平成20年6月27日判決 東京高裁 平成20年(行ウ)第82号
- 却下処分取消請求事件 -
- 却下処分取消請求事件 -
- キーワード
- :優先権主張、「同時」の意味、願書の補正
- 関連条文
- :意匠法15条1項で準用される特許法43条第1項、パリ条約4条D(1)、意匠法60条の3
- 主文
- :原告の請求は棄却する。
1.事件の概要
原告が意匠登録出願をした際に、当初、パリ条約による優先権主張の手続をせず、その後、同日中に、優先権主張に必要な事項を追加する手続補正をした。これ に対し、特許庁長官が、前記手続補正に係る手続を却下する処分をした。原告は、被告に対し、この処分について意匠法15条1項で準用される特許法43条1 項の解釈及び運用を誤った違法がある旨主張して、その取消しを求めた。しかし、東京地裁は、原告の請求を棄却した。
2.手続の経緯、争点及び判決の要旨
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手続の経緯 (原告)平成18年9月28日午後3時49分、電子情報処理組織を使用して意匠登録出願(願書には、特許法43条1項の所定事項が記載されていな い)→(原告)同日の平成18年9月28日午後6時6分、願書に前記所定事項を含む補正手続→(被告)補正手続の却下→(原告)行政不服審査法に基づく異 議申立て→異議申立てを棄却する旨の決定→(原告)本件訴訟の提起 |
(2) |
争点 本件の争点は、本件処分の違法性の有無、すなわち意匠法15条1項で準用される特許法43条1項の解釈及び運用を誤った違法事由の有無である。 |
(3) |
判決の要旨 意匠法15条1項で準用される特許法43条1項では、優先権を主張する旨、並びに最初に出願したパリ条約の同盟国の国名及び出願の年月日(所定事項)を記 載した書面を意匠登録出願と「同時」に特許庁長官に提出しなければならない(願書に所定事項を記載することにより、書面の提出の省略が可能)。ところが、 原告は、本件出願と同日で本件出願から2時間17分後に、本件出願の手続の補正として、願書に所定事項を追加する補正の手続を行っている。このため、この ような補正によって優先権の主張の手続が適法に行われたものということができるか否かが問題となる。 「同時に」とは、「二つ以上のことがほとんど同じ時に行われるさま。まさにその時。いちどきに」(広辞苑第六版)を意味する言葉であり、言葉の通常の用法 において、「同一日に」とは異なる意味で用いられることは明らかである。また、意匠法及び特許法においても、「同一日に」を意味する場合には「同日に」の 文言が用いられている(意匠法9条2項、特許法39条2項)。そうである以上、特許法43条1項の「同時に」の文言を、原告の主張するように「同一日に」 と解釈することは、そのように解すべき特別の事情が認められない限り許されないというべきである。 パリ条約4条D(1)では、「最初の出願に基づいて優先権を主張しようとする者は、その出願の日付及びその出願がされた同盟国の国名を明示した申立てをし なければならない。各同盟国は、遅くともいつまでにその申立てをしなければならないかを定める。」と規定し、各同盟国に優先権主張の時期的な終期の定めを 委ねており、我が国においては、特許法43条1項で「同時に」と定めたものであるから、その解釈は、あくまで国内法の問題である。しかし、我が国の特許法 43条1項からは、「同時に」を「同一日に」と解釈すべきであるとの趣旨を読み取ることはできない。 優先権による基準時よりも後の日で、本件出願より前の日までに同一発明の出願を完了した第三者は、出願と「同時に」されなかった優先権主張の手続が事後的 に適法な手続と扱われることによって、優先順位が覆ることになる不利益を被ることになる。また、当該出願の後、同一日中に当該優先権主張の手続がされる前 に出願した第三者も、同日出願人の地位(協議成立により特許を受け得る地位)が、出願と「同時に」されなかった優先権の主張が事後的に適法な手続と扱われ ることよって、失われることになる不利益を被ることになる。第三者が被るこれらの不利益は、到底看過し得るようなものではない。 よって、補正によって優先権の主張の手続が適法にされたものということはできず、本件出願については、全く優先権の主張の手続が行われていないといわざる を得ない。したがって、本件処分につき、意匠法15条1項で準用される特許法43条1項の解釈及び運用の誤りがあるということはできない。 |
3.執筆者のコメント
本判決によれば、特許法43条1項の「同時に」の解釈は、出願と、優先権主張の手続とを、まさに同時にしなければならない、ということのようである。特許 法43条1項の優先権主張の手続、意匠法4条3項及び特許法30条4項の新規性喪失の例外適用の手続などは、電子情報処理組織を使用する場合でも、願書に 所定事項を記載しておくことにより、「同時に」の要件を満たすことができる。
ところで、平成20年改正法では、拒絶査定不服審判の請求と「同時に」補正をしなければならない(特許法17条の2第1項4号)。本判決が示す様に、審判の請求手続と補正手続とを「まさに同時」に行う必要があるとすれば注意が必要である。
尚、原告が行った補正は、願書に上記所定事項を追加するものであり、そもそも要旨変更に該当するものであって認められるべきものではない。よって、原告 は、補正手続を行う代わりに優先権主張の手続を行って、優先権主張の手続が「同時」に行ったものであると主張すべきであったと思われる。
(執筆者 辻本 孝臣 )