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ちざい げんき きんき 事例紹介 知的財産の活用で、元気な関西の企業/団体を紹介します
生分解可能なセルロースアセテート粒子と化粧品 特許登録:第6609726号
BELLOCEA® 商標登録:6228982号
権利者:株式会社ダイセル 

研究担当、事業担当、知財担当による
三位一体の知財活動を通して
社会のためになる
化学製品を生み出し続けます

大正時代に、国内の主要セルロイドメーカー8社の合弁によって設立されたダイセル。以来、100年以上にわたり様々な事業分野で化学製品をつくり続けてきた同社は、知的財産についても高い意識のもと、工夫を凝らした活動に取り組まれています。今回は「令和2年度中国地方発明表彰」を受賞された特許について、さらにはその背景となった独自の知財体制について詳しくお話しいただきました。

セルロースアセテート(酢酸セルロース)という素材の特徴

ニーズが高まりつつある天然素材由来の材料

取材担当者
本日は、貴社が特許を取得された「生分解可能なセルロースアセテート粒子と化粧品」について、その経緯や背景などをお聞かせいただきたいと思います。この特許では、「令和2年度中国地方発明表彰(日本弁理士会会長賞)」を受賞されました。また、平成30年度の「知財功労賞(特許庁長官表彰)」を受賞されたポイントの一つである、「三位一体のチーム知財活動」についてもお話しいただけたらと思います。
ダイセル
よろしくお願いします。
取材担当者
まず「生分解可能なセルロースアセテート粒子」とはどんなものか、簡単にご説明ください。
ダイセル
端的に言うと「天然素材由来の材料でつくられた真球状の微粒子」になります。原料であるセルロースアセテートは天然素材由来なので生分解性があり、自然界への循環が可能です。これを今回は化粧品に使用し、物質と製法で特許を取得しました。
取材担当者
なぜ今、この開発に取り組まれたのでしょう。経緯や背景を教えてください。
ダイセル
一般的に、化粧品の材料には合成系プラスチックの微粒子がたくさん含まれているのですが、これが海洋生態系への影響が懸念されるマイクロプラスチックとして、近年の海洋汚染問題の原因のひとつに挙げられていて、日本だけでなく世界中で問題視されています。
取材担当者
化粧を落とした際に海に流れていくのですね。
ダイセル
はい。マイクロプラスチックは非常に小さい粒子状ですので、下水処理場で捕捉されずに海まで流れてしまいます。そのため近年、合成系プラスチックに代わる天然素材でできた粒子へのニーズが高まりつつあることから、化粧品用途を想定した今回の開発が始まりました。
取材担当者
原料にセルロースアセテートを使用したのはなぜですか。
ダイセル
セルロースアセテート(酢酸セルロース)は、酢酸と木材の主要成分であるセルロースを原料とした天然素材由来の素材で、海に流れても加水分解され、自然に還る特性を有するからです。 当社では古くからこのセルロースアセテートを製造・販売しており、その特性から、ニーズに合う開発ができるのではないかと手ごたえを感じ始めていました。
取材担当者
セルロースアセテート微粒子を含んだ化粧品は、環境面以外ではどんなメリットがあるのでしょう。
木材から生まれたセルロースアセテート
(酢酸セルロース)が、
再び自然に還るまでの流れ。
ダイセル
ファンデーションであれば、少量でも「のび」が良いという特徴があります。いわゆる「薄づき」のファンデーションになります。一般的にセルロースアセテートでつくられたメガネフレームや万年筆などの製品は「肌触りや手馴染みが良い」と言われていて、肌に直接触れるアイテムに使われる傾向があります。
セルロースアセテート化粧品と、合成系プラスチックの
ナイロン粒子を含んだ化粧品による「のび」の比較結果。

取材担当者
開発にはどれくらいの期間がかかりましたか。
ダイセル
スタートが2017年で、処方の完成が2019年なので2年ほどかかっています。
取材担当者
その間、スムーズに進んだ部分と、苦労された部分があったかと思います。
ダイセル
最初の1年は試行錯誤の連続でした。
取材担当者
特にどんな点が?
ダイセル
まず、粒子をつくることが難しかったです。粒子状になる一歩手前の、粒子もどきのような形の悪い粒がよくできていました。
取材担当者
きれいな真球にならなかったのですね。
ダイセル
はい。当初は、きれいな真球粒子と、いびつな粒子が混在した状態でした。ようやく真球の粒子をつくれるようになったと思ったら、今度はサイズの調整に苦労して。実は、コスメ用途にちょうど良いサイズというのがあって、それより粒子が小さすぎても大きすぎても良くないのです。
取材担当者
粒子サイズが化粧品の品質にも関わってくるのですか。
ダイセル
粒子が小さいと、塗った際の滑りが良くなるけれど、肌に入り込みすぎてシワが浮き出てきてしまうのです。逆に大きすぎると、塗った時にツブツブした触感が残り、滑りも悪くなります。
取材担当者
化粧品にちょうどいいサイズとは具体的にどれくらいなのでしょう。ちょっと想像つかないですね。
ダイセル
だいたい粒径5〜10ミクロンです。今でこそ私たちも、5ミクロンのパウダーと7ミクロンのパウダーの違いを指で触ってわかるようになりましたが、開発初期はその違いがわかりませんでした。ただ、化粧品メーカーの方はその違いを触ってすぐにわかられていて、お客様が感じられているそうした評価を、こちらで理解し再現することに苦労しました。

