知的財産はコストではなく
企業の成長に
欠かすことのできない
投資だと考えています。

独創的なステーショナリーを次々にヒットさせ、テレビや雑誌に取り上げられる機会も多い大手文具メーカーのコクヨ。今回は、数ある商品の中から同社の顔ともいうべき「キャンパスノート」と、“ペンスタンドになるペンケース”という新しいジャンルを開拓した「ネオクリッツ」に着目。商品の開発秘話や、知的財産への取り組みなどについて伺いました。
顧客不満足度0%を目指して

- 取材担当者
- 小学生の頃、兄が持っているキャンパスノートを見て、「中学生になったら自分も使いたい」と憧れていました。
- コクヨ
- ありがとうございます。当社の調査では、中高生の約65%、つまり3人のうち2人の方がキャンパスノートを使ってくださっています。
- 取材担当者
- いまも学生さんのマストアイテムなのですね。ではキャンパスノートの歴史を教えていただけますか。

- コクヨ
- 初代のキャンパスノートを発売したのは1975年です。当時、他のメーカーのノートは糸を使って表紙と中紙をとじる「糸とじ」が主流だったのですが、当社は糸を使わず糊だけでとじる「無線とじ」を採用しました。糸とじよりも高度な技術や経験を要しますが、その代り「フラットに開く」「かさばりにくい」「ばらけにくい」といった糸とじにはない使いやすさを実現することができました。
- 取材担当者
- 表紙に表示された「Campus」はもうロゴマーク化していたのでしょうか。

- コクヨ
- ロゴマークをデザインしたのは1983年発売の2代目からです。このとき商標登録もしました。
- 取材担当者
- ここでキャンパスのブランドが確立したのですね。
- コクヨ
- はい。ロゴでキャンパスのアイデンティティーをしっかり印象づけるとともに、ノートの中を見なくてもどんな罫線か分るよう、A罫・B罫の英文字と罫線イメージを表紙に印刷するなど、機能面でもさらなる工夫を加えました。

- 取材担当者
- 1991年発売の3代目ではロゴが縦向きになっていますね。
- コクヨ
- それまでの事務ノート的なイメージを払拭したかったので、デザインで思い切ったリニューアルを行いました。ほかにも背クロスと表紙の左側を同色にすることで背クロスを見せないようにしたり、色遣いもビビッドにしています。

- 取材担当者
- さらに2000年発売の4代目では、ロゴがとても大きくなっていますが。
- コクヨ
- 実は1983年に2代目を出した時から模倣品が世の中にたくさん出回るようになりました。デザインはほぼ同じでロゴも似ているのですが、よく見るとCampusとまぎらわしい別の綴りを使っているのです。それを排除するために打ち出したのが、デザインでロゴを大きくレイアウトする、という戦略です。
- 取材担当者
- ロゴを大きくすれば、綴りの違いがすぐに分かるので、模倣は難しくなりますね。
- コクヨ
- はい。またこの4代目では、背クロスの強度にもこだわりました。それまでは樹脂を浸透させた紙が素材だったのですが、お客様が使い続けるうちに擦れて破れたり、背が割れそうになったりすることがあったのです。そこで新しいクロスでは、紙の上にフィルムを貼付けることで耐摩耗性を10倍、耐折性を3倍に向上させました。この技術では、特許も取得しています。


- 取材担当者
- キャンパスノートでは、他にどんな知的財産権を取得しているのでしょうか。
- コクヨ
- 罫線やノートのデザインなどで意匠権を多数取得しています。国内、国外問わず積極的に意匠登録し、模倣を防いでいます。
- 取材担当者
- 現在のデザインは「Campus」のロゴが再び横置きに変わりましたね。
- コクヨ
- 実はロゴ自体のデザインも変更しています。万人に愛用されるベーシックなイメージは残しつつ、スマートさやポジティブさを加味しました。またノートのタイトルが2行になっても書き込みやすいよう、タイトルスペースを広げたり、表面だけでなく裏面にも名前が書けるよう、裏表紙にも名前スペースを設けるなど、表紙の使いやすさにもこだわっています。

- 取材担当者
- こうした改良点はどのように決めるのですか。
- コクヨ
- お客様の声に基づいて決めていきます。例えば当社が調査したところ、ノートに縦線を引いて使うお客様は55%いらっしゃいました。そこでこれまでは、多くのお客様が線を書き込む左側と中央に三角形の目印をつけて、縦線を引きやすくしていたのです。けれどその後の調査で、右側にも縦線を引いて使う方が少ないながらもいらっしゃることが分りました。それを受け、5代目からは右側にも目印のあるデザインに変えたのです。

