平成21年4月15日判決 知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10300号
- 審決取消請求事件 -
- 審決取消請求事件 -
- 事件名
- :繊維強化成形体事件
- キーワード
- :特許法第29条第2項
- 主文
- :(1)特許庁の審決を取り消す。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
1.事件の概要
本件の手続きの経緯は以下のとおりである。
本 願: 特願平10-146882号
平成17年9月29日 拒絶理由通知書
平成17年12月26日 手続補正書・意見書提出
平成18年10月16日 拒絶査定
平成18年12月 7日 不服審判請求(不服2006-27558号)
平成18年12月28日 手続補正書提出(本願明細書という)
平成20年 6月23日 拒絶審決
2.争点
特許法第29条2項の適用の可否
3.本願発明の概要
本願発明は、脂肪族ポリケトン繊維を補強コードに用いたホース、及びコンベヤベルトからなる繊維強化成形体に関する。出願当初、請求項1が「内管と外管との間に1層乃至複数層の補強層を配置したホースにおいて、少なくとも1層の補強層を形成する繊維コードが(1)式で表される構造を有し、nとmの関係が1.05≧(n+m)/n≧1.00である脂肪族ポリケトン繊維を少なくとも含むコードからなり、該繊維コードの強度が10g/d以上であるホースからなる繊維強化成形体。(1)式 -(CH2
-CH2 -CO)n-(R-CO)m-ここでRは炭素数が3以上のアルキレン基」と規定されていたが、拒絶理由通知書時に、「内管と外管との間に1層乃至複数層の補強層を配置したホースにおいて、少なくとも1層の補強層を形成する繊維コードは(1)式にてnとmの関係が1.05≧(n+m)/n≧1.00となる構造を有する脂肪族ポリケトン繊維を含むコードからなり、該繊維コードは下記(2)式で表される撚り係数Kが150~800の範囲にあり、該繊維コードの強度が10g/d以上であり、かつ前記内管を構成するエラストマー組成物の100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上であるホースからなる繊維強化成形体。 (1)式 -(CH2 -CH2 -CO)n-(R-CO)m- ここでRは炭素数が3以上のアルキレン基 (2)式 K=T√D ここでDはコードの総デニール数、Tはコードの10cm当たりの上撚り数、Kは撚り係数」(以下「本件発明」という。)と補正された(請求項1に関しては前記本願明細書と同じ。)。
4.判決要旨
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審決の概要
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[2] | 原告の主張
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[3] | 被告の反論
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[4] | 裁判所の判断 審決は,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物として,100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上のものとすることは,甲4,甲5に記載されているように,当該技術分野において,普通に採用される範囲のものであるから,甲1発明において「100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上」のものを採用して相違点4に係る構成とすることは,容易想到であるとする。しかし,従来、エラストマー組成物の135℃における50%モジュラスは,約0.98~2.35MPa程度であり,甲4,甲5記載の技術は,加硫時に発生する補強糸の棚落ちという特定の課題を解消するために,135℃における50%モジュラスが約1.96~3.92MPaという値のエラストマー組成物を採用したものである。そうすると,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物を,100℃における50%モジュラスが3.0MPa程度以上のものとすることは,100℃と135℃の温度の差を考慮に入れても,繊維補強層を有するホースに関する技術分野において,普通に採用される範囲のものであるということはできない。しかも,引用発明で繊維補強層に用いられているヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は,耐熱性,難燃性であり,その分解温度は600℃以上であり,伸度も3.0%以下であるから、600℃を越えて分解温度に達するまでほとんどその形状を維持し強度を保つことになり,100℃程度の温度条件では,ホースの補強に関する性能に特段の影響は生じないと解され,引用発明において,ホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃における50%モジュラスを,敢えて普通に採用される値より大きい3.0MPa程度以上とする必要性はなく,そのようにする契機があるとはいえない。そうすると,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について,100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは,普通に採用される範囲であるとはいえず,更にこれを引用発明に適用して相違点4に係る構成とすることが,当業者にとって容易想到であるとはいえない。したがって,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について,100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることが普通に採用される範囲であることを前提とし,更にこれを引用発明に採用して相違点4に係る構成とすることが,当業者にとって容易想到であるとした審決の判断は,誤りである。 |
5.コメント
(i) |
相違点4について 今回の審決取り消しでは、相違点4において、「100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上」という数値範囲と、「135℃における50%モジュラスが約1.96~3.92MPaという値のエラストマー組成物」と周知例に記載された数値範囲との組合せが容易とする判断が取り消された。その理由として、公知例は、加硫時に発生する補強糸の棚落ちという特定の課題を解消するために採用されたものであり課題の共通性がない点が指摘された。しかも、引用発明で繊維補強層に用いられているヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は耐熱性、難燃性であり、ほとんどその形状を維持し強度を保つため、100℃程度の温度条件では、ホースの補強に関する性能に特段の影響は生じないと解され引用発明においてホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃における50%モジュラスをあえて普通に採用される値より大きい3.0MPa程度以上とする必要性動機があるとはいえない点も指摘された。ここ何年間かの実務ではなかなか実効のあがらなかった「課題の共通性なし、動機付けなし」等の反論が明確に機能した結論となっている点、歓迎すべきである。 |
(ii) |
相違点4以外について 裁判所の判断は、相違点4のみに集約され、それ以外について何ら論じられていない。 判決では取り上げられなかったが、そもそも相違点1の、本件の審査・審判段階で原告が本件繊維強化成形体の繊維コードとして「ヘテロ環含有芳香族ポリマー」に替えて「脂肪族ポリケトン」を採用した点が容易想到であったか否かについて議論が尽くされていればそれも今後の参考としたかった。脂肪族ポリケトンを繊維に用いることが周知であったとしても(甲2;特開平04-228613号)、数多ある有機化合物の中から脂肪族ポリケトンを選択した点を「甲2には阻害事由はない」との一言で済ましてしまっており原告もさほど深追いしていない点には疑問が残る。また、「脂肪族ポリケトン」を繊維に用いることが周知技術であるとの認識を拒絶理由通知時には出さずに拒絶査定時に初めて文献(特開平04-228613号)を示して述べており、出願人が審査段階でこの点についてより踏み込んだ反論の機会を逸している点も気になった。 |
(執筆者 岡崎 豊野 )