今回の特許取得について

開発初期から参加していた知財担当者

取材担当者
今回の特許出願は、開発初期から考えられていたのでしょうか。
ダイセル
この素材のアプリケーションを化粧品に決めた初期の段階で、特許出願もすることになりました。マイクロプラスチック問題は天然素材を扱う業界で注目度が高く、競合他社も多い状況です。そのため、今後の事業展開を考えて積極的に取っていく方針に決めました。
取材担当者
知財担当者と開発担当者とが連携されたタイミングは?
ダイセル
開発初期の段階から、開発担当者だけでなくマーケティング担当者や知財担当者にも入ってもらい、協力しながら進めてきました。
取材担当者
積極的に特許を取っていくという方針は、やはり開発初期から知財担当者が入られていた影響でしょうか。
ダイセル
そう思います。そもそも、知財担当者がチームにいなかったら、素材の完成だけで終わっていたかもしれません。
取材担当者
この素材の場合、特許を取るポイントを絞るのが難しかったのではないでしょうか。広く取るには「セルロースアセテートが入った化粧品」となると思うのですが、それではさすがに広すぎる気もするので。
ダイセル
今回完成した素材は、当社が長年培ってきた特殊な製法を応用してつくられています。通常であれば、その製法に限定して特許出願しがちですが、この素材の場合、それだと特許権の範囲が狭くなります。そこで先行特許を調べたり、弁理士さんに相談するなどした結果、「真球度」という切り口で特許出願するアイデアを思いつきました。
「BELLOCEA®」に含まれている真球粒子
取材担当者
なるほど。まさしく、開発担当と、知財担当と、弁理士の3者による化学反応ですね。
ダイセル
はい。先行特許の粒子は、写真で見るとゴツゴツしていて当社の粒子と全然違っていました。これを、どのようにして特許上差別化できる特徴とするかについて、3者で知恵を絞り、製法で限定することなく特許を取得することを目指しました。

商標権の取得について

生みの親でもある研究者が名付け親にも

取材担当者
今回の素材は商標も取ってブランド化されています。その狙いを教えてください。
ダイセル
化粧品業界はイメージが重要なので、商標を取ってブランド化することが、今後の拡販につながると考えました。
取材担当者
「BELLOCEA®(ベロセア)」とうネーミングはどなたが?

ダイセル
開発担当者自身です。「BELLO」はスペイン語で「美しい」という意味で、「CEA」には「セルロースのプラスアルファ」という意味を込めています。「セルロース素材で人も地球も美しく」というコンセプトで名付けました。
取材担当者
研究者の方が商標を考えられるケースは珍しいですね。一般的には、事業部などの方が決めるイメージなので。
ダイセル
2017年から開発担当者2人で始めて今に至っていますので、生みの親のような気持ちで名付けさせてもらいました(笑)。
取材担当者
今実際に、化粧品メーカーさんがこの商品を使用されているのでしょうか。
ダイセル
国内と海外の複数のお客様に採用され、世の中に出ています。
取材担当者
自然に還る素材という点について、国内と海外で反応に違いはありますか。
ダイセル
やはり環境問題について敏感なヨーロッパの企業の方が、その点への関心は強いように感じますね。海外の商標権も取得しているので、さらに多くの国に展開していきたいと思っています。

知財活動の特徴について

「お節介」が知財活動のキーワード

取材担当者
では、貴社の知財戦略についてお聞きします。まずは、どのような体制で進められているかお聞かせください。
ダイセル
当社では、事業担当者、研究開発担当者、知財担当者が三位一体となって様々な知財活動を進めています。ただ単に特許を取るだけでなく、それをどう会社の役に立て、社会貢献につなげていくかを常に3者で考えるように心がけています。
パテントコーディネーター(PC)をリーダーとした、三位一体による知財活動のイメージ図。

