平成21年7月7日判決 知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10405号
- 審決取消請求事件 -
- 審決取消請求事件 -
- 事件名
- :インクカートリッジおよびインクカートリッジホルダ
- キーワード
- :課題の共通性、動機付け、設計事項
- 関連条文
- :特許法29条2項
- 主文
- :特許庁が不服2006-6287号事件について平成20年9月16日にした審決を取り消す。
1.特許庁における手続の経緯
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出願手続及び拒絶査定 発明の名称:「インクカートリッジおよびインクカートリッジホルダ」 出願日:平成15年3月20日 出願番号:特願2003-77815号 優先権主張日:平成14年3月20日(日本) 優先権主張番号:特願2002-79760号 手続補正日:平成18年2月10日 拒絶査定日:平成18年3月2日 |
(2) |
審判手続及び本件審決 審判請求日:平成18年4月5日 手続補正日:平成18年4月25日 審決日:平成20年9月16日 本件審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成20年9月30日 |
2.本件特許発明
【請求項1】
記録装置にインクを供給するインクカートリッジであって、前記インクを収容し、第1の壁310と該第1の壁と交差する略長方形の前壁320を有するインクカートリッジ本体302と、前記インクカートリッジ本体の前記第1の壁の一部に設けられ、記憶素子314と電気的に接続した少なくとも一つの接続電極316aを含む接続電極部316と、前記前壁320に設けられたインク供給部322と、前記前壁320上の前記接続電極部316近傍に配置され、前記インクカートリッジを前記記録装置の位置決め部材220に沿って案内する位置決め部326を備え、該位置決め部は、前記接続電極部316と略平行な方向で且つ前記接続電極部316と対向するように前記記録装置の位置決め部材220を案内可能に形成されており、前記第1の壁310に対して垂直方向から見たときに、前記位置決め部326の中心軸は、前記接続電極部316の幅内にあり、且つ、前記位置決め部326および前記接続電極部316が、前記前壁320の短辺と平行な方向に配列されていることを特徴とするインクカートリッジ。
3.引用発明(特開2002-19135)
引用発明は,加圧空気を導入してインクを送り出す機能と,半導体記憶手段を搭載して記録装置本体との間でデータの授受を実行するようなインクカートリッジに関するものであり,このようなインクカートリッジを記録装置のカートリッジホルダに装填した場合,加圧空気の導入と同時にインクの導出を可能にし,さらに半導体記憶手段とのデータの授受を行なうために回路基板の接続等も同時に行われる構成が必要となるところ,機構的及び電気的ないくつかの接続を行うために,カートリッジをホルダ内に装填する場合における位置決めの精度が重要な課題となる。
引用発明においては,その課題を解決するために,加圧空気導入口52,インク導出口50,回路基板の接続端子59をカートリッジケースの一面に配置し,位置決め手段を構成する2つの開口穴51が前記一面の長手方向に配置するとともに,各開口穴のほぼ中間部にインク導出口50を,各開口穴の両外側に回路基板の接続端子59と加圧空気導入口52をそれぞれ配置する構成とすることにより,機構的及び電気的な各接続機構の位置合わせを正確に行い,位置決め精度を向上させるものである。
4.裁判所の判断
(1) |
位置決め機構の課題について 本件補正発明における位置決め機構の課題が,製品ごとのばらつきやインクカートリッジホルダに設けられているクリアランスによるインクカートリッジのICチップとインクカートリッジホルダの読取部との位置ずれであり,引用発明における課題も,回路基板の接続のために位置決め精度の向上であるから,両発明の課題は,概括的にはICチップとその読取部の位置決めをする際にずれを小さくする点で共通する。 しかしながら,課題として解決すべき位置ずれについて,本件補正発明では,製品ごとのばらつきやインクカートリッジホルダのクリアランスによるものが意識されており,本件補正発明はこのような位置ずれによる影響を最小限に抑えようとするものであるのに対し,引用発明においては,一般的な位置決め精度の向上という観点が記載されるのみで,製品ごとのばらつき等による位置ずれを解消しようとするものではないと解されることから,両者の課題認識は少なくともこの点で相違する。 |
(2) |
課題を解決する手段としての「近傍に配置すること」 位置決めの際に,位置決めが必要となる部材同士の組と位置決め部材の組を互いに近傍に配置することにより,位置ずれが小さくなることは当業者にとって自明の事項である。しかしながら,引用発明に基づいて本件補正発明の相違点に係る構成とするには,位置決め部について,本件補正発明における「前記第1の壁に対して垂直方向から見たときに,前記位置決め部の中心軸は,前記接続電極部の幅内にあり,且つ,前記位置決め部および前記接続電極部が,前記前壁の短辺と平行な方向に配列されている」との構成を採用する必要があるから,本件審決による相違点についての判断の適否を検討するに当たっては,「近傍に配置すること」によって,このような構成を実現することができるかどうかについて検討しなければならない。 「近傍に配置すること」と本件相違点に係る構成引用例の記載によると,引用発明におけるインクカートリッジは,インクカートリッジホルダに接合する面が長方形であるものを想定しているが,その長方形の内部において,インク導入口のような他の必要な部材と共に回路基板及び開口穴を配置しようとする場合,これらの部材をスペースに余裕のある長手方向に配列しようとするのが自然な発想であり,あえて短手方向に複数の部材を配置しようとするには,何らかの示唆に基づくそれなりの動機付けを必要とする。したがって,引用発明において,回路基板と開口穴とを近傍に配置しようとしたからといって,必ずしも本件補正発明の相違点に係る構成を採用することとなるわけではない。 これに対し,本件補正発明において,本件相違点に係る構成が採用されたのは,接続電極部における位置ずれを極めて小さくし,製造のばらつきによる位置決め部を中心とする上下の回動による影響も最小限に抑えようとの動機に基づくものであると認められるところ,そもそも引用発明が課題として製造のばらつきを意識したものではないし,示唆する記載もない。そうすると,引用発明に基づいて,本件補正発明との本件相違点に係る構成を採用することは,当業者にとって単なる設計事項であるということはできない。 |
