平成21年12月25日判決 知的財産高等裁判所 平成21年(行ケ)第10132号
- 事件名
- :一又は二以上の凹みを備えた鋳造され鍛造される部分の製造方法及びそれを実施する装置事件
- キーワード
- :引例との相違点に係る構成が証拠に示されていない
- 関連条文
- :特許法第29条第2項
- 主文
- :審決取消
1.事案の概要
拒絶査定不服審判(不服2007-26817号事件)に対する審決取消訴訟であって、具体的には、当該審判請求後(平成19年10年31日付け)に特許請求の範囲の補正をしたが、特許庁がこの補正を却下した上で請求不成立としたので、その取消を求めた事案。
2.補正後の請求項1の発明の要旨
上記補正後の請求項1の発明(本件補正発明)は、次のとおりである。
「鋳造され,次いで鍛造される,一又は二以上の貫通穴を備えた部分の製造方法であって:
得られる最終部分に必要な形状に合致する一又は二以上の貫通穴を含む鋳造プレフォームを形成する段階と;
プレフォームを,該プレフォームの温度を一様に保持するトンネル炉に移動する段階と;
鋳造プレフォームをプレス上に配備された圧造ダイに位置づける段階と;
鍛造作業の前に,コマンドにより,一又は二以上のロッドを鋳造プレフォームの貫通穴に導入する段階と;
形作られた貫通穴の中にロッドが一時的に位置付けられている間にロッドを受けるプレフォームを所定の大きさにする段階と;
上部鍛造ダイを持ち上げて鍛造されたプレフォームを自由にする段階と;
貫通穴に位置付けられたロッドを引き出す段階と;
鍛造されたプレフォームを取り外す段階と;を実施することを特徴とする方法。」
3.審決の概要
(1) |
引用発明(甲1:特開平7-195136号公報)の内容 「軽金属材料を主体とする鋳物用溶湯を鋳造金型中において定形性を付与することにより、凹部を備え所定の鍛造比を確保するための余肉を含み目的製品に近い形状の予備成型物を作り、予備成型物に形成された前記凹部に、目的製品の凹部形状と同一若しくは近似した外形を有する入子型を、最終成型物から抜去可能に充填した状態で、該予備成型物の金属組織中に、液相と固相とが共存する温度域において、鍛造金型によって鍛造加工を施したのち、前記入子型を抜き取り、必要に応じて、後加工処理を加えて目的製品とすることを特徴とする軽金属製品の成形方法。」 |
(2) |
一致点と相違点 (2-1)一致点 「鋳造され、次いで鍛造される、一又は二以上の穴を備えた部分の製造方法であって: 得られる最終部分の形状に対応する一又は二以上の穴を含む鋳造プレフォームを形成する段階と; 鋳造プレフォームを加熱する段階と; 鋳造プレフォームをプレス上に配備された圧造ダイに位置づける段階と; 鍛造作業の前に、コマンドにより、一又は二以上の導入部材を鋳造プレフォームの穴に導入する段階と; 形作られた穴の中に導入部材が一時的に位置付けられている間に導入部材を受けるプレフォームを所定の大きさにする段階と; 上部鍛造ダイを持ち上げて鍛造されたプレフォームを自由にする段階と; 穴に位置付けられた導入部材を引き出す段階と; 鍛造されたプレフォームを取り外す段階と;を実施する方法。」である点。 (2-2)相違点 本件補正発明と引用発明との間には相違点1~相違点7が存在すると、審決において認定されているが、ここでは、裁判所が判断の対象とした相違点2および相違点4についてのみ示す。 <相違点2> (鋳造プレフォームに形成された)得られる最終部分の形状に対応する穴が、本件補正発明では、得られる最終部分に必要な形状に合致する穴であるのに対し、引用発明では、得られる最終部分に設けるべき穴より大きい穴である点。 <相違点4> 導入部材が、本件補正発明では、ロッドであるのに対し、引用発明では、入子型である点。 |
(3) |
審決の認定 本件補正発明は,引用発明および従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 相違点2について、鋳造プレフォームの穴と導入部材との間に形成された隙間が小さいほど余肉部の流動量も少なく、鍛造による成形が容易となることは技術常識より明らかであるから、隙間をできるだけ小さくして、鋳造プレフォームの穴をできるだけ得られる最終部分の穴に合致するようにすることは、当業者が普通に採用する事項であると認められ格別の困難性はない。 相違点4について、入子型をロッドとすることは、当業者が必要に応じて適宜なし得る設計的事項にすぎない。 |
4.裁判所の判断
(1) |
