平成20年6月24日判決 知的財産高等裁判所 平成19年(行ケ)第10369号
- 審決取消請求事件 -
- 審決取消請求事件 -
- 事件名
- :双方向歯科治療ネットワーク事件
- キーワード
- :ソフトウエア関連発明、自然法則の利用、人の精神活動、発明の成立性
- 関連条文
- :特許法2条1項、29条1項柱書
1.事件の概要
本件は、原告が、発明の名称を「双方向歯科治療ネットワーク」とする特許出願をしたところ、拒絶査定を受けたので、これを不服として審判請求をしたが、被告(特許庁)から拒絶審決を受けたことから、その審決の取り消しを求めた事案である。
2.争点及び判決の要旨
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争点 主な争点は、補正前の特許請求の範囲に係る発明(ここで、請求項1にかかる発明を本願発明1とする)が特許法29条1項柱書にいう「発明」に該当するかどうかである。 |
(2) |
本願発明1の内容 本願発明1の内容は、以下の通りである(下線部分は、判決のポイントとなる記載)。 歯科補綴材の材料、処理方法、およびプレパラートに関する情報を蓄積するデータベースを備えるネットワークサーバと; 前記ネットワークサーバへのアクセスを提供する通信ネットワークと; データベースに蓄積された情報にアクセスし、この情報を人間が読める形式で表示するための1台または複数台のコンピュータであって少なくとも歯科診療室に設置されたコンピュータと; 要求される歯科修復を判定する手段と; 前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり, 前記通信ネットワークは初期治療計画を歯科技工室に伝送し;また 前記通信ネットワークは必要に応じて初期治療計画に対する修正を含む最終治療計画を歯科治療室に伝送してなる、コンピュータに基づいた歯科治療システム。 |
(3) |
判決要旨 裁判所は、「請求項に何らかの技術的手段が提示されているとしても、請求項に記載された内容を全体として考察した結果、発明の本質が、精神活動それ自体に 向けられている場合は、特許法2条1項に規定する『発明』に該当するとはいえない。他方、人の精神活動による行為が含まれている、又は精神活動に関連する 場合であっても、発明の本質が、人の精神活動を支援する、又はこれに置き換わる技術的手段を提供するものである場合は、『発明』に当たらないとしてこれを 特許の対象から排除すべきものではないということができる。」とした上で、「請求項1に規定された『要求される歯科修復を判定する手段』及び『前記歯科修 復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段』には、人の行為により実現される要素が含まれ、また、本願発明1を実施す るためには、評価、判断等の精神活動も必要となるものと考えられるものの、明細書に記載された発明の目的や発明の詳細な説明に照らすと、本願発明1は、精 神活動それ自体に向けられたものとはいい難く、全体としてみると、むしろ、『データベースを備えるネットワークサーバ』、『通信ネットワーク』、『歯科治 療室に設置されたコンピュータ』及び『画像表示と処理ができる装置』とを備え、コンピュータに基づいて機能する、歯科治療を支援するための技術的手段を提 供するものと理解することができる。」、「したがって、本願発明1は、『自然法則を利用した技術的思想の創作』に当たるものということができ、本願発明1 が特許法2条1項で定義される『発明』に該当しないとした審決の判断は是認することができない。」とし、請求項1に係る発明及びこれに従属する請求項にか かる発明が特許法29条1項柱書にいう「発明」に該当するものと判断して、審決を取り消した。 |
3.執筆者のコメント
コンピュータ・ソフトウエア関連発明に係る出願においては、特許・実用新案審査基準 第Ⅶ部 第1章 コンピュータ・ソフトウエア関連発明 3.2 発明 に該当するか否かの判断例(発明を特定するための事項として、人の精神活動に基づいて行われる処理が含まれる場合には、特許法29条1項柱書にいう「発 明」に該当しない旨の事例2-2等)を考慮して、特許法29条1項柱書違反の拒絶を受けないように(または、拒絶を解消)するために、実務的には、発明を 特定するための事項としての処理を行う主体として「人」が含まれないように記載することが行われているようである(本事案においても、この点を意識した補 正が行われている)。このため、本事案等のビジネス分野の発明のような、複数の処理の一部に人の精神活動に基づいて行われる処理が含まざるを得ない発明内 容については、特許法29条1項柱書違反の拒絶を避けることが難しいもの(または、拒絶を解消することが難しいもの)と考えざるを得ない、また、本事案に おける審決も妥当なものと受け入れざるを得ない、という雰囲気があったように思われる。しかし、上述のように、本判決によって、人の精神活動に基づいて行 われる処理を複数の処理の一部として含んでいる発明内容であっても、発明の本質が、人の精神活動を支援する、又はこれに置き換わる技術的手段を提供するも のである場合には、特許法29条1項柱書違反に該当しないものと判断されることが判示されたため(知財高裁 平成20年8月26日判決 平成20年(行 ケ)第10001号 審決取消請求事件においても、本判決と同趣旨の判決あり)、人の精神活動に基づいて行われる処理を含めざるを得ない発明内容について も、特許法29条1項柱書違反の拒絶を避けることが可能な場合があることが示された点で、実務上参考になるものと思われる。
(執筆者 山根 政美 )