平成25年度 弁理士の日 記念講演会 報告書
開催日時 | 平成25年6月29日(土)午前10時30分~午後5時10分 | ||||||||||||
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会 場 | 松下IMPホール | ||||||||||||
テーマ | iPS細胞技術を取り巻く知的財産権の光と影 ~発明の保護と利用の調和を考える~ |
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開催内容 | [基調講演1]iPS細胞技術と知的財産 高尾 幸成 氏(京都大学 iPS細胞研究所 知財管理室長) [基調講演2]iPS細胞基本特許を核とした特許ライセンス活動 白橋 光臣 氏(iPSアカデミアジャパン株式会社 取締役ライセンス部長)
[一般講演1]タカラバイオにおけるiPS細胞関連技術への取り組み 峰野 純一 氏(タカラバイオ株式会社 常務執行役員 細胞・遺伝子治療センター長)
[一般講演2]ヒトiPS細胞が創る新しい創薬技術 横山 周史 氏(株式会社リプロセル 代表取締役社長)
[一般講演3]iPS細胞を用いたパーキンソン病治療 髙橋 淳 氏(京都大学 iPS細胞研究所/再生医科学研究所 教授)
[パネルディスカッション] コーディネータ: 細田 芳徳 氏(弁理士 細田国際特許事務所 所長) パネリスト : 高尾 幸成 氏、白橋 光臣 氏、峰野 純一 氏、横山 周史 氏、髙橋 淳 氏(順不同)
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聴講者数 | 507名 | ||||||||||||
講演報告 |
本年度の弁理士の日の記念講演会は、「iPS細胞技術を取り巻く知的財産権の光と影」をテーマとして開催しました。iPS細胞は、2012年に京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞(生理学・医学賞)を受賞された革新的技術であり、また、大学発の技術でもあり、知財活動にも多くの関心が寄せられているところです。そして、講演会の講師には、iPS細胞技術に関して、特許取得、ライセンス、活用、研究などにおける各界の第一人者の方々をお招きし、基調講演(第1部)、一般講演(第2部)、パネルディスカッション(第3部)の3部構成で開催しました。その結果、講演会には500名を超える多くの聴講者がお越になりました。
講演会は、最初に日本弁理士会近畿支部の稲岡耕作支部長より開会の挨拶があり、続いて、第1部の基調講演を行い、昼休憩を挟んで、第2部の一般講演、第3部のパネルディスカッションを行いました。 第1部の基調講演1では、京都大学iPS細胞研究所 知財管理室長の高尾幸成氏より、iPS細胞に関する特許の種類や、国内外の出願動向、各国の特許審査の実態などをわかり易く丁寧にお話しして頂きました。特に基本特許での特許審査については、ES細胞との差別化や記載要件の要求程度などで日欧米間での対応の異同、米国ではインターフェアレンスへ突入直前に紛争が回避されるに至った経緯など興味深いお話しをして頂きました。そして、京都大学で特許取得する目的が何よりもiPS細胞技術の利用促進にあり、それを実現すべく、その中核を京都大学iPS細胞研究所の知財部門が担っているとの説明がありました。本講演を通して、大学における知財活動が研究や技術の進展に大きく貢献していることを理解することができたと思います。 第1部の基調講演2では、iPSアカデミアジャパン株式会社 取締役ライセンス部長の白橋光臣氏より、iPSアカデミアジャパン社では、京都大学を始め国内外機関からiPS細胞特許の実施権設定を受け、第三者に対してはサブライセンスとして許諾しているとの説明があり、ライセンス実績としては、2013年3月末時点で国内外企業を合わせて約75社(国内が約50社)との間で締結がなされているとの紹介がありました。また、iPSアカデミアジャパン社は、iPS細胞技術の利用を促進して早く患者さんの治療に役立てることを実現するために、ライセンスポリシーとしては、非営利機関による学術研究や教育目的の実施に対しては開放(但し、iPS細胞等を営利機関へ配布する場合は同意を求める。)し、営利機関に対しては非独占的なライセンスを許諾し、目的用途に応じて適正かつ合理的な対価を設定しているとの説明がありました。本講演を通して、iPS細胞技術の利用促進を図る上でのライセンス活動のあり方の一例を深く理解することができたのではないかと思います。 