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平成21年7月7日判決 知的財産高等裁判所 平成20(行ケ)第10259号
- 審決取消請求事件 -

審判番号
:無効2003-35170号
登録番号
:特許第3319592号
発明の名称
:会合分子の磁気処理のための電磁処理装置
結論
:審決を取り消す。
関連条文
:29条2項
進歩性判断の分類
:A(引用発明の認定誤り)
C(引例には、本発明のすべての構成は開示されていない。)


1.本件発明
本件発明は、被処理液(めっき液)に含まれる会合分子の会合状態を解いたり小さくしたりするために、磁気処理を行う装置である。

[本件発明の請求項1]
(A-1):移動する被処理物中に含まれる会合分子の磁気処理のための装置であって,
(A-2):通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2重に巻き付け,
(A-3):一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御することによって被処理物に作用する磁束方向を変化させることを特徴とする
(A-4):会合分子の磁気処理のための電磁処理装置。

[本件特許明細書の図面]
【図1】

【図2】


2.審決
無効審判では、本件発明は、米国特許第5,074,998号明細書に基づいて進歩性がないとして無効と判断された。

[審決で認定された引用発明]
(B-1):移動する被処理液体のスケールデポジットを防止および/または除去についての磁気処理のための装置であって,
(B-2):通電によりそれぞれ磁束方向の異なる磁束を形成する巻き方向を逆にした2つのコイルを被処理物が流れる管路の外周に直列に配置して巻き付け,
(B-3):2つの通電により磁束を形成するコイルを駆動する電気回路により,それぞれ磁束方向の異なる磁束を形成することによって,被処理物にそれぞれのコイルに基づく2つの磁束方向の異なる磁気処理を作用させることを特徴とする
(B-4):被処理液体のスケールデポジットを防止および/または除去についての磁気処理のための液体処理装置。

[引用刊行物のFig.4]

相違点1:2つのコイルの配置
『本件発明では,2つの通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2重に巻き付けるのに対して,引用発明では,2つの通電により磁束を形成するコイルを巻き方向を逆にし直列に配置して被処理物が流れる管路の外周に巻き付ける点』

相違点2:2つのコイルの制御(2つの個別に制御するか否か)
『本件発明では,2つの通電により磁束を形成するコイルを駆動する電気回路において,その一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御することによって,被処理物に作用する磁束方向を変化させて,被処理物に異なる磁束方向で磁束を作用させるのに対して,引用発明では,2つの通電により磁束を形成するコイルを駆動する電気回路により,巻き方向を逆にし直列に配置した2つのコイルを駆動することにより,それぞれ磁束方向の異なる磁束を形成することによって,被処理物に異なる磁束方向で磁束を作用させる点』

相違点1に関して、審決では、引用刊行物の下記記載等から容易想到であると判断した。
『そもそも,その装置について発明の開示の範囲内で複数のコイルの使用の態様について,多くの応用と変形がなされうるものであり,そして,2つの通電により磁束を形成するコイルを装置に取り付ける使用の態様の一つとして,『巻き方向が同じ複数のコイル』を『2重に巻き付ける態様』を適宜に設計できることが示唆されているものである。』

[引用刊行物の訳文]
(※:下線部は、審決で引用された箇所(摘記事項(お)))
図4では,本発明によるパイプ1中で液体を処理するために2つ以上のコイル5,16を使用することができる方法を図式的に示す。図示した状況において,それらのコイルは,励磁装置2の信号出力接続端子3,4に直列に接続されている。巻き方向を逆にした結果,逆向きの磁場が発生し,これらの磁力線の幾つかは鎖線を用いて図示的に示してある。破線で示した分割線Sの仮想平面付近において,2つの磁場による磁力線は,例えば分割線Sの平面と離れた方に面したコイル5,16の端部よりも,パイプ1に対し更に横に向いているということは明らかに分かる。従って,液体分子は,概して,分割線の平面付近でより大きなローレンツ力の作用を受ける。
巻き方向が同じ複数のコイルも使用可能であり,2つのコイルを直列接続する場合,一方のコイル例えば処理対象の液体の流れの方向の下流に位置する端部が,隣接する他方のコイルの下流に位置する端部に接続され,上流に位置する両端部が励磁装置2の信号出力端子3,4に接続されるということは,当業者には明らかになるであろう。これらのコイルは,明らかに,適切に信号出力端子3,4に対し並列に接続することもできる。また,可能性として,並列接続と直列接続を組み合わせたものもあり得る。直列接続には,溶接等をせずに1本の導電性ワイヤからこれらのコイルを一緒に製作することができるという利点がある。最大数デシメートルのコイルの相互の間隔は,実際,全く申し分のないものであることが分かっている。

相違点2に関して、2重のコイルを採用するとした場合には、2つのコイルをそれぞれ独立に駆動することは容易想到であると判断された。
『「2重のコイル」のそれぞれのコイルに流れる電流の方向を逆にするためには,2つの電気回路により,その一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御して,それぞれのコイルに流れる電流の方向が逆になるようにすればよいことは自明であり,2つの通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2重に巻き付ける態様を採用する場合においては,2つのコイルが近接していることからして,2つのコイルに同時にそれぞれ磁束方向の異なる磁束を形成使用とすることは,互いに向きの異なる磁束が互いに打ち消し合うように作用することからして問題があり,2つのコイルは,時間的に間隔をおいて,それぞれ独立に駆動するのが望ましいことも自明であるから,「2重のコイル」を,2つの電気回路により,その一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御して,被処理物に作用する磁束方向を変化させることは,当業者が容易に想到しえることと認められ,その際,2つのコイルの駆動については,時間的に間隔をおいて,それぞれ独立に駆動する実施の態様を採用することは,適宜なし得ることである』