(3) |
本件審決の判断の適否 以上によると,本件審決が,回路基板と位置決め開口穴との位置関係をどうするかは当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないとした判断は誤りであるから,本件審決は,そのような本件相違点についての誤った判断を前提として,本件補正を却下した結果,発明の要旨認定も誤って,原告の拒絶査定不服審判の請求が成り立たない。 |
5.補足資料
本願発明と引例との対比および裁判所の判断を以下の表にまとめる。
| 本願発明 | 引例 |
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解決課題
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【0004】…インクカートリッジホルダ,インクカートリッジ,これらの構成要素およびその組み付けには,製品ごとのばらつきがある。この製品ごとのばらつきにより,インクカートリッジのICチップとインクカートリッジホルダの読取部との相対位置がずれると,これらの電気的な結合が離れ,情報を読み書きできなくなる。 |
【0009】・・これを記録装置のカートリッジホルダに装填した場合において,加圧空気の導入と同時にインクの導出を可能にし,さらに半導体記憶手段とのデータの授受を行なうために回路基板の接続等も同時に成される構成が必要になる。 |
位置決め機構
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【0039】・・インクカートリッジ300の位置決め部326は,第1側面310に形成された凹部312内に形成された情報記憶部314の接続電極部316の近傍で,前面から見たときのカートリッジの厚さ方向で接続電極部316と重なり合うように形成されている。より詳細には,位置決め部326の孔部328の矢印A方向の幅W2の中心線C2が,接続電極部316の幅W1の範囲内に位置するように形成されている。・・また,位置決め部326の孔部328はインクカートリッジ挿入方向に延びており,その中心軸は第1側面310に対して垂直方向から見たときに,接続電極部316の幅W1の範囲内に位置するように形成されている。 |
【0013】…前記位置決め手段は,好ましくは記録装置に配置された位置決めピンを包囲することができるように形成された開口穴により構成される。そして,好ましい実施の形態においては,前記位置決め手段を構成する開口穴が,ケースの前記一面における長手方向に沿った2か所に配置され,各開口穴のほぼ中間部にインクパックからのインク導出口が配置された構成とされる。さらに,好ましくは2か所に配置された各開口穴の両外側に,回路基板の接続端子および加圧空気の導入口がそれぞれ配置された構成とされる。
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効果の記載 |
第1実施形態によれば,製品ごとのばらつき等により,インクカートリッジホルダに対してインクカートリッジが不安定性を有する場合であっても,正確な位置決めが要求されるインクカートリッジホルダの情報読取部における接続電極とインクカートリッジの情報記憶部における接続端子の相対的な位置を保持することができる。 |
以上のように構成されたインクカートリッジによると,カートリッジケースの一面に,記録装置へ装填する場合の位置決め手段が配置され,同じく前記一面に,インクパックからのインク導出口,加圧空気の導入口,およびデータ記憶手段を備えた回路基板の接続端子が集中して配置されているので,位置決め手段によってカートリッジケースの前記一面が位置決めされることにより,機構的および電気的な各接続機構の位置合わせも正確になされ,位置決め精度を向上させることができる。 |
発明における |
本件補正発明は,製品ごとのばらつきやインクカートリッジホルダに設けられているクリアランスにより,インクカートリッジのICチップとインクカートリッジホルダの読取部との位置がずれるという課題を解決するための発明であると認められる。そして,上記製品ごとのばらつきは,その寸法が大きいほど絶対値が大きくなるものであるから,インクカートリッジについていえば,当然ながら,短辺方向よりも長辺方向のばらつきの絶対値が大きくなるところ,ばらつきの絶対値が大きいほど,ICチップと読み取り部の電気的結合に問題が生じ易くなる。 |
引用発明は,加圧空気を導入してインクを送り出す機能と,半導体記憶手段を搭載して記録装置本体との間でデータの授受を実行するようなインクカートリッジに関するものであり,このようなインクカートリッジを記録装置のカートリッジホルダに装填した場合,加圧空気の導入と同時にインクの導出を可能にし,さらに半導体記憶手段とのデータの授受を行なうために回路基板の接続等も同時に行われる構成が必要となるところ,機構的及び電気的ないくつかの接続を行うために,カートリッジをホルダ内に装填する場合における位置決めの精度が重要な課題となる。 |
(執筆者 永井 豊 )