平成21年8月25日判決 知的財産高等裁判所 平成20年(ネ)第10068号
- 原審・東京地方裁判所平成19年(ワ)第19159号 -
- 原審・東京地方裁判所平成19年(ワ)第19159号 -
- 事件名
- :特許権侵害差止控訴事件
- キーワード
- :進歩性、権利濫用
- 関連条文
- :特許法29条2項、104条の3
- 主文
- :本件控訴を棄却する。
1.事件の概要
本件は,被控訴人が,商品名を「MCS-8000」とするシンギュレーションシステム装置(以下「被控訴人製品」という。)を製造,販売した行為について,控訴人が,被控訴人の上記行為は,控訴人の有する第3887614号特許権(発明の名称「切削方法」。以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲請求項3に係る発明を「本件発明」という。)を侵害するものとみなされる(特許法101条5号)と主張して,[1]本件特許権に基づき,被控訴人製品の製造,販売等の差止めを求めるとともに,[2]不法行為に基づく損害賠償として,3400万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,被控訴人の上記行為による本件特許権の侵害の成否について判断することなく,本件特許は,下記引用例1及び引用例2に記載された発明(以下「引用発明1」「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,特許法104条の3により,本件特許権を行使することはできない旨を判示して,控訴人の請求を棄却したため,控訴人がこれを不服として控訴した。
引用例1:実願昭58-49304号(実開昭59-156753号)
引用例2:実願平1-76555号(実開平3-16343号)
2.争点
(1)間接侵害の成否
(2)進歩性の有無
3.本件発明の構成及び引用発明との相違点
(1) |
本件発明 控訴人は,無効審判手続において,平成20年10月17日訂正請求を行い,更にその後平成21年4月15日,訂正審判を請求した(以下「第2次訂正」という。)。その訂正に係る特許請求の範囲の構成要件を分説すると以下のとおりである(以下「第2次訂正発明」という。)。
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(2) |
引用発明1との相違点 相違点1 引用発明1は,「Z軸方向に移動可能」な「第一のブレードと第二のブレード」とにより,「2本同時に切削」(構成要件A~B-2’,G-1~I-3’)するが,その具体的機構・動作が開示がされていない点。 相違点2 本件発明は,「該第一のスピンドル支持部材の下部には第一のスピンドルが配設され,該第二のスピンドル支持部材の下部には第二のスピンドルが配設され」(C-1,C-2)るものであるのに対し,引用発明1には,そのような構成につき開示がされていない点。 |
4.裁判所の判断
(1) |
抗弁(特許法104条の3の抗弁の成否)について 当裁判所は,以上のとおり,控訴人の本件請求は,被控訴人製品の製造販売による本件特許権の侵害が認められないので,理由がないと判断するが,原判決は,特許権侵害の成否について判断することなく,本件特許が無効であるとして,控訴人の請求を棄却していることから,このような本件事案に鑑み,以下,被控訴人の主張する特許法104条の3の抗弁についても,控訴人の主張する再抗弁を含め,その成否を判断することとする。(中略) |
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(2) |
相違点1について
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(3) |
相違点2について 本件発明における「該第一のスピンドル支持部材の下部には第一のスピンドルが配設され,該第二のスピンドル支持部材の下部には第二のスピンドルが配設され」る構成は,当業者が適宜に採用すべき設計事項である。 なお,本件発明では,2つのスピンドル支持部材の下部にそれぞれスピンドルを配設することにより,スピンドルの自重による先端部の下方変形を防止する作用効果を奏するとしても,上記作用効果は,構造上自明な効果にすぎない。 |
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(4) |
控訴人の主張について 控訴人は,引用発明1に引用発明2の切削方法を適用することの動機付けがないと主張する。 しかしながら,上記カ判示のとおり,引用発明1と引用発明2は,いずれも技術分野が同一であるだけでなく,両者は切削時間の短縮という目的においても共通している。加えて,引用発明1と引用発明2は,2枚のブレードによって切削位置を2本ずつ切削することができるといった作用の点でも共通しているということができるから,引用発明2を知り得た当業者にとって,引用発明1に引用発明2を組み合わせようと試みることは自然なことである。 そして,引用発明2のような円形の半導体ウェーハの端部と中心部とを同時に切削する場合に切削ストロークに無駄が生じること,それに対し,引用発明1のような矩形の被加工物であれば,円形のものと比較して各ストロークに無駄が生じないことは技術的に自明な事項であって,当業者が容易に理解できる事項である。 そうすると,切削時間の短縮という目的のために,矩形の被加工物をその対象とした引用発明1に引用発明2を適用する動機付けが存在するということができ,控訴人の主張は,理由がない。 また,控訴人は,引用発明1に引用発明2の切削方法を適用することに,阻害要因があると主張する。 しかし,引用例1の実用新案登録請求の範囲には,「…ダイシングソウにおいて,一つのワークに対し個々に制御,あるいは連動される二以上のカツトホイールを配設するか,一つのワークを一または複数のカツトホイールが加工しているときのあきスペースに別のワークが位置していて別の一または複数のカットホイールが加工を行つていることを特徴とするダイシングソウ。」と記載され,二つの運転形式が選択的に記載されているものである。控訴人主張の運転は選択肢のうちの一つで,それが不可能となることだけをもって阻害要因が存するとまではいえない。引用発明1に,引用発明2を適用したものと同様の位置関係をとり得ることは,引用例1(乙9)に第2及び3図に係る実施例として開示されている。 よって,引用発明1に引用発明2を適用することに阻害要因が存在するということはできないから,控訴人の主張は,理由がない。 |
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(5) |
小括 したがって,相違点1及び2に係る構成は,周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものであり,本件発明は,引用発明1,2及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明することができたものといわざるを得ない。 |
5.コメント
本件は、控訴人の有する特許権の基づく侵害訴訟において、被控訴人が進歩性を有しないとの特許無効の抗弁(特許法104条の3)を主張し、認められた事案である。本件特許は審査段階では、装置について権利を請求していたが、引用例を回避するため、切削方法の発明に限定し特許がなされた。ところが、本件訴訟においてこの限定された切削方法に関する文献(引用発明2)を証拠として被控訴人に提出され、特許無効との判断がなされた。今後も審査で見逃された公報により特許無効との判断がなされうる点に十分注意すべきと考える。
(執筆者 東山 香織 )