相違点2に係る容易想到性判断(取消事由1) 本件補正発明における「得られる最終部分に必要な形状に合致する一又は二以上の貫通穴を含む鋳造プレフォームを形成する段階」において形成されるプレフォームは「鋳造された時点で既に最終部分に必要な形状とされた貫通穴を有するプレフォーム」であり,当該貫通穴の寸法は,その後の鍛造段階を経ても実質的に変化しないと解することができる。 また,引用発明においては,予備成型物50に最終目的製品70に設けるべき二つの横穴71,72より大きい二つの横穴51,52を形成しておき,鍛造によって,これらの横穴を変形させて,最終目的製品70に設けるべき二つの横穴71,72の形状とするものであるから,そもそも鋳造物の形状を最終製品の形状(寸法を含む)に同じものとすることは想定されていない。 したがって,本件補正発明の鋳造プレフォームにおける「得られる最終部分に必要な形状に合致する一又は二以上の貫通穴」と引用発明の鋳造プレフォームにおける「横穴71,72」との間に実質的な差異がないということはできないから,審決の「本件補正発明における『得られる最終部分に必要な形状に合致する』がどのような形状のものであるか必ずしも明確ではないが,引用発明の鋳造プレフォームの穴も,得られる最終部分に必要な形状として形成されるものと解することができるから,両者に実質的な差異があるものとは認められない。」(7頁4行~7行)との判断は,是認することができない。 引用発明においては,余肉を流動させることを前提としており,そもそも鋳造物の形状を最終製品の形状(寸法を含む)に同じものとすることは想定されていないのであるから,そこから,鋳造物の形状を最終製品の形状(寸法を含む)と同じものとすることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が普通に採用する事項であるということはできない。 したがって,「鋳造プレフォームの穴を,得られる最終部分に必要な形状に合致するものとすることに格別の困難性はない。」(7頁14行~15行)とした審決の判断には,誤りがあるというべきであり,作用効果の点について判断するまでもなく,取消事由1は理由がある。 |
(2) |
相違点4に係る容易想到性判断(取消事由3) 本件補正発明における「ロッド」は,鋳造された時点で既に最終部分に必要な形状(寸法を含む)とされた貫通穴を,鍛造段階においてそのまま維持するためのものであると認められる。これに対し,引用発明における「入子型63,64」は,最終製品の形状(寸法を含む)に合致したものである点は,本件補正発明における「ロッド」と共通するが,鋳造された時点で既に最終部分に必要な形状とされた貫通穴を,鍛造段階においてそのまま維持するためのものではない。 引用発明においては,そもそも鋳造物の形状を最終製品の形状(寸法を含む)と同じものとすることは想定されていないのであるから,引用発明における「入子型63,64」を本件補正発明における「ロッド」とすることは,当業者が普通に採用する事項であるということはできず,審決の上記判断を是認することはできない。 そして,鋳造技術において,鋳造物に最終製品の形及び寸法もしくはそれに近似した貫通穴を形成し,その貫通穴に部材を挿入した状態で鍛造することが,前記乙6に示されているとしても,乙6は,審判手続において引用例とされたものではないから,前記ア(オ)の限度(鋳造の精度を高めるなどして,鋳造のみで最終製品の形及び寸法とすることも,本件優先日当時知られていたという限度)で周知技術として考慮することはできるが,それを超えて考慮することはできないというべきである。 したがって,「入子型をどのような形状とするかは,得られる最終部分の形状に対応して設定される事項であり,引用発明において入子型をロッドとすることは,当業者が必要に応じて適宜なし得る設計的事項にすぎない。」(7頁22行~24行)とした審決の判断には,誤りがあるというべきであり,作用効果の点について判断するまでもなく,取消事由3は理由がある。 |
5.コメント
相違点についての判断に誤りがあるとされた事例。
引用発明においては,余肉を流動させることを前提としており,そもそも鋳造物の形状を最終製品の形状(寸法を含む)に同じものとすることは想定されていないのであるから,このような引用発明から、本件補正発明のように鋳造物の形状を最終製品の形状(寸法を含む)と同じものとすることは,容易に想到できないとした。
作用効果を考慮することなく相違する構成が設計事項などに該当しないと判断できる場合があると、判決は示しているように見える。
(執筆者 有近 康臣 )