平成21年1月28日判決 知的財産高等裁判所 平成19年(行ケ)第10258号
- 事件名
- :溶融金属供給容器事件
- キーワード
- :進歩性
- 関連条文
- :特許法第29条第2項
- 主文
- :特許庁が無効2005-80325号事件について平成19年6月5日にした審決を取り消す。
第1.事案の概要
無効審決(成立)に対する審決取消訴訟。
(*本件発明1に対する取消事由2(相違点B’の判断の誤り)についてのみとりあげる。)
1.本件発明1の要旨
「【請求項1】溶融金属を収容することができ,上部に第1の開口部を有する容器と,前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を加圧により流通することが可能な流路と,前記容器の第1の開口部を覆うように配置され,ほぼ中央に前記第1の開口部よりも小径の第2の開口部を有する蓋と,前記蓋の上面部に開閉可能に設けられ,前記容器の内外を連通し,容器内の前記加圧を行うための内圧調整用の貫通孔が設けられ,前記容器内部の気密を確保するハッチとを具備し,公道を介してユースポイントまで搬送されることを特徴とする溶融金属供給用容器。」
2.審決の概要
(1) |
甲2発明(特公平4-6464号公報)の内容 「溶融金属を収容することができ,上部に開口部を有する取鍋と,前記取鍋の内外を連通し,前記溶融金属を傾動により流通することが可能な流路と,前記取鍋の上部に開口部を覆うように配置され,ほぼ中央に前記開口部よりも小径の受湯口を有する蓋と,前記蓋の上面部に開閉可能に設けられた受湯口小蓋とを具備し,公道を介してユースポイントまで搬送される傾動注湯式密閉型溶融金属運搬用取鍋。」 |
(2) |
一致点と相違点 <一致点> 溶融金属を収容することができ,上部に第1の開口部を有する容器と,前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を流通することが可能な流路と,前記容器の第1の開口部を覆うように配置され,ほぼ中央に前記第1の開口部よりも小径の第2の開口部を有する蓋と,前記蓋の上面部に開閉可能に設けられたハッチとを具備し,公道を介してユースポイントまで搬送される溶融金属供給用容器。」である点。 <相違点A’> 本件発明1では,流路が溶融金属を加圧により流通することが可能なとし,ハッチを,前記容器内の気密を確保するハッチとしているのに対して,甲2発明における受湯口小蓋(ハッチ)は密閉型であるものの,これらの点が記載されていない点。 <相違点B’> 本件発明1では,ハッチに容器の内外を連通し,容器内の加圧を行うための内圧調整用の貫通孔が設けられとしているのに対して,甲2発明における受湯口小蓋(ハッチ)は,この点が記載されていない点。 |
(3) |
審決の認定 本件発明1~3は,下記甲2発明,審判甲第4,第12,第13号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである(無効理由3に対する判断)から,本件発明1~3は特許法29条2項の規定に違反してなされたものである。 相違点B’について,(i)加圧式のものにおいて,蓋に設ける例,容器本体に設ける例があり,どこに設けるかは任意であり,(ii)甲2発明の「受湯口小蓋」は開閉自在であるので,開閉自在な「受湯口小蓋」に貫通孔を設けるのが,加圧式において一番便宜であるから,当業者が容易に発明することができる。 |
3.裁判所の判断
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本件明細書の記載等![]() 従来の技術の課題は,圧力差を利用した溶融金属の供給システムにおいて,密閉された容器に溶融金属用の配管が設けられ加減圧用の配管が接続されるという構成をとったとき,液滴が容器内で飛び散って内圧調整用の配管に付着し,これが度重なることで配管詰まりが発生する点にある(【0005】,【0006】,【0056】)。 そして,本件発明1は,このような課題を解決するために,容器の上面部に開閉可能に設けられ,容器の内外を連通する内圧調整用の貫通孔が設けられたハッチを具備するという構成を採用し(【0008】,【0021】,【0022】,【0055】),この構成により,ハッチを開けて加熱器を容器内に挿入して予熱をする際に,内圧調整用の貫通孔に対する金属の付着を確認することができ,内圧調整に用いるための配管や孔の詰まりを未然に防止できる(【0009】,【0061】,【0109】)という作用効果を有するものである。 |
(2) |
甲2公報の記載等![]() 上記アの記載によれば,甲2発明は,溶融金属を収容し,搬送し,供給するために使用される容器についての発明であり,当該技術分野においては,溶湯の放冷を防ぎ安全に運搬する方法やそのための取鍋が望まれていたことから,取鍋を運搬車輌に搭載し公道を介して工場間で運搬することを課題とし,このような課題を解決するため,上記ア(ウ)~(キ)記載のような運搬用車輌に搭載し公道上を搬送するに適した構造を有する取鍋(容器)であって,溶湯は受湯口から取鍋内に収納され,使用先の工場では,注湯口を開きフォークリフトにより取鍋を傾動して保持炉や鋳型等に注湯する方式の,いわゆる傾動式の取鍋(容器)を採用したものと認められる。 |
(3) |
