平成20年9月30日判決 知的財産高等裁判所 19年(行ケ)第10065号
- 審決取消請求事件 -
- 事件名
- :連結部材及びカップリング事件
- 関連条文
- :特許法第29条第2項
- 主文
- :(1)特許庁の審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
1.事件の概要
本件の対象とされた発明は、2段階の分割出願に係るものであり、その親出願を遡ると次の通りである。
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本 願: |
特願2004-202311 |
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本願の親出願: |
特願2003-28877
登録第3621399号 |
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上記出願の親出願: |
特願平5-519979
登録第3428989号 |
2.争点
特許法第159条2項違背の有無
特許法第29条2項の適用の可否
3.本願発明の概要
本願発明は、出願後、拒絶査定不服審判の請求時(平成18年5月19日)に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲記載された発明であり、その請求項1(唯一の独立請求項)は以下の通りである。
「オストミー、失禁または創傷医療器具に装着して使用するための連結部材であって、周方向連続壁を有する環状ボディを具え、前記周方向連続壁にはアンダーカット構造が設けられ、このアンダーカット構造は、円周方向に不連続な複数のアンダーカット円弧状部を複数の空隙に対して交互に具え、前記複数のアンダーカット円弧状部は、前記環状ボディの軸線に対して傾斜した径方向突出面をそれぞれ有することを特徴とする連結部材。」
本願発明の効果として、本願明細書には以下の記載がある。「本発明によると、より深いアンダーカットを可能とし、さらに傾斜を必要とせず、かつウィトネスラインの発生を回避し得ると共により確実に止まり、かつ/または密閉機能を有する連結部材およびカップリングを提供することができ、特に失禁および創傷医療器具における連結部材およびオストミーカップリングとして好適である。」(段落0026)
4.判決要旨
(1) |
争点1について
a |
原告の主張
引用例2(特開昭58-165842)は、拒絶査定おいて周知技術の例として示されたので、出願人(原告)に意見を述べる機会を与えなかった。したがって、引用例1及び2に基づいて容易に発明をすることができたという理由を通知しなかった審決は、特許法第159条2項に違背する。 |
b |
裁判所の判断
原告は、拒絶査定によって実質的な理由を認識し、それについて反論、補正を行っていると認められるから、出願人である原告の防御権行使の機会を奪うことはなかった。したがって、審判官が、引用例1、引用例2に基づいて容易に発明することができたという理由を通知しなかったとしても、それが手続の誤りとして違法となることはない。 |
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(2) |
争点2について
a |
審決の概要
(i) |
特開平1-299552号公報(引用例1)記載の発明に対して、
一致点:本願発明と同用途の連結部材であって、その環状ボディはアンダーカット構造が設けられた周方向連続壁を有する点。
相違点:本願発明においては、円周方向に不連続なアダーカット円弧状部が、空隙と交互に具えられ、環状ボディの軸線に対して傾斜した径方向突出面を有しているのに対して、引用例1は、外部壁124(周方向連続壁)の内周全周にリム122が設けられており、径方向突出面については環状ボディの軸線に対して傾斜を有しているか不明な点。 |
(ii) |
特開昭58-165842号公報(引用例2)との関係
引用例2の「フック部34」は、本願発明のアンダーカット構造に相当し、周方向に各々離間されて環状列に配置された弓形突出部32に設けられている。したがって、引用例1の外部壁124(周方向連続壁)の内周全周に設けられたリム122に代えて、引用例2の円周方向に不連続な複数のフック部34を採用し、本願発明の相違点に係る構成とすることは容易に想到し得た。
また、フック面38は、カップリングの軸40に対し50°~70°、好ましくは60°の角度で配置されているから、「フック部34」は、該軸線に対して傾斜した径方向突出面を有している。
よって、本願発明は、引用例1及び2に基づいて容易に発明をすることができたものである。 |
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b |
原告の主張
(i) |
回し抜き法について
本願発明の技術的意義は、アンダーカットリング部材の構造として、成形されたアンダーカットリング部材をコアから取り出す際に「回し抜き法」を採用するのに適した構造を提供することにより、ウィトネスラインの解消と深いアンダーカットの形成を実現し、確実な密閉機能が得られる連結部材を提供する点にある。 |
(ii) |
引用例1、2の合体について