3.主張(判決に関連する主張のみ記載)
(1)
原告の主張
原告は、摘記事項(お)は、コイルを離して配置する場合を前提とした記載であり、2重のコイルにすることは想定されていない点を主張した。
『しかしながら,摘記事項(お)は,巻き方向が同じ複数のコイルを直列接続して相互の磁束方向を逆方向に設定することができることを示唆するものであり,これは例えば図4(引用刊行物の「Fig.4」。以下,図の引用について同じ。)のように2つのコイル間に分割線Sの仮想平面を想定し,それによって何らかの磁気的効果を得ようとするものを念頭に置いた記載なのであり,引用発明において分割線Sの仮想平面を想定する場合には,2つのコイルを少なくとも被処理物の流れ方向に離して配置しなければならないことになるが,このようなコイル配置において,本件発明の特徴とする2重のコイルとすることは全く想定外の事項であるというべきである。』
(2)
被告の反論
被告は、次の点を反論した。

摘記事項(お)には、コイルを離れていない箇所に2重に重ねる場合も含まれることが明白である点
引用発明は、分割線Sの仮想平面ができる場合に限定されるものではない点
本件発明において「コイルを2重に管路外周に巻き付けること」による効果は格別の意味を有しない点
『(1) 引用刊行物には,「巻き方向が同じ複数のコイルも使用可能であり,2つのコイルを直列接続する場合,一方のコイルの例えば処理対象の液体の流れの方向の下流に位置する端部が,隣接する他方のコイルの下流に位置する端部に接続され,上流に位置する両端部が励磁装置2の信号出力端子3,4に接続されるということは当業者に明らかになるであろう。これらのコイルは,明らかに,適切に信号出力端子3,4に対し並列に接続することもできる。また,可能性として,並列接続と直列接続を組み合わせたものもあり得る。」(訳文9頁1~6行。甲5の3の7欄35~46行に対応)との記載があるが,この記載によると,コイルをパイプ1の離れた箇所に巻き付ける場合,離れていない箇所に2重に重ねる場合,及びコイルの巻き方向を逆にして逆向きの磁束を発生させる場合も含まれることが明白である。』
『(2) 原告らは,引用刊行物の図4の記載について指摘しているが,同記載は引用刊行物に記載された発明の実施例として,2つのコイルの間に図4に示すように分割線Sができる場合があることを示したものにすぎず,引用発明がそのような場合に限られるものであることについては,開示も示唆もされていない。また,本件明細書には,「コイルを1重でなく,2重に管路外周に巻き付けること」又は「コイルを3重でなく,2重に管路外周に巻き付けること」にいかなる技術的意義があり,いかなる作用効果を奏するかについては何ら記載がないから,本件審決が指摘するとおり,本件発明において「コイルを2重に管路外周に巻き付けること」による効果は格別の意味を有しないというべきである。』


4.裁判所の判断
裁判所では、下記の理由で相違点1について進歩性を認めた。

摘記事項(お)は、2重のコイルについて示唆していない。
引用発明において、分割線Sの仮想平面を形成できない構成を採用することは、その技術思想に反するものである。

『(3) 上記①及び[2]の段落のうち,[1]は,図4に示されたものについて,被処理物の流れ方向に沿って,上流と下流に距離をおいて2つのコイルが配置され,その一方のコイルと他のコイルとに逆向きの磁場を発生させた場合の作用を説明するものである。そして,[2]は,同等の作用を発揮するような構成上のバリエーションについて記載されているものと理解することができる。つまり,摘記事項(お)の記載は,巻き方向が同じ2つのコイルを用いた場合,図4と同様に一方のコイルと他方のコイルに逆向きの磁場を発生させるためには,2つのコイルに流す電流の向きを逆にする必要があることを指摘しているにすぎないというべきであって,同記載が「巻き方向が同じ複数のコイル」を「2重に巻き付ける態様」についてまで示唆するものであるということはできない。
『(4)
以上によると,引用発明において,2つ以上のコイルを用いる意義は,液体の流れ方向の上流側と下流側に配置した複数のコイルに異なる方向の磁場を形成させ,コイルとコイルの間の仮想平面(分割線Sで示される)付近に,より大きなローレンツ力を発生させることにあるものと認められ,摘記事項(お)の記載は,そのような構成を前提として,コイルの電気的な接続の仕方を記載するものであると認められる。そして,大きなローレンツ力を発生させるためには,複数のコイルを液体の流れ方向の上流側と下流側に並べて配置する必要があるはずであって,被告の主張するように,複数のコイルを同じ箇所に重ねて配置するとすれば,引用発明の特徴とする仮想平面が形成できない結果とならざるを得ないのであるから,このようなコイルの配置が引用刊行物に示唆されているなどということはできない。
そうすると,本件審決が,摘記事項(お)の記載から,「巻き方向が同じ複数のコイル」を「2重に巻き付ける態様」を適宜に設計できることが示唆されているとし,これを前提として,相違点1について,「2つの通電により磁束を形成するコイルを装置に取り付ける使用の態様として,『巻き方向が同じ複数のコイル』を,2つの通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2重に巻き付ける態様を採用することは,当業者が容易に想到しえることであると認められる。」と判断したのは誤りであるといわざるを得ないし,引用発明において,複数のコイルを重ねて配置し,分割線Sで示される仮想平面を形成することができない構成を採用することは,そもそも,その技術思想に反するものであるから,引用発明から本件発明の構成を想到することが容易であるということは到底できない。



5.コメント他
本件発明は、最初に36条違反を理由に無効審決がなされ、その審決が裁判(平成18年2月27日判決(平成17年(行ケ)第10067号))で取り消された後、29条2項違反で無効審決がなされたものである。


(執筆者 小沢 昌弘 )


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