相違点B’の判断の誤りに関する検討 取消事由2(相違点B’の判断の誤り)の採否について検討するに,甲2発明の容器は,前記(2)イに説示したとおり,溶湯は受湯口から取鍋内に収納され,使用先の工場では,注湯口を開きフォークリフトにより取鍋を傾動して保持炉や鋳型等に注湯する方式の,いわゆる傾動式の取鍋であると認められるところ,この傾動式の取鍋から,これを,密閉された容器に溶融金属用の配管が設けられ加減圧用の配管が接続されるという構成(いわゆる加圧式)とすること自体は,甲10(特開平8-20826号公報),甲11(特開昭62-289363号公報),甲12(実願昭63-130228号(実開平2-53847号)のマイクロフィルム,甲13(実願平1-89474) 号(実開平3-31063号)のマイクロフィルム)において,加圧式の場合,注湯精度,溶湯品質等の点で傾動式よりも優れていることが記載されているから,当業者がこれを適用することは容易に想起できるものと認められる。 しかし,このことは,当業者が甲2発明から出発してこれにいわゆる加圧式の容器を採用しようと考えた後は,加圧式の容器であれば性質上当然具備するはずの構成のほかそのすべての個々の具体的構成は当然に適用できることを意味するものではない。そして,甲2発明の傾動式の容器であれば,その傾動式の容器であるという性質自体から,溶湯を出し入れするために注湯口及び受湯口が必要であることが導かれるが,本件発明1の加圧式の容器の場合は,一つの流路を通して溶湯の導入と導出とを行う注湯方式であり加減圧用の配管が容器に接続されていればよいのであるから,傾動式の容器で必要な受湯口及び受湯口小蓋は必須なものではない。したがって,甲2発明の傾動式の容器に接した当業者がこれを加圧式の取鍋にすることを考える際,あえて,必須なものではない受湯口及び受湯口小蓋を具備したままの構造とするのであれば,そうした構造を採用する十分な具体的理由が存する必要がある。 しかるに,上記(1)に記載したように,本件発明1における技術的課題は,密閉された容器に溶融金属用の配管が設けられ加減圧用の配管が接続されるという構成をとったとき,液滴が容器内で飛び散って内圧調整用の配管に付着し,これが度重なることで配管詰まりが発生する点にあるところ,このような課題を解決するために,容器の上面部に開閉可能に設けられ,容器の内外を連通する内圧調整用の貫通孔が設けられたハッチを具備するという構成を採用し,この構成により,ハッチを開けて加熱器を容器内に挿入して予熱をする際に,内圧調整用の貫通孔に対する金属の付着を確認することができ,内圧調整に用いるための配管や孔の詰まりを未然に防止できるという作用効果を有するようにしたものである。そうすると,本件発明1と上記(2)に記載したような甲2発明とを対比すると,甲2発明は取鍋を運搬車輌に搭載し公道を介して工場間で運搬するという技術的課題を有し,その課題解決手段としては,上記(2)ア(ウ)~(キ)記載のような運搬用車輌に搭載し公道上を搬送されるに適した構成を採用しており,技術分野は同じくするものの,その技術的課題は,傾動式取鍋の安全な工場間運搬(甲2発明)と加圧式取鍋特有の内圧調整用配管の詰まりの防止(本件発明1)というように基本的に異なっており,その課題解決手段も,注湯口,受湯口の密閉手段や運搬用車両への係止手段が設けられた構成(甲2発明)と「ハッチに容器の内外を連通し,容器内の加圧を行うための内圧調整用の貫通孔が設けられ」た構成(本件発明1の相違点B )と’ いうように異なっており,その機能や作用についても異なるものであるから,そのような甲2発明に接した当業者が,本件発明1の相違点B’の構成を容易に想起することができたと認めることはできない。 審決の相違点B’について容易想到であるとした判断には誤りがあり,原告の取消事由2は理由がある。 |
(4) |
ウ 被告は,本件発明1の進歩性の判断においては,甲2発明の傾動式取鍋が,本件発明1と同じ二重の蓋の構成であり,この構成である甲2発明の取鍋(甲2発明)を前提にして,本件発明1が容易想到か否かが問題となっている,と主張する。しかし,上記(3)に説示したとおり,本件発明1の加圧式の容器の場合は,甲2発明の傾動式取鍋で必要な受湯口及び受湯口小蓋は必須なものではないから,甲2発明の受湯口及び受湯口小蓋が本件発明1の「ハッチ」と同じように取鍋における二重の蓋を構成するとしても,両者を当然に同じ二重蓋の構成であるということはできないのであり,また,甲2発明と本件発明1とはその技術的課題,課題解決手段,機能や作用等において異なっていることも前記(3)で説示したとおりである。 |
4.コメント
相違点についての判断に誤りがあるとされた事例。
判決は,傾動式の注湯炉を加圧式の注湯炉に転用すること自体は容易であるが,傾動式の注湯炉が有する個々の具体的構成が当然に適用できることを意味するものではなく,加圧式の注湯炉に必須でない構成を適用するには十分な具体的理由が必要であるとした。そして,本件発明1と引用発明(甲2発明)との課題,解決手段,作用効果の違いを指摘し容易想到性を否定した。
しかし,一般論としては,機械装置の分野において,Aタイプの公知例をもとにBタイプへの転用にあたり,さしたる理由なくBタイプに必須ではない具体的構成を残したまま転用を考えることも,当業者の通常の制作力の範囲内となる場合もあるのではないかと思われる。
(執筆者 鎌田 邦彦 )