当者
有馬温泉に関しては神戸市経済観光局の窓口は一つではなく、事象によって担当部署が異なるのですね。
神戸市担当者
例えば有馬温泉の観光促進は経済観光局の観光部門が担当していますが、山椒については農産物や特産品という観点から農政部門、有馬の商店街については商業部門が担当しています。経済観光局以外にもまちづくりや景観、環境衛生など様々な部門が役割に応じた窓口を担っています。そして、それぞれの部局が、連携や協力で繋がりながら有馬温泉地域と協働しています。
取材担当者
有馬温泉のブランド維持のために、有馬温泉観光協会が、様々な面から神戸市と連携を緊密に取っておられることがうかがえます。また、商標権を取得するにしても、「有馬温泉」をはじめ、「金泉」や「銀泉」、「日本第一神霊泉」を中心に、うまくメリハリをつけて、有馬温泉のイメージをブランドとして守っているのが印象的です。
観光協会担当者
商標権の取得に対するコストの問題もありますが、譲れないところを集中して守るということを意識しています。
有馬温泉のブランドを守り続けるために

~「守るべきものは守る」 メリハリをつけたブランド戦略

取材担当者
今後、どのようなまちづくりをしていこうとお考えですか?
観光協会担当者
事業者それぞれが集客するには限界がありますが、まち全体で集客すると効率的です。そこで、まち全体にさらに訴求力をもたせ、ブランド価値を高めるために、「景観」や「環境」をもっと大事にしていこうと力を入れています。とはいえ、「景観」や「環境」は大事業になりますから、有馬温泉だけが声を上げても難しい。そこで、例えば兵庫県北部にある城崎温泉など、他の温泉地と協力していこうと企画しています。
取材担当者
しかし、1つ2つの温泉地が声を上げても、大きな動きにはならないのではありませんか。
観光協会担当者
だからこそ行政も巻き込むことが必要です。ちょうど今、みんなで第3次のマスタープランをつくろうと動き出しています。「こういうまちをつくりたい」という長期プランをつくり、財源を確保し、そこに投資していく仕組みづくりが大切だと思います。
神戸市担当者
地域のまちづくりというと神戸市内では主に区役所などが対応することが多いものです。有馬温泉の場合、観光の要素がまちづくりと深く関わっていますので、区役所のみならず、観光部門も深くかかわっています。神戸市の観光部門では他にも市内全域の観光地を担当していますが、有馬温泉地域は特に深く連携をしている地域の一つといえます。
取材担当者
本日は貴重なお話をありがとうございました。

 一般社団法人有馬温泉観光協会
有馬地域の旅館協同組合や飲食店組合、食品組合、さらに組合とは関係のない住民らで構成される組織。有馬温泉ではもっとも大きな組織で、観光振興のための活動を行っている。

 神戸市経済観光局
神戸市の産業振興に係る施策の調整、観光・MICEの推進、商工業・農漁業の振興、中小企業の支援、農林土木、卸売市場などを担当している。


2026年2月12日掲載

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