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平成20年5月30日判決 知的財産高等裁判所 平成18年(行ケ)第10563号
- 審決取消請求事件 -

事件名
:感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン形成方法
キーワード
:除くクレーム、登録商標を用いた特定
関連条文
:特許法29条の2、特17条の2第3項
主文
:原告の請求を棄却する(特許無効でない旨の審決確定)。


1.事件の概要
特許法29条の2違反回避のために、「除くクレーム」を用いて、先願明細書に記載の化合物(登録商標で記載した化合物あり)の組み合わせを除外する訂正を行ったところ、その訂正は減縮に該当し、先願明細書との同一性が回避されたと判断された。


2.本件発明の要旨、争点
2-1 本件発明(特許2133267)
登録時のクレーム「(A)エチレン性不飽和結合を有する(a)(b)(c)(モノマー及びその反応生成物で特定)のうちの1種以上の感光性プレポリマー、 (B)光重合開始剤、(C)希釈剤としての光重合性ビニルモノマー及び/又は有機溶剤、(D)エポキシ化合物(希釈剤に難溶性の微粒状)を含有してなる感 光性熱硬化性樹脂組成物」に対して、訂正により、「ただし、(A)「クレゾールノボラック系エポキシ樹脂及びアクリル酸を反応させて得られたエポキシアク リレートに無水フタル酸を反応させて得た反応生成物」と、(B)光重合開始剤に対応する「2-メチルアントラキノン」及び「ジメチルベンジルケタール」 と、(C)「ペンタエリスリトールテトラアクリレート」及び「セロソルブアセテート」と、(D)「1分子中に少なくとも2個のエポキシ基を有するエポキシ 化合物」である多官能エポキシ樹脂(TEPIC:日産化学(株)製,登録商標)とを含有してなる感光性熱硬化性樹脂組成物を除く。」を追加した。
但書き部分の樹脂組成物は、特29条の2の先願明細書(特開昭63-278052として公開された特願昭62-114079の願書に最初に添付した明細書)の実施例2に該当する組成物である。

2-2 争点

(1)訂正の適否と29条の2違反
 [1]記載された範囲内での補正か?
 [2]登録商標「TEPIC」を用いた「除く」訂正は、減縮に該当するか?
(2)登録商標名の物質を除外した本件訂正発明は、先願発明との同一性を否定できるか?
(3)進歩性-相違点の判断の誤り
(4)発明未完成認定の誤り
(5)明細書記載不備認定の誤り


3.判決要旨
3-1 訂正の適否について
(1-1) 「明細書又は図面に記載された事項の範囲内の意義」

『特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において、付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や、その記載から自明である場合には、そのような訂正は、特段の事情がない限り、新たな技術的事項を導入しないものであると認められ、「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができる』
『無効審判の被請求人が、特許請求の範囲の記載について「ただし・・・・を除く」などの消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正を請求する場合がある。このような場合、特許権者は、特許出願時において先願発明の存在を認識していないから、当該特許出願にかかる明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが、明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても、平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりなく、このような訂正も、明細書又は図面の記載によって明示された技術的事項に対し、新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。』
(1-2)本件へのあてはめ及び判断
本件明細書の記載に基づいて、本件発明の技術的事項により特徴付られる技術的思想を認定し、訂正発明と同一であるとされている引用発明(先願明細書の実施例2に記載された組成物の発明)を各成分ごとに分説、特定した上で、
『引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって,本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから,本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり,本件各訂正は,当業者によって,本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。…したがって,本件各訂正は,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであると認められる。』と結論された。
(1-3)審査基準との関係について
審査基準が「除くクレーム」を例外的に認められるとしていることに対して、裁判所は、補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては、明細書等に記載された技術的事項との関係において、補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり、審査基準における「除くクレーム」に関する記載は、特許法の解釈に適合しないものであるとした上で、原告主張のうち、審査基準の記載が「除くクレーム」補正が例外として認められるための要件であるとの理解を前提とする部分を想到でないとしている。

3-2 クレームにおける商標の使用とクレームの減縮について
「TEPIC」の使用と技術的明確性について
『本件各訂正は,先願発明と同一であるとして特許が無効とされることを回避するために,先願発明と同一の部分を除外することを内容とする訂正であるから,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」を指すものであると認められる。そうすると,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書に基づく特許出願時において「TEPIC」の登録商標によって特定されるすべての製品を含むものであるということができるから,その限度において「TEPIC」との登録商標によって特定された物が技術的に明確でないということはできない。』とし、登録商標の使用が極めて例外的な場合に限定して許容されるとする施行規則24条にも反するものではないとした。

3-3 先願明細書との同一性についての判断の誤り
先願明細書の内容を明細書に基づいて認定した上で、本件発明とは、技術的思想において互いに異なり、先願明細書の実施例2以外の記載において本件発明と実質同一の発明が開示されているとはいうことはできないとした。

3-4 その他の争点については省略


4.コメント
今回の判決では、「除くクレーム」の適法性の判断の前提で、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲において」するものであるとの判断が示されている。今後、実務においても、補正のニューマター判断については、平成16年の審査基準改定で「直接的且つ一義的」という制限がはずされたことから、更に一歩進んで、技術的思想に基づく柔軟な運用が期待できる。
また、特定化合物について、商標の特定による「除くクレーム」では、同一化合物がクレーム範囲内に残っている可能性を否定できないにもかかわらず、組成物として技術的思想が相違するので実質同一ではないと判断された。明細書の記載に基づく技術的思想、技術的意義を重視した判断であり、技術的思想の相違が明確であれば、除くクレームで、引例に具体的に記載されている物質を除外するだけで、特29条の2による記載された発明、新規性否定を回避できることになり、今後の拒絶理由解消の補正として、利用が高まることが予想される。


(執筆者 神谷恵理子 )


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