引用例2において、突出部材32を周囲方向に不連続にした目的は、カップリングに柔軟性を付与することにあると解されるところ、引用例2の突出部材32からフック部34のみを殊更に抽出して引用例1に適用し、本願発明のようにアンダーカット円弧状部を不連続とする一方で、壁部のみを殊更に周囲方向に連続したもの(周方向連続壁)とする構造を採ると、壁部が連続している分だけ柔軟性が大きく劣ることになり、柔軟性を付与するという引用例2の発明の目的に反する。このため、カップリングに柔軟性を付与するという引用例2における作用効果の記載に接した当業者が、この作用効果に反することとなる周方向連続壁(引用例1)を敢えて採用することは考えがたい。 |
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c |
被告の反論
(i) |
回し抜き法について
本願の請求項1には、連結部材の構造が記載されているのみで、射出成形により製造されるための技術的手段(例えば材料等)、型抜き方法として「回し抜き法」を採用するための技術的手段は何ら記載されていないから、本願発明の連結部材は、射出成形、「回し抜き法」以外の製造方法(例えば、鋳造等)、型抜き方法(例えば、割り型等)によって製造されるものも含むものであり、本願発明が「回し抜き法」を採用するものであるとする主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり、失当である。 |
(ii) |
引用例1、2の合体について
引用例2には、フック部34は弓形突出部32の全周辺長さに沿って延びていてよい旨の記載がある(4頁右上欄7ないし10行)。この記載からみて、突出部材32には、周囲方向の全長にわたってフック部34が形成されているものばかりでなく、周囲方向の一部にフック部34が形成されているものも示唆されている。また、フック部34は円周方向に空隙を介して不連続に第1カップリング要素24に設けられており、引用例1のリム122、及び本願発明のアンダーカット構造と同じ機能を奏するものである。そうすると、係合手段として、引用例1のリム122に代えて、引用例2のフック部34を採用し、本願発明の相違点に係る構成とすることは当業者が容易に想到し得たといえる。 |
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d |
裁判所の判断
カップリングはより大なる柔軟性を有している旨の記載(5頁左下欄14~19行)によれば、引用例2において、フック部34を有する弓形突出部32が空間33により離間されて環状列に配置された構成が採用されているのは、公知の連結部材に比べて柔軟性を具えることを目的としているものと認められる。
この目的に照らせば、引用例2の連結部材は、周方向に離間した弓形突出部32にフック部34を形成したものとして開示されており、周方向に離間したフック部34単独からなる構成が開示されているとは認められない。したがって、弓形突出部32から切り離してフック部34のみを取り上げ、これを引用例1のリブ122に代えて採用することは、容易に想到し得たとはいえない。
また、仮に引用例2に弓形突出部32とは独立して、周方向に離間したフック部34単独からなる連結部材の構成が開示されているとしても、引用例1の外部壁124(周方向連続壁)の内周全周に設けられたリム122に代えて引用例2のフック部34を採用したとすると、突出部材32及びフック部34を不連続に構成した引用例2記載の発明に比べて、カップリングの柔軟性が大きく劣ることになり、公知の連結部材に比べて柔軟性を具えるという引用例2の目的は減殺される。しかし、そのように引用例2の目的を減殺する方向での組合せを当業者が行うことは通常は考えられない。
そうすると、引用例1を主引用例としてそれに引用例2を適用することによって本願発明の相違点に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得たとした審決の判断は、誤りである。 |
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5.コメント
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分割出願としての意義
本願は2回の分割出願を経た孫出願であり、その親出願は、製造方法(上記「回し抜き法」)及びその方法による成形樹脂蓋部材等の発明、子出願は、「回し抜き法」に必要な詳細構造を特定した連結部材の発明であり、いずれも特許されている。本願は、上記2出願よりも広い範囲で権利化を図ろうとしたものと考えられる。したがって、進歩性についての境界線付近での争い(争点2)となった。 |
・ |
被告(特許庁)の主張について
判決では取り上げられなかったが、「回し抜き法」に関する原告の主張に対し、被告は次のような主張をした。すなわち、本願の請求項1には、射出成形のための技術的手段、「回し抜き法」を採用するための技術的手段が記載されていないから、その連結部材は、射出成形、「回し抜き法」以外の製造方法によって製造されるものも含むものであり、「回し抜き法」に関する原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものである。
これについて考えるに、特許請求の範囲に記載された構造によって、より有利な製造方法を採用することができるのであれば、たとえ他の製造方法をもとり得るとしても、発明としての価値は認められるべきであろう。被告(特許庁)の上記主張にはかなり無理があると考えられる。 |
関連
(執筆者 舘 泰光 )
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