第2部の一般講演1では、タカラバイオ株式会社 常務執行役員 細胞・遺伝子治療センター長の峰野純一氏より、タカラバイオ社において開発され培われた、遺伝子治療及び細胞医療の技術を生かしたiPS細胞関連技術への取り組みについてお話して頂きました。タカラバイオ社では、iPS細胞の誕生以前に、遺伝子治療の分野で高効率に遺伝子導入を可能としたレトロネクチン法(「レトロネクチン」はタカラバイオ社の登録商標)を確立し特許も取得しており、iPS細胞誘導においても、この技術を活用することによって効率よく遺伝子導入およびiPS細胞の誘導が可能となっているとの説明がありました。本講演は、iPS細胞技術の進展に結び付けることができた技術の実例として大変興味深い内容であったと思います。 第2部の一般講演2では、株式会社リプロセル 代表取締役社長の横山周史氏より、リプロセル社においてヒトiPS細胞の創薬応用への取り組みについてお話して頂きました。リプロセル社では、ヒトiPS細胞から分化誘導した神経細胞、心筋細胞、肝細胞を世界で初めて製品化し、これらの細胞製品を製薬企業等へ供給することで、製薬企業等における新薬の評価に用いられているとの説明がありました。また、この創薬応用は、iPS細胞が持つ多能性と高増殖能という特性から実現されるビジネスモデルであり、創薬応用への進展によって新薬開発における動物実験の代替えや開発期間の短縮に大きく貢献するであろうと説明がありました。本講演は、iPS細胞のビジネスへの具体的な展開を実感させる興味深い内容であったと思います。 第2部の一般講演3では、京都大学iPS細胞研究所/再生医科学研究所 教授の髙橋淳氏より、京都大学iPS細胞研究所において、iPS細胞を用いたパーキンソン病治療へ向けた研究成果についてお話して頂きました。髙橋淳氏からは、パーキンソン病の原因などのわかり易い解説があった後、研究成果としてヒトiPS細胞から分化誘導したドパミン神経細胞を霊長類モデル脳へ移植したところ、行動改善がみられ、ドパミン神経細胞の生着も確認されたことなどについての説明がありました。そして、現状では、有効性と安全性の確保のための課題としてiPS細胞から誘導したドパミン神経細胞を純化する技術も完成しつつあり、そして臨床応用のプロトコールもほぼ確立されているので、2015年には臨床研究の開始を目指しているというトピックな話題もご提供して頂けました。髙橋淳氏の研究成果は、パーキンソン病の多くの患者さんが待ち望まれている根本的治療法を提供するものであり、iPS細胞の究極目的を具現化する一つの実例として大変すばらしいものであると感じました。また、治療方法の発明の保護と利用のあり方についても、考えてみる機会を与えてくれた意義ある内容であったと思います。 第3部のパネルディスカッションでは、弁理士 細田国際特許事務所 所長の細田芳徳氏をコーディネータとし、5名の講演者との間でiPS細胞技術及びその知的財産権のあり方などについての討論がありました。討論のテーマとして、iPS細胞に係る発明の特質、リサーチツール、審査、治療方法の発明、ライセンス、創薬研究、再生治療、大学の知財戦略など多岐にわたり、また会場からの質問に対しても、細田芳徳氏の的確な指摘に基づいて活発な討論が行われました。討論の最後には、パネラーの方々より、弁理士への期待や要望などについてもコメントを頂きました。また、コーディネータの細田芳徳氏からは、iPS細胞技術の分野においても、今回のテーマのように知的財産権の光と影を両輪とすることによって今後の益々の発展が期待されるとの総括があり、本講演会が終了しました。このパネルディスカッションを通して、iPS細胞、ライフサイエンス分野の知的財産関連の論点について整理、理解するのに大変参考になったのではないかと思います。 本講演会の最後、日本弁理士会執行理事の北村修一郎氏より閉会の挨拶があり、盛況のうちに本講演会を終了することができました。
本年度の講演会は、iPS細胞という山中伸弥先生がノーベル賞を受賞された世界的に注目される技術に焦点をあてて開催しましたので、ライフサイエンス分野での発明の保護と利用のあり方を考える良い機会を提供することができたのではないかと思います。また、長時間の講演会にもかかわらず、聴講者が最後まで熱心に講演に聞き入っていた様子からも、本講演会の内容は有意義なものとなり得たのではないかと考えます。 |
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(執筆者:知財普及・支援委員会委員 宮崎栄二)