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ちざい げんき きんき 事例紹介 知的財産の活用で、元気な関西の企業/団体を紹介します
マラリアワクチン(BK-SE36) 特許:第4145145号ほか 権利者:一般財団法人 阪大微生物病研究会 堀井俊宏
新規マラリアワクチン(BK-SE36-CPG) 特許:第5748658号ほか 権利者:国立大学法人 大阪大学
写真/中央:堀井俊宏教授 右から2人目:弁理士 難波泰明先生 

ライセンス化による
権利保護と許諾を通して
マラリアワクチンを
世界に普及させ、
数多くの命を救いたい。

ハマダラカという蚊によって媒介される「マラリア」。エイズ、結核とともに世界三大感染症のひとつに挙げられ、アフリカ諸国を中心に年間約4億人が感染し、50万人もの犠牲者を出しています。このマラリアの撲滅に向け、“夢のワクチン”の開発に挑んでいるのが大阪大学微生物病研究所の堀井俊宏教授です。今回はこのマラリアワクチンの特許出願にたずさわった弁理士の難波泰明先生も交え、開発研究にまつわるエピソードや知的財産との関わりについてお話しをお伺いしました。

マラリアワクチンの開発背景

「SERA」という蛋白質に着目してワクチンを開発

取材担当者
「マラリア」は日本人にとって、なじみの薄い病気です。年間50万人がこの病気で命を落としていると聞き、大変驚きました。マラリアについて、詳しく教えていただけますか。
堀井教授
マラリアはマラリア原虫による感染症で、マラリア原虫は実に200種類ほどあるのですが、人に感染するのは5種類だけです。そのなかで最も致死率が高いのが熱帯熱マラリアで、死亡者の90%はアフリカにいる5歳未満の子どもたちです。
取材担当者
マラリアに感染した際、治療薬はないのですか。
堀井教授
以前はクロロキンという特効薬がありましたが、耐性を持つマラリア原虫が出現しました。そこで現在はコアルテムという新しい治療薬が使われていますが、これもすでに耐性を持つマラリア原虫が出始めています。治療薬がよく効いたとしても、常に薬剤耐性の問題が生じるため、感染そのものを予防するワクチンの開発が待たれているのです。
取材担当者
一口にマラリアワクチンといっても、いろんなタイプがあるそうですね。
堀井教授
少し専門的な話になるのですが、ハマダラカが人を刺すとき、その唾液とともにマラリア原虫のスポロゾイトと呼ばれるものが体内に注入されます。それが肝細胞に入って増殖し、赤血球内で増殖しメロゾイトという形状の原虫が新たな赤血球に感染し爆発的に数を増やします。 その際、赤血球を食い荒らすことで発熱や皮腫などマラリア特有の症状を起こし、脳性マラリアを併発して死に至ります。 これまでスポロゾイト期ワクチンや肝細胞期ワクチンが開発されてきましたが、最も防御効果が高いものでさえ31.3%という数値にとどまっています。
取材担当者
堀井教授が開発されたBK-SE36マラリアワクチンはどのようなものですか。
堀井教授
私たちは赤血球期のマラリア原虫の「SERA」と呼ばれる特殊な蛋白質に着目しました。 BK-SE36マラリアワクチンはSERA抗原遺伝子を操作し、大腸菌で発現させた「組換えSE36蛋白質」をワクチン抗原とし、水酸化アルミニウムゲルを添加物とした凍結乾燥製剤です。SE36蛋白質には、マラリア原虫を攻撃する抗体を作る働きがあることがわかっています。 このワクチンは熱安定性に優れ、気温30℃で保管しても半年間は品質に問題がありません。アフリカで使用することを想定した場合、熱安定性というのは重要なポイントになります。
取材担当者
「SERA」に目をつけた学者はほかにいなかったのですか。
堀井教授
これまでに3チームほどありましたが、いずれも途中で研究が止まっています。理由はどのチームも組換え蛋白質がうまくできないからです。私は遺伝子組換えの専門家で、その点は自信がありました。結果、私が設計した人工合成遺伝子で大腸菌にフィットさせたものだけが組換え蛋白質の大量発現に成功しました。
マラリアワクチンの効果

臨床試験の結果、72%のマラリア発症防御効果

堀井教授
「SERA」について論文を書き上げた時、それを見たウガンダの研究者からメールが届きました。そこには「現地でマラリアの疫学調査を行うので、SERAタンパク質を送ってくれたらほかの組み換え抗原タンパク質と一緒にデータを取ります」と書かれていました。
取材担当者
それは願ってもない申し出ですね。結果はいかがでしたか。
堀井教授
半年後に「健康な人の抗体とマラリア患者の抗体を比較した際、きちんと差が現われたのはSERAだけでした」との連絡が入りました。あの時はものすごく嬉しかったですね。 それで次はウガンダ人の成人を対象に、いよいよ臨床試験を開始しました。
取材担当者
いつ頃のことですか。
堀井教授
2010年4月です。21歳以上のウガンダ人の方にワクチン接種を行いました。ところがまったく抗体価が上がらなかったんです。データを見たとき、目の前が真っ暗になりました。アフリカに送ったワクチンが劣化していたのではないかと思ったのですが、それをメーカーに尋ねるとひどく叱られましてね。品質管理には誇りを持っていると言われました。
取材担当者
抗体が上がらなかった理由は何だったんですか。
堀井教授
関西空港からドバイ経由でウガンダに向かう飛行機の中で、ずっとデータを眺めていました。すると2~3人抗体が上がっていることに気付きました。これはもしかしたら免疫不応答という現象が生じているのかもしれない。マラリアに何十回と感染しているアフリカの成人には免疫反応を示さないだけなんだと思ったんです。
取材担当者
マラリアの感染回数が少ない子どもたちなら、抗体価が上がるということですね。
堀井教授
実際に臨床試験を行ってみると、6歳から20歳を対象としたなかで、6歳から10歳までの年齢層が特に抗体価が上がったんです。そこでこの方たちに対して接種後1年間の追跡調査を行いました。その結果、防御効果が72%に達し、副作用がないこともわかりました。
取材担当者
従来ワクチンの防御効果は高くても31.3%ということでしたから、その差は歴然ですね。
堀井教授
2015年6月からはアフリカのブルキナファソにおいて、1歳から5歳を対象とした臨床試験に取り掛かっています。最終的には5ヶ月齢をワクチン接種対象にしたいと思っています。なぜなら人は母体から抗体をもらっていて、それが切れるのが5ヶ月齢だからです。その時にワクチンを接種すれば幼児死亡率が圧倒的に下がると予測しています。
特許・ライセンスの意義