- 取材担当者
- そこまできめ細やかに配慮されているとは驚きました。

- コクヨ
- キャンパスノートで目指しているのは、「顧客不満足度」を0%にすることなんです。現在のキャンパスノートでは、ノートの「背」の部分にタイトルが書きやすいよう、背クロスを変更しています。実は「背にタイトルを書きたい」とういう声は、ユーザー全体のわずか14%程度なんですね。それでも、お客様の不満を0%にするために、取り入れました。
- 取材担当者
- お客様の不満がゼロになれば、おのずとすべてのお客様が満足する商品になる、というわけですね。
- コクヨ
- デザインをリニューアルするときも、お客様評価で「嫌い」が少ないデザインを選ぶようにしています。「好き」がとても多かったけれど、嫌いな人も一定数いる、というデザインは選びません。そのような結果がでたら、今度は好きが多い方に近づくようデザインを調整しています。
- 取材担当者
- なるほど。キャンパスノートが多くの方に愛され続ける理由の一端が分った気がします。
2つの先行商品から生まれたネオクリッツ
- 取材担当者
- キャンパスノートというロングセラー商品がある一方、貴社は近年、ユニークなアイデアの文具を次々にヒットさせています。例えば「ペンスタンドになるペンケース」として話題になったネオクリッツもそうした商品のひとつですね。ネオクリッツについて、開発の経緯を教えていただけますか。

- コクヨ
- ネオクリッツ自体が発売されたのは2006年です。しかしペンスタンドになるペンケースというコンセプトの商品は1999年に「クリッツ」という名称ですでに発売していました。また2005年には「WiLLACTIC」という名称で、クリッツとは構造が異なるペンスタンド型のペンケースも発売しています。

- 取材担当者
- ではネオクリッツは2つの先行商品の発展形なのでしょうか。
- コクヨ
- はい。私がペンケースの担当となったとき、まずクリッツとWiLLACTICを使ってみたところ、ペンの取り出しやすさではクリッツが、安定性ではWiLLACTICが優れている、と感じました。それならば、クリッツの上半分がめくれる機能とWiLLACTICのマチ構造を組み合わることで、取り出しやすさと安定性を兼ね備えた商品が生まれるのではないか、と考え、ネオクリッツの開発に着手したのです。
- 取材担当者
- 2つのペンケースの“いいとこ取り”を狙ったのですね。開発で苦労したことはありますか。
- コクヨ
- ネオクリッツでは新たに芯材を入れることにしたのですが、その素材選びで苦労しました。しっかり自立して、スムーズに開閉できる構造にするために、紙をはじめ様々な素材で試作し、最終的にはPP素材で落着きました。
- 取材担当者
- 発売後のお客様の反応はいかがでしたか。
- コクヨ
- まずまずの売れ行きでした。ただ、「これは絶対大ヒットする!」と確信して発売しましたので、物足りなさも感じていました。ところが発売から3年後、NHKの情報番組で取り上げていただいたことがきっかけで売上が大きく伸びたのです。ブレークしたのは2013年、やはりテレビのランキング番組の文房具総選挙で1位になったときですね。そしてその2年後、人気バラエティー番組で取り上げてもらったことが決定打となって、いまの地位を確立しました。現在は累計で約400万個売れています。


- 取材担当者
- そもそもペンケースを立てる、というアイデアはどこから出てきたのでしょうか。
- コクヨ
- 「クリッツ」の担当者に聞いたところ、別の商品企画のために中学校へリサーチに行った際、中学生の机を見て、「なんて狭いのだろう」と驚いたそうなんです。教科書、ノート、ペンケースを載せるともう一杯で、しかもその中でペンケースの占める割合が意外に大きい。スペースをとらないペンケースがあれば喜んでもらえるのでは」とそのとき考えたそうです。

- 取材担当者
- ペンケースを立たせることで、机に占める面積を小さくしたわけですね。「クリッツ」では特許を取得されたのですか。
- コクヨ
- はい。上半分が折り返せて筆記具の上部を露出させる構造で取得しています。また同様にWiLLACTICについても、硬い外生地をファスナーで開くという構造で特許を取っています。
- 取材担当者
- ネオクリッツはいかがでしょうか。
- コクヨ
- 実は2006年のネオクリッツ発売時には、新たに特許は出願しませんでした。構造的にはクリッツとWiLLACTICの組み合せだったのでその2つの特許でカバーできるだろう、と考えたからです。その後、リニューアルのタイミングでは、新たに加味した技術で特許を出願しています。
- 取材担当者
- ところでネオクリッツの「クリッツ」にはどんな意味があるのですか。
- コクヨ
- 「くるっ」とめくれる、と「起立」する、をひっかけて「クリッツ」という造語にしています。最初は「キリッツ」というネーミングで登録を考えていたのですが、残念ながら商標権が取れなくて、やむなくクリッツにした、という経緯があります。

