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平成21年1月27日判決 知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10166号
- 審決取消請求事件 -

事件名
:熱粘着式造粒方法事件
キーワード
:特許請求の範囲に記載された用語の意義
関連条文
:特許法29条第2項
主文
:特許庁の審決を取り消す。


1.事件の概要
平成13年10月5日出願(特願2001-310741号)
発明の名称:直接錠剤化用調合物および補助剤の調合方法
平成16年7月5日:一次補正
平成17年2月21日:二次補正
平成17年5月17日:拒絶査定
平成17年8月19日:拒絶査定不服審判請求(不服2005-015928)
平成19年12月10日:拒絶審決


2.争点及び判事事項
(1)
本発明の内容
【請求項1】
A)一種または一種以上の希釈賦形剤約5~約99重量%
及び/または薬学的活性成分0~約99重量%,
B)結合剤約1~約99重量%,及び
必要に応じて,
C)崩壊剤0~約10重量%
の全部または一部を使用した混合物を含み,
初期水分を約0.1~20%,及び/または薬学的に許容できる有機溶剤を約0.1~20%含む条件下において,約30℃~約130℃の温度範囲まで加熱し,密閉系統中で転動回転,混合しつつ顆粒を形成することを特徴とする直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法。
(2)
引用発明の内容
【請求項3】常温で固体又は液体の揮発性物質を低融点物質を用いて、密閉系で加熱造粒することを特徴とする、揮発性物質を含む粒状物の製造方法。
実施例1:
芳香性生薬であるウイキョウ末を含む生薬粉体(150μm以下)30重量部に対し、塩酸セトラキサート(200μm以下)30重量部、トウモロコシデンプン(100μm)15重量部、融点58℃のポリエチレングリコール6000(300μm以下)25重量部を加えたものをあらかじめ混合し、これを、ジャケット付きの攪拌造粒装置(ハイスピードミキサーFS-20、容量20リットル)を用いて10分間攪拌・混合し造粒物(I)を得た。尚、造粒開始時のハイスピードミキサーの壁温度は75℃であり、攪拌・混合中の品温は常に65℃以上であった。
(3)
審決の内容
本願発明は,引用発明(特開平4-275236号公報、揮発性物質を含む粒状物及びその製造方法)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受けることができない。
<一致点>
いずれも、「A)一種または一種以上の希釈賦形剤約5~約99重量%及び/または薬学的活性成分0~約99重量%,
B)結合剤約1~約99重量%,及び
必要に応じて,
C)崩壊剤0~約10重量%
の全部または一部を使用した混合物を含み,
初期水分を約0.1~20%,及び/または薬学的に許容できる有機溶剤を約0.1~20%含む条件下において,約30℃~約130℃の温度範囲まで加熱し,密閉系統中で転動回転,混合しつつ顆粒を形成する熱粘着式造粒方法。」であること。
<相違点>
本願発明は,直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法であるのに対して,引用発明は,直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法であるか否か明確でない点。
(4)
争点
特許法第29条2項の適用の可否(本願発明及び引用発明の認定の誤り,一致点及び相違点の認定の誤り)
(5)
原告の主張
(5.1)本願発明認定の誤り
審決は,「…引用発明の『粒状物の製造方法』は,加熱して粒状物を製造するものであるから,本願発明の『熱粘着式造粒方法』に相当する」として,本願発明の「熱粘着式造粒方法」が単に「加熱して粒状物を製造するもの」であるとしたが,誤りである。
本願明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,・・・本願発明にいう「熱粘着式造粒方法」は,凝結した水分が吸水性の相対的に高い結合剤に吸収されることにより,結合剤が粘性を有するに至り,これによって粘着・造粒が促進されることを意味している。つまり,本願発明の「熱粘着式造粒法」において,「粘着」は加熱によって生じるのではなく,転動容器の内壁の温度差によって水分が失熱することにより結果的に粘着が生じるのである。
(5.2)引用発明認定の誤り、一致点・相違点認定の誤り
引用発明の造粒方法は,引用例(甲1)に「…混合物を低融点物質の融点以上,好ましくは融点より5~30℃高い温度にし,低融点物質を溶融させる…」(段落【0013】)と記載されているとおり,融点が30~100℃の低融点化合物を混合機中で溶融させることによる造粒方法である。
そうすると,両発明は,密閉系で加熱を行うことにより造粒するという点においては同じだが,その造粒過程は全くの別物である。したがって,審決が本願発明と引用発明の一致点としていずれも「熱粘着式造粒方法」であるとしたことは誤りである。
(6)
被告の主張
本願発明における「熱粘着式造粒方法」とは,上記「A)…B)…C)…の全部または一部を使用した混合物を含み,…条件下において,約30℃~約130℃の温度範囲まで加熱し,密閉系統中で転動回転,混合しつつ顆粒を形成すること」に特徴づけられるものと解され,「熱粘着式造粒方法」における「熱粘着」作用も,上記のような過程において必然的に現れる現象を表現したものと理解される。
したがって,本願発明に関して特許請求の範囲の記載には何ら不明確な点はなく,発明の詳細な説明の記載を参酌すべき特段の事情も存在しないから,審決が本願発明の「熱粘着式造粒方法」は加熱して粒状物を製造する方法であるとした点に誤りはない。
(7)
裁判所の判断
(7.1)「熱粘着式造粒方法」の技術的意義
本願発明にいう「熱粘着式造粒方法」なる語は,造粒方法の一種を示すものとして一般的に知られた用語ではない。また,本件補正後の請求項1は,・・・加熱については言及されているものの,粘着の点については「熱粘着式造粒方法」という言葉の中にあらわれる以外には記載がない。
そして,「熱粘着式造粒方法」なる語からは,「熱」及び「粘着」が造粒に関して何らかの関係を有することは推測できるものの,それ以上の意味は不明である。
そこで,発明の詳細な説明の記載を参酌して検討すると,・・・本願発明にいう「熱粘着式造粒方法」とは,希釈賦形剤・薬学的活性成分・結合剤等の混合物を加熱することにより発生する蒸気が密閉系統中で凝結することを利用して,凝結した水分により結合剤に粘性を生じさせ,周囲の粒子を粘着させるという造粒方法をいうものと理解される。
なお被告は,本願発明に関して特許請求の範囲の記載に何ら不明確な点はなく,発明の詳細な説明の記載を参酌すべき特段の事情も存在しないから,審決が本願発明の「熱粘着式造粒方法」は加熱して粒状物を製造する方法であるとした点に誤りはないと主張する。しかし,特段の事情が存在しない限り発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されないのは,あくまでも特許出願に係る発明の要旨の認定との関係においてであって,上記のように特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに当たっては,特許出願に関する一件書類に含まれる発明の詳細な説明の記載や図面を参酌すべきことは当然であるから,被告の上記主張は採用することができない。
(7.2)引用発明における「粒状物の製造方法」の意義
引用発明は,揮発性物質の造粒に関して,従来の湿式造粒法では多量の水分を含有するため乾燥操作が必要となり,通風工程において水分と共に揮発性物質が揮散してしまうという欠点があったので,揮発性物質の損失をできるだけ少なくすることを目的としたものである。そして,課題を解決するための手段として,融点が30~100℃の低融点物質を使用し,密閉系で加熱造粒することにより低融点物質を溶融させ,これを攪拌・混合して粒状物を得るという方法を採用している。
そうすると,引用発明は,従来の湿式造粒法における欠点を克服し,多量の水分を含有させずに粒状物を製造するという点では本願発明と共通の目的を有するものの,その目的を達成するための手段として低融点物質を加熱して溶融させるという方法を採用している点で,本願発明とは異なる方法によるものである。
したがって,引用発明における「粒状物の製造方法」が本願発明の「熱粘着式造粒方法」に相当するものとした審決の判断は誤りである。
仮に,引用発明の諸材料中に1%を超える水分が含まれ,これを密閉系で加熱することによって容器内で水分が凝結することがあるとしても,引用例(甲1)には凝結した水分が結合剤に吸収されて粘性を生じさせるという記載はなく,低融点物質を溶融させて造粒を行うことが上記のとおり記載されているのである。そうすると,引用発明の諸材料中に通常含まれる水分が粒状物の製造に寄与するか,仮に寄与するとしてどのような役割を果たすのかについては,引用例には教示も示唆もされていないといわざるを得ない。
したがって,引用発明の諸材料中に本願発明における「約0.1~20%」の範囲内の水分が含まれているとしても,それを根拠として引用発明における「粒状物の製造方法」が本願発明の「熱粘着式造粒方法」に相当するということはできない。


