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平成21年1月27日判決 知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10196号

事件名
:ダイボンディング材事件
キーワード
:容易想到性の判断、一致点の認定(具体例ない場合の先願について)
関連条文
:特許法29条2項
主文
:無効審決取消し


1.事件の概要
審決における一致点、相違点の認定の誤りを認め、広く開示した引例から特定のモノマーを採用することについては、本件発明の効果との関係で教示も示唆もないので、容易想到でないとし、進歩性なしとの無効審決取り消し。


2.事件の経緯
(1)
対象の特許:特許3117971号
原々出願(特願平7-171154)、原出願(分割出願:特願11-248802)からの更なる分割出願
(2)
事件の経緯
平成12年10月6日:登録
平成13年6月15日:異議申立
平成14年12月24日:訂正認め、特許維持決定
平成18年10月23日:無効審判請求(無効2006-80213号)
平成19年8月24日:訂正認め、無効審決
平成19年10月4日:審決取消訴訟提起
平成19年12月19日:訂正審判請求(訂正2007-390142号)
平成19年12月27日:訂正認め、無効審決取り消し、特許庁差し戻し
平成20年4月15日:訂正認め、無効審決


3.本件発明、争点及び判決の要旨
(1)
本願発明:訂正後の発明(下線部分:訂正部分)
請求項1
「半導体素子のワイヤボンディングされる面の裏面を指示部材に接着するためのフィルム状ダイボンディング材であって、
接着部分に均一に付けて用いられるものであり、
ポリイミドを主体とし、前記ポリイミド樹脂は、1,10-(デカメチレン)ビス(トリメリテート無水物)と2,2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕プロパンとから合成されるものであり、

接着温度100~350℃、接着時間0.1~20秒、接着圧力0.1~30kgf/mm2で上記半導体素子のワイヤボンディングされる面の裏面を上記支持部材に接着することができ、
上記支持部材は、ダイパッド部を有するリードフレーム、または配線基板であり、
吸水率が0.9体積%であり、
残存揮発分が3.0重量%以下である、有機物を含むフィルム状ダイボンディング材。」


4.審決の内容
本件訂正後の発明は、甲1,3,8発明と周知技術に基づいて、進歩性なし。
(1)
甲1(特開平6-145639)

[1]

一致点
半導体素子を指示部材に接着するためのフィルム状ダイボンディング材であって接着部分に均一に付けて用いられるものであり、ポリイミド樹脂を主体とし、前記ポリイミド樹脂は、1,10-(デカメチレン)ビス(トリメリテート無水物)と2,2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕プロパンとから合成されるものであり、接着温度300℃、接着時間5秒、接着圧力15.6gf/mm2で上記半導体素子を上記支持部材に接着することができ、上記支持部材は、ダイパッド部を有するリードフレーム、又は配線基板である、有機物を含むフィルム状ダイボンディング材
[2] 相違点

半導体素子の支持部材への接着
本件発明1では、半導体素子のワイヤボンディングされる面の裏面を支持部材に接着。
甲1発明では不明
吸水率
本件発明1では0.9体積%、甲1発明では不明
残存揮発分
本件発明1では3.0重量%以下、甲1発明では不明


5.審決取消事由
(1)
取消事由1(甲1発明の認定の誤り、一致点認定の誤り、相違点の看過)

[1]

甲1と本件発明のポリイミド樹脂は異なる

甲1発明におけるポリイミド樹脂
2種類のアミン成分:2,2-ビス(4-アミノフェノキシフェニル)プロパン及び3,3’-5,5’-テトラメチル-4,4’-ジアミノジフェニルメタンと、
2種類の酸成分:1,10-(デカメチレン)ビス(トリメリテート二無水物)及びベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物とを反応させて得られるポリイミドである(【0043】合成例3)。
本件発明のポリイミド樹脂
1種の酸成分:1,10-(デカメチレン)ビス(トリメリテート無水物)と
1種のアミン成分:2,2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕プロパンとから合成されるポリイミド(ポリイミドF)
[2] 実験成績証明書(甲16)
ポリイミドFは、相違点2,3,5に係る各特性を実現することができ、その結果、理フロークラックの発生を回避することができるのに対し、甲1の合成例3のポリイミドは、これらの相違点にかかる特性をいずれも実現することができず、その結果、リフロークラックの発生を回避することができなかった。
(2)
取消事由2(相違点認定、判断の誤り)
審決が挙げた甲1~甲9公報には、フィルム状ダイボンディング材に本件発明のポリイミド樹脂を使用することの開示はないから、看過した相違点の検討においては、甲1の公報の記載に基づいて、甲1発明のポリイミド樹脂を本件発明のポリイミドFに変更することが容易か否かを判断せざるを得ない。
甲1発明は、熱時接着力の高いダイボンド用導電性接着フィルムを提供することを目的とし、広く式(1)で表わされるジカルボン酸無水物を使用するとの技術思想を開示するものである。甲1公報には、本件発明の効果(吸水率、残存揮発分、および飽和吸湿率を改善し、さらにはリフロークラックの発生を防止するとの効果)については記載も示唆もない。・・・したがって、甲1発明のポリイミド樹脂に代えて、異なる課題を解決するための技術思想を開示する甲1公報に記載された広範なジカルボン酸及びジアミンの中から、特定の各1種を選択し、それにより甲1発明とは全く別異な効果を奏する本件発明のポリイミドFを採用することは、当業者が容易になし得ることではない。
(3)
取消事由3(旧36条4項適用の誤り)