取材担当者
そのチームはどのようにつくられるのでしょうか。
ダイセル
事業テーマごとにチームを構成して、出願権利化から管理・活用・契約まで一気通貫で行なっています。この体制が「知財功労賞(特許庁長官表彰)」でも評価をいただいた点の一つでした。
取材担当者
いつ頃から、そうした体制で知財活動に取り組まれてきたのでしょうか。
ダイセル
実は、かれこれ20年ほど続けています。そして、このスタイルが社員の間に浸透し、定着し、うまく回り始めたのはここ数年のことで、「BELLOCEA®」の知財活動はその成功例の一つと言えます。
取材担当者
三位一体による知財活動というのは、以前からよく言われているのですが、うまく機能している例はまだ少ないのが現状です。やはり、時間をかけて続けることが大切なのですね。
ダイセル
そうですね。この体制で知財活動を始めたのは1990年代からですが、当初はやはり「特許のことは知財がやった方が」という声も挙がっていました。ただ、時間が経つうちに、知財の重要性に気付いた社員や、特許で苦労した社員が現れ始め、そうした方々が部門長になることで、この体制の重要度が浸透していったように感じています。
取材担当者
先ほど拝見したオフィス内はフリーアドレス制でしたが、部門を越えた3者が集まるには向いているような気がします。
ダイセル
当社の知財活動のキーワードは「お節介を焼く知的財産専門集団」です。3者が自らの専門分野を担いつつ、言いたいことを言い合う関係性や体制をつくるには、確かにフリーアドレス制は向いていますね。
取材担当者
そうした知財活動において、社外の弁理士はどのように関わっていますか。
ダイセル
出願の明細書作成や権利化に関する業務のほか、クレームドラフティングなどもお願いしています。
取材担当者
今回の特許に関しては、どのような相談をされましたか。
ダイセル
社外の弁理士さんには、真球度という切り口を見つける前の段階から相談していたので、先行文献調査もしてくださり、どの文献をベースに明細書を作成すれば良いかなど、具体的なアドバイスをいただきました。
取材担当者
特許に関する調査は、やはり知財担当者と社外の弁理士が担っているのでしょうか。
ダイセル
もちろんそういうケースもありますが、最近当社では、技術者自身が特許調査をすることを奨励しています。
取材担当者
それは、どういった狙いからですか。
ダイセル
まずスピードの問題です。特許出願前の新規性に関する調査などは、技術者自身で調べた方が効率的である場合が少なくありません。また、技術者自身が調べれば、直接本人が世間の動向にふれることもできます。
取材担当者
本人の学びや気づきにもなるということですね。
ダイセル
そうです。技術者以外が調べると、その情報を再び技術者にフィードバックする必要があり、スピードや情報の確度が失われかねません。ただ、特許調査は専門ツールの操作なども必要なので、ここ数年はそうした面の教育環境整備にも注力しています。

知財意識向上の取り組みなどについて

IPランドスケープなどの新展開にも対応していきたい

取材担当者
貴社では、知財に関する意識や意欲向上のために、どんな取り組みを実施されていますか。
ダイセル
出願の発明に対するインセンティブのほか、年に1回特にユニークな発明に対して「特別表彰」の制度があります。この特許も特別表彰を受けています。
取材担当者
ホームページ内に「知財に関する取り組み」というページを設けられるなど、情報発信にも注力されていますね。
ダイセル
はい。ほかにも、社内や業界内の特許に関する事例や、先ほどの特許調査ツールの使い方など、知財に関する様々な情報を載せた『知財ニュース』という社内報を毎月発行して、社内の知財意識の向上や啓発、情報の共有などを図っています。こちらも創刊から20年以上が経っています。
取材担当者
では最後に、今後、弁理士に期待していることを教えてください。
ダイセル
権利関係のことはこれまで同様サポートいただきたいので、双方向のコミュニケーションをしっかり取りながら進めていければと思っています。また、近年は、特許情報をもっと活用し、その情報をもとに事業の方向性を考える「IPランドスケープ」が注目されています。当社でも「IPランドスケープ」には取り組んでいきたい考えなので、そうした新しい展開についても、特許事務所の弁理士さんと情報交換しながら進められたらと思っています。いずれにしても、社外の弁理士さんは大切なパートナーだと考えていますので、今後もご協力をお願いいたします。
取材担当者
こちらこそ、よろしくお願いいたします。本日は、ありがとうございました。

株式会社ダイセル
前身となる「日本セルロイド人造絹糸株式会社(現 網干工場)」が1908(明治41)年に設立されたのち、1919(大正8)年に、セルロイド会社8社が合併して誕生。「化学の力で人々を幸せにしたいという志」は創業当時から受け継がれる精神で、セルロース化学、有機合成化学などのコア技術による化学製品のほか、高機能材料、自動車エアバッグ用インフレータといった化学の枠を超えた分野でもグローバルな事業を展開中。持続可能な社会への転換が叫ばれる昨今、天然由来の原料をつくり続けてきた同社の技術や経験、ノウハウに期待が集まっている。


2022年1月28日掲載