3.執筆者のコメント
3.1. 装置に中で起こっている現象を造語で表し、明細書中で解説することにより、発明特定事項の一つとして認められている点が、明細書作成上、参考になる事例である。
本事例のような「熱粘着式造粒方法」なる構成はむしろ発明の効果と捉えて、クレームに記載しない場合が多いと思われる。本事例は造粒材料自体には特徴がなく、密閉加熱条件に特徴がある発明であるが、そのような条件で造粒できる造粒装置自体は一般的であるから、材料と造粒条件だけでは特許性を見出すのは難しいと思われる。発明者または明細書作成者が、本発明の特許性を主張するため、このような造語を用いたクレームドラフティングを工夫したものと推察する。
3.2.裁判所が、引用発明の材料中に含まれる水分が密閉容器内で凝結する可能性を示唆していながら、これが粒状物の製造に寄与するか,仮に寄与するとしてどのような役割を果たすのかについて引用例には教示も示唆もされていないことを理由に、引用発明における「粒状物の製造方法」が本願発明の「熱粘着式造粒方法」に相当するということはできないとした点は気になる。
引用発明で水分が凝結していたとすれば、その認識がなかったとしても、これが結合剤に吸収されて粘着性を生じていた可能性があるからである。米国では、このような場合、明白で、潜在的で、本来的な開示(express,
implicit, and inherent disclosures)は、引用文献にその旨の認識が明示されず、認識されていなかったとしても新規性、自明性拒絶の根拠になりうるとされている(MPEP2112
Requirements of Rejection Based on Inherency; Burden of Proof参照)。


(執筆者 山本 健二 )


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