平成21年2月5日判決 東京高裁 平成19年(ワ)第30807号
- 商標権移転登録抹消登録請求事件 -
- 商標権移転登録抹消登録請求事件 -
- 事件名
- :商標権移転登録抹消登録請求事件
- キーワード
- :錯誤無効、詐欺取消し
- 関連条文
- :商標法第4条第1項第11号、商標法第24条の2
- 主文
- :原告の請求を棄却する
1.事件の概要
原告はPHSによる携帯電話事業を行っていた小企業であり、被告はPHSによる携帯電話事業を全国展開している大企業であるところ、被告が商標登録を受け たい商標が原告の所有する登録商標と類似する可能性があることから、被告の申し入れによって、原告と被告との間で、原告の登録商標を一時的に無償で被告に 譲渡することを内容とする契約が締結され、これに基づいて原告の登録商標は被告へ移転登録された。
しかしながら、原告は、前記登録商標の一時譲渡契約(以下「本件契約」という)は被告の担当者が契約の交渉過程で
(a) |
原告の登録商標の移転登録は行わず、契約書は特許庁に対する疎明資料や社内決済のために利用するもので、実際には登録商標の移転登録は行わない、 |
(b) |
原告が計画している動画配信サービスについて、被告がネットワークを原告に全面的に開放する、 |
2.争点
(1) |
錯誤無効の成否 被告が主張する前記1.(a)(b)のような事情を認定して、本件契約が原告の誤信に基づくものであるとして錯誤無効となるか |
(2) |
詐欺取消しの成否 被告が主張する前記1.(a)(b)のような事情を認定して、本件契約が原告の誤信に基づくものであるとして詐欺取消しとなるか |
3.判決の要旨
(1) |
錯誤無効の成否について 原告が主張する動画配信サービスに係る被告の協力については、両者間で秘密保持契約が締結されている等の点で両者間において一応の検討がされたことは認め られるが、本件契約において被告による協力義務を定めた条項はなく、また本件契約書の作成段階でも原告が被告に対して協力義務を条項化するように求めた形 跡もなく、更に原告において前記動画配信サービスについて具体的な資料の提示もないと共に動画配信サービスについて両者間で具体的な進展があったことを窺 うこともできないことから、動画配信サービスについての被告の協力が原告において本件契約の要素となっていたとは認められず、したがって、原告が被告から 期待するような協力が得られなかったとしても、本件契約の錯誤無効とはならない。 |
(2) |
詐欺取消しの成否について 前記3(1)で述べたような事実に鑑みれば、本件契約の締結において、被告の原告に対する欺罔行為があったとは認められず、したがって詐欺取消しについての原告の主張は採用することができない。 |
4.執筆者のコメント
近年、大企業と中小企業との間で共同出願に関する契約や特許を受ける権利の譲渡に関する契約など、種々の契約が締結されるようになってきているが、このような契約にかかわるトラブルも増えており、この事件もその一つと言える。
この事件における争点の対象となった本件契約において、原告は被告に対して登録商標の一時譲渡を無償で行うこととなっている点に先ず注目すべきなのではな いかと思う。登録商標が譲渡される場合、一時的であるとはいえ商標権者は有償で譲渡するのが通常であるから、これを敢えて無償で譲渡するからには譲受人に なんらかの見返りを期待しているからに他ならない。この事件では、原告は自己の動画配信サービスを行うにあたって、被告の大規模なPHSネットワークの開 放・協力という見返りを期待していたことが窺える。
しかしながら、判決は原告の主張を退けるものとなったが、この判決の重要なポイントとして、前述したように、(a)本件契約において、原告の動画配信サー ビスにおける被告の協力義務条項が盛り込まれておらず、また原告が被告に対して、この条項を入れることを要求しなかったこと、(b)原告が動画配信サービ スの具体的資料を提示しておらず、当該サービスの具体的な進展が認められなかった点が挙げられる。したがって、原告は前記(a)(b)を実行しておくべき であったということになる。
ただ、原告側から見れば、上記(a)の実行については、大規模なPHSネットワークを保有している被告に対して強く主張できなかったという事情があるので はないか。また、この事件に限らず、中小企業と大企業が契約する場合、ビジネス上の力関係が大きく契約に反映されがちであるから、こうした事情も考慮する 必要があるのではないかと思われる。
(執筆者 河野 修 )