マイルストーン体制を視野に入れた知財戦略

取材担当者
マラリアワクチンに関する特許は国内でこれまでに十数件出願されていますが、知的財産権について堀井教授はどのようなお考えをお持ちですか。
堀井教授
マラリアワクチンの開発研究に取り組み始めた時から知的財産権の重要性は痛感していました。なぜならアメリカの学者で、私も現地で研究のサポートをさせていただいていた方が、このワクチンに関連する遺伝子の特許を日本でも出願していたからです。特許が成立してしまうと、私の開発研究は取りやめになるという事態に直面しました。
取材担当者
その時はどのような経過を辿ったのですか。
堀井教授
結局は日本国内での特許が認められなかったんです。それで無事、私は開発研究をスタートさせることができました。 そんな経験があったものですから、マラリアワクチンに関しては精製方法まで含めて2002年の時点で特許出願・取得を果たしています。
取材担当者
もちろん、海外特許も出願されていますよね。
堀井教授
アメリカ、欧州、カナダ、オーストラリア、インド、香港、中国、ブラジルほか、ワクチンを作る能力がある国はすべて特許出願・取得を行っています。
取材担当者
本日は弁理士の難波先生にお越しいただいております。同じ弁理士でも医薬・バイオ分野は私にとって専門外なので、お話しをお伺いできればと思います。堀井教授とはいつ頃からのお付き合いになるのでしょうか。
堀井教授
難波先生についてお話しするには、新規マラリアワクチンの開発研究にふれる必要があります。現在、BK-SE36ワクチンに免疫賦活化剤としてCpGを添加することで、抗体価を飛躍的に高めようという試みを行っています。
難波先生
私はそのCpGを添加した新規ワクチンの特許出願からたずさわっています。ワクチンに関わるどの部分までを特許で押さえるのか、審査官から拒絶を受けたときにはどのように対応すればいいのかなど、主にメールでのやりとりが中心です。
堀井教授
私がデータを送ったら、フォーマットとなって返ってくるので、あとはチェックするだけでいい。非常に頼りにしています。

取材担当者
特許出願にあたり、難波先生が心がけておられるのはどのような点ですか。
難波先生
日本をはじめ海外諸国で特許出願を行うわけですが、最初はできる限り広い範囲にわたって権利が得られるようにし、審査官から拒絶を受けた際は各国のプラクティスにあわせて対応していくようにしています。
一般の企業の場合は、他社に真似されないために特許を得ることが主な目的です。しかし、マラリアワクチンの場合は公益性が強いためにまず特許で権利を守った上で、企業などに向けて適正にライセンスを与えて世界中に普及させていくことになります。
堀井教授
マイルストーン体制といえばわかりやすいかも知れませんが、ある時点までの研究に使う場合は無償で、その先に進んで商品化などを検討されるならロイヤリティが発生するというシステムを構築できればと考えています。
取材担当者
現在は臨床試験を行われているところですが、ワクチンとしての承認は何年後をめざされていますか。
堀井教授
最終的な承認は2022年をめざしており、その後実用化に向けて進めていきたいです。
取材担当者
日本は熱帯熱マラリアの流行地域ではありませんが、ビジネスや観光目的でアフリカ諸国などの流行地域を訪れる方はいらっしゃいます。これらの方々はマラリアに感染するリスクを負います。熱帯熱マラリアの流行地域以外にも数多くの人々がワクチンの実用化を待ち望んでいるはずです。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

大阪大学 微生物病研究所
微生物病の学理を明らかにすることを目的に、大阪大学で最初の附置研究所として1934年に設置。以来、80余年にわたり、感染症学、免疫学、腫瘍学等の基礎研究の発展を牽引し、新たな病原微生物の発見とその発症機構の解明、さらには研究成果を基にしたワクチンや診断法の開発を通して感染症の征圧に貢献しています。

堀井 俊宏 教授
1953年大阪生まれ。1976年大阪大学理学部卒業後、1980年同助手、1984年から2年間を米国ダートマス大医学部へ准教授として留学し、それまでの分子遺伝学研究分野から転身し、マラリア研究を開始。1991年大阪大学微生物病研究所助教授、1999年同教授を経て、2005年大阪大学微生物病研究所附属難治感染症対策研究センター長及び国際感染症研究センター長就任。


2016年9月21日掲載

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