[1]

審決
「本件発明の『ピール強度』は、その測定方法が本件明細書及び図面の記載からだけでは明確でなく、また、一般的な測定方法ともいえないので、本件明細書及び図面の記載が、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない」
[2] 取消事由
本件発明は「ピール強度」を発明特定事項として含むものではないから、そのような「ピール強度」との関係において旧36条4項の実施可能要件が問題となるものではない。


6.裁判所の判断
(1)
本願発明の技術的意義
半導体装置のリフロークラックの発生とフィルム状有機ダイボンディング材の物性・特性との間に相関関係があることを見出した点
ポリイミド樹脂の合成に使用されるモノマー組成を特定した点
(2)
取消事由1について

[1]

甲1には、本件発明に係るポリイミドFと同様のモノマー組成に合致するものは見当たらない。
[2] 審決の認定(合成例3のポリイミド樹脂に基づき、本件モノマー組成と置換可能であるから、甲1には、ポリイミドFを構成とする本件明が開示されていると認定)に対して
(i)
モノマー組成として置換可能であるとしても、リフロークラックの防止等、これとは異なる目的ないし課題を有する本件発明のジアミンに係るモノマー組成として置換可能であるか否かは甲1には開示されておらず、置換可能とした根拠不明。
(ii)
合成例3においては、ポリイミドFと同様のモノマー組成に加えて、ジアミンに係るモノマー組成として3,3’,5,5’-テトラメチル-4,4’-ジアミノジフェニルメタンが、テトラカルボン酸二無水物に係るモノマー組成としてベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物が挙げられているにもかかわらず。審決の上記認定においては、これらの合成要素が捨象されており、その根拠もまた不明
(iii)
モノマー組成の選択により合成されるポリイミド樹脂の特質は変化する。
[3] 結論
ポリイミド樹脂の比較にあたり、それらのモノマー組成の差異を捨象することは許されない。
ジアミンの1種であるとの共通性ないしテトラカルボン酸二無水物の一部が合致することのみを根拠として甲1公報の合成例3のポリイミド樹脂がポリイミドFに等しいものと認定することは誤り。
[4] 被告の反論について
(i)
本件発明のポリイミド樹脂について、特定のモノマー「のみ」から合成されるものとしては記載されていないとの主張について
「のみ」などといった文言を用いるまでもなく、モノマー特定の趣旨は当業者において明らか。
(ii)
本件明細書の「ジアミンとしては……2種以上混合して用いてもよい」(【0034】)と記載されていることを根拠として、本件発明のポリイミド樹脂をポリイミドFに限定して解釈することはできないとの主張に対して
被告の引用する上記記載は、一般論として、ポリイミド樹脂の原料に複数種のモノマーの組み合わせがあり得ることをいうものと解することはできても、それを超えて特許請求の範囲を当該記載に係る各モノマーの組み合わせのすべてを包含するものと解することはできないから、被告の上記主張は採用できない。
(3)
取消事由2について
容易想到性についての検討
「甲1公報に記載された発明は、熱時接着力の高いダイボンド用導電性接着フィルムを提供することを目的とし、広く式(1)で表わされるジカルボン酸無水物を使用するとの技術的思想を開示するものであるのに対し、本件発明は、半導体装置のリフロークラックの発生とフィルム状有機ダイボング材の物性・特性との間に相関関係があるとの理解を前提に、リフロークラックの発生を防止するため、ポリイミドFという特定のモノマー組成により合成されたポリイミド樹脂を採用することを技術思想として開示するものである。このように、甲1発明と本件発明の技術思想は必ずしも一致するものではない上、甲1公報には、本件発明の効果(吸水率、残存揮発分及び飽和吸湿率を改善し、さらにはリフロークラックの発生を防止するとの効果)との関係でポリイミドFという特定のモノマー組成を採用することの技術的意義については教示も示唆もなく、甲2公報ないし甲9公報をみても、上記のような観点でポリイミドFという特定のモノマー組成に着目した教示も示唆も見当たらない。そうすると、これら甲1公報ないし甲9公報の記載を前提とすれば、甲1発明のポリイミド樹脂に代えて、甲1公報に記載されたジカルボン酸及びジアミンの中から、特定の各1種を選択し、本件発明に係るポリイミドFを採用することは、当業者が容易に想到できるものではない。
(4)
取消事由3について
本件発明がピール強度を特定要素とするものではないことは明らか。そうすると、審決の指摘する事項について「発明」の実施可能が問題となるものではなく、審決の上記判断は、前提において誤りがあるといわざるを得ない。


平成21年5月25日 
再審理の上、訂正認め、無効審判請求棄却⇒審決確定


(執筆者 神谷惠理子 )


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