- 取材担当者
- 結果的にはネーミングの中に2つの機能が含まれているので、よかったのではないですか。

- コクヨ
- 言われてみれば、そうかもしれません(笑)。商標ということでいえば、いまネオクリッツでは立体商標も出願中です。特許だけだと効力が無くなったあと、商品を守ることができません。そこで商標権や意匠権も取得し、複合的にカバーしたいと考えています。
知財ミックスに積極的に取り組む
- 取材担当者
- 特許だけではなく商標、意匠でもネオクリッツを保護するとのことですが、他の商品の場合はいかがですか。
- コクヨ
- 当社では知的財産戦略として知財ミックスに積極的に取り組んでいます。どの商品についても特許権だけではなく意匠権、商標権もなるべく取得し、知的財産権を「点」ではなく「面」で複合的に活用するようにしているのです。

- 取材担当者
- 特許、意匠、商標の出願件数は年間でどれくらいですか。
- コクヨ
- おおよそですが、特許と意匠はそれぞれ100件前後、商標は50件前後になります。
- 取材担当者
- 知的財産を「面」で活用する、ということはそれだけ取得や維持にコストをかける、ということになりますね。
- コクヨ
- 知的財産はコストではなく会社の成長のための投資である、というのが当社の考えです。早いうちに知的財産権を取得しておけば、将来のマーケットにおいて模倣品対策や他社への牽制がしっかりでき、結果的にシェアの拡大や利益の向上につながるからです。
- 取材担当者
- 文字通り、知的“財産”であるわけですね。御社のCSR報告書に、他社の知的財産権を尊重する、と明記されていますが、具体的にはどのようなことを行っているのでしょうか。

- コクヨ
- 商品を発売する前に、他社の知的財産権を侵害しないよう徹底して調査を行います。調査件数は出願件数の倍ほどになります。
- 取材担当者
- 出願や調査にはどのような体制で取り組んでおられるのですか。
- コクヨ
- 法務部の中に知的財産ユニットという部署があり、そこに所属する8名で取り組んでいます。法務部は東京ですが、知的財産ユニットは開発部隊に近いほうがいいだろうということで、主な開発部門のあるここ大阪に置かれています。
- 取材担当者
- 8名という人数は、業務の内容やボリュームを考えると少ないような気もしますが。
- コクヨ
- 8名ですべての業務に対応することは現実的ではありません。そこで特許権や意匠権の出願をはじめ、権利化については特許事務所さんといった外部パートナーに全面的にサポートをお願いしています。当社の知的財産戦略において、特許事務所さんや弁理士の先生は、欠かすことのできないパートナーです。
- 取材担当者
- 権利化以降の対応…例えば模倣品の対策などはどうされていますか。
- コクヨ
- 模倣品対策については、外部パートナーさんにも協力いただいておりますが、基本的には社内で対応しています。


- 取材担当者
- キャンパスノートのお話の中でも模倣対策について少しお伺いしましたが、他の商品でも模倣品はかなり出回っているのでしょうか。
- コクヨ
- そうですね、主に海外で販売されている模倣品が多いのですが。ネットなども使ってしらみつぶしに探し、発見したら削除申請したり、警告書を出すようにしています。
- 取材担当者
- 警告書を出すと販売を取りやめてくれますか。
- コクヨ
- 当社が知的財産権を保有していることを伝えるとだいたい販売を取りやめてくれます。訴訟になることはほとんどありません。
- 取材担当者
- やはり率先して特許権や意匠権を取得してきたことが功を奏しているのでしょうか。
- コクヨ
- そう思います。特に中国は、以前にくらべて知的財産に対する意識が高くなっているな、と感じますね。警告書を出せば販売を取りやめてくれることが多くなりました。これは余談ですが、当社の商品を模倣していたある企業ですが、模倣とはいえ技術や品質が非常に優れていたのですね。そこで当社の協力企業になってもらった、というケースもあります。
- 取材担当者
- それは面白いエピソードですね。対立するのではなく、知的財産権がこちらにあることを示し、納得してもらったうえで友好的な関係を結び直す…。知的財産権の有効活用のひとつだと思います。今日はキャンパスノートとネオクリッツについてお聞きしましたが、近年、コクヨさんからはドットライナー、ハリナックス、カドケシといったユニークな製品が実にたくさん発売されています。新しいアイデアの製品が生まれるほど、知的財産ユニットの皆様の存在意義も、ますます重要度を増すのではないでしょうか。

- コクヨ
- 知的財産ユニットへの相談は、確実に増えていると思います。
- 取材担当者
- 少数精鋭で業務に取り組んでおられるということですので、今後ともぜひ弁理士を活用ください。本日はお忙しいところ貴重なお話をありがとうございました。


コクヨ株式会社
1905年(明治38年)、和式帳簿の表紙を製造する「黒田表紙店」として創業。文具、事務用品を製造・販売するステーショナリー関連事業と、オフィス家具、公共家具の製造・販売、オフィス空間構築などを行うファニチャー関連事業、オフィス用品の通販とインテリア・生活雑貨の販売を行う通販・小売関連事業の3事業を展開し、創業以来の企業理念である「商品を通じて世の中の役に立つ」を実践しています。
2018年5月14日掲載