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平成21年7月29日判決 知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10338号

事件名
:ダイセット及びダイセットの製造方法事件
キーワード
:組み合わせ容易とした判断の誤り
関連条文
:特許法第29条第2項
主文
:審決取消


1.事案の概要
拒絶査定不服審判(不服2007-25100号事件)に対する審決取消訴訟である。


2.本願発明の要旨
本願発明は、平成19年4月26日(審査時)に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲に記載された発明であり、次のとおりである。
【請求項1】
a. 固定側の型を形成するための固定側型形成体(2-2)と前記固定側型形成体(2-2)に対して相対的に可動である可動側の型を形成するための可動側型形成体(3-2)とからなる型形成体と、
b. 前記可動側型形成体(3-2)を1軸方向に案内するための案内体(4)とからなり、
c. 前記案内体(4)に対して可動な前記固定側型形成体(2-2)又は前記可動側型形成体(3-2)に案内用孔が形成され、前記案内体(4)と前記案内用孔とは案内面(4-5)を介して滑動し、
d. 前記案内面(4-5)は平面を備え、前記平面は前記案内体(4)の軸心線と前記固定側型形成体(2-2)又は前記可動側型形成体(3-2)が、前記案内体(4)から張り出す部分の重心を含む張出し面に概ね直交している
e. ダイセットにおいて、
f. 前記可動側型形成体(3-2)は、一端部が1本の前記案内体(4)に支持され他端部は支持されない片持ち梁になっており、

g.

前記案内面(4-5)は前記案内体(4)の側面に形成され、前記案内面(4-5)の前記平面は互いに直交する4平面で形成されており、
h. 前記4平面の各前記案内面(4-5)と前記案内孔の間に介設されているガイドブッシュ(8-1)と、
i. 前記ガイドブッシュ(8-1)と前記案内面との間に介設されているガイドローラリテーナ(9-1)と、
j. 前記ガイドローラリテーナ(9-1)は複数のガイドローラ(9)を備え、前記ガイドローラ(9)は前記案内面(4-5)上を転動する
e. ことを特徴とするダイセット。


3.引用刊行物に記載された発明
(1)
引用刊行物1(特開平6-7859号)に記載された発明(以下、引用発明1)
引用発明1の内容は、
「ダイセットの下側のベース、又は、上側のベースに取り付けられ、4つの平面が互いに90°の角度をなす四角柱状のガイドポストと、ダイセットの対向するベースに取り付けられ、4つの平面が互いに90°の角度をなす四角柱状の貫通孔を有し、ガイドポストと所定の余裕を持って嵌合するガイドブッシュと、ガイドポストとガイドブッシュの間に介在して、これらの間の軸方向への並進運動を円滑にするよう配列されたローラー・ベアリングとを備えているプレス金型用ダイセット。」である。
(2)
引用刊行物2(実開昭56-87223号)に記載された発明(以下、引用発明2)
引用発明2の内容は、
「下側のベースプレートに垂直に立設されたガイドポストに、片持ち梁状に支持される上側のベースプレートを縦方向に案内するダイセット。」である。


4.審決の判断
(1)
本願発明と引用発明1とは、構成a~c、e、g~jにおいて一致する。
(2)
本願発明と引用発明1とは、構成d、fにおいて相違する。
(3)
相違点の中の、構成fの中の「案内体が1本であること」に関しては、周知例1ないし4に開示されている、
(4)
相違点の中の、構成fの中の「片持ち梁であること」及び構成dについては、引用発明2に開示されている。
(5)
引用発明1と引用発明2とは、発明の対象が共通しているから、組み合わせることが容易である。
(6)
したがって、本願発明は、特許法29条2項に該当するというものである。


5.裁判所の判断
(1)
審決の結論を客観的に裏付けるだけの説示が無い
(ア)
特許法157条2項には、審決は、審決の結論のみならず結論に至った理由を文書に記載する旨が規定されている。特許法が、審決書に理由の記載を要求した趣旨は、[1]審決における判断の合理性等を担保して恣意を抑制すること、[2]審決の理由を当事者に知らせることによって、取消訴訟(不服申立)の要否等を検討するため、当事者に対する便宜を図ること、[3]理由を文書に記載することによる事実上の結果として、公正かつ充実した審判手続が確保されること等によるものである。
特に、審決において、特許法29条2項所定の要件を充足すると判断する場合には、その性質上、客観的な証拠(技術資料)に基づかない認定や論理性を欠いた判断をする危険性が常に伴うものである。したがって、審決書における「審決の理由」には、事実認定が証拠によって適切にされ、認定事実を基礎とした結論を導く過程が論理的にされている旨客観的に説示されていることが必要であり、後に争われる審決取消訴訟においても、その点に関して、吟味、判断するのに十分な内容であることが不可欠といえる。
(イ)
本願発明は、構成a~j(特に、本願発明の特徴的構成である構成d、f、g)の各構成のすべてを備えた、一つのまとまった技術的思想からなる発明である。これに対し、引用発明1は、本願発明の特徴的な構成d、f、gの中の一つの構成である構成gのみを共通にする発明にすぎず、構成d、fを有しない。審決は、本願発明中の各相違点に係る構成は、周知例や引用発明2に示されている技術であると説示している。しかし、審決では、本願発明と一つの技術的構成においてのみ一致し、複数の技術的構成において、実質的相違が存在し、その課題解決も異なる引用発明1を基礎として、本願発明に到達することが容易であるとする判断を客観的に裏付けるだけの説示は、審決書に記載されているとはいえない。
(2)
構成dに係る容易想到性について
(ア)
引用発明2では、ガイドポストが2本とされており、ガイドポストの軸心線が2本存在する。したがって、この軸心線と張出し面の重心を含む平面として、単一平面を観念することはできず、外力の働く方向もまた単一平面に沿ったものを観念することはできない。そうすると、引用発明2を引用発明1と組み合わせてみても、案内面との直交による衝撃力の分散という技術的意義をもった本願発明の構成dを想到することが当業者にとって容易であったということはできない。
(イ)
なお、被告は、予備的に、プレス加工の技術分野において、構成dは周知であると主張し、乙4(周知例8)、乙5(周知例9)、乙6(周知例10)を提出する。
しかし、審決においては、引用発明1と引用発明2を組み合わせることが容易である旨を理由中において述べているのみであって、他の引用例を示した上で、各引用例の組み合わせが容易であるか否かについて、理由を述べているわけではない。被告の予備的な主張について、本件取消訴訟の審理の対象とすることは、結果として、原告に対し、意見を述べる機会や補正をする機会を奪うことになり、妥当とはいえない。


6.コメント
(1)
刊行物に記載されていない相違点に係る構成を「設計事項」として想到容易であると安直に判断する従前の傾向に対して、裁判所は否定的である。
(2)
裁判所における容易想到性の判断が、阻害要因がなければ解決課題が異なっていても構成の組み合わせは容易に可能であるという思考から、解決課題に基づいて把握される発明の特徴点(引用発明との相違点)が有るかどうかという思考へシフトしている、ように思われる。


(執筆者 有近 康臣 )


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