HOME > 関西会について > 研究活動 > 大阪地裁判決要約 > 平成20年11月4日 大阪地裁 平成19年(ワ)第11138号

平成20年11月4日 大阪地裁 平成19年(ワ)第11138号
- 不正競争行為差止等請求事件 -

事件名
:融雪道路用構造材営業秘密事件
キーワード
:営業秘密、有用性、非公知性及び秘密管理性(以下、略)
関連条文
:不正競争防止法2条6項、同条1項8号、同法3条1項2項、同法4条、
主文
:原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。


1 事案の概要
発熱セメント体に係る別紙営業秘密目録記載の情報(以下、目録記載の情報につき、各番号を付して「本件情報1」などといい、また、これらの各情報を合わせて「本件各情報」という。)につき、被告らが原告従業員から不正に開示を受け、これを利用して別紙被告ら製品目録1記載の融雪瓦及び同目録2記載の融雪歩道板(以下、これらを合わせて「本件商品」という。)を製造販売しているところ、かかる被告らの行為が不正競争防止法2条1項8号の不正競争に該当するとして、本件商品の製造・譲渡等の差止め及びその廃棄とともに、損害賠償として5000万円及びその遅延損害金の支払いを求めた事案。


2 争点
(1)本件各情報が不正競争防止法2条6項所定の「営業秘密」に該当するか。
(2)本件各情報は有用な技術上の情報といえるか(有用性)。
(3)本件各情報は公然と知られていないものか(非公知性)。
(以下、略)


3 判決の要旨
裁判所は、(a)本件情報1ないし本件情報7の各情報が不正競争防止法2条6項にいう「営業秘密」に該当するか否かを検討した上で(b)これらの各情報が組み合わされた本件各情報が全体として営業秘密に該当するか検討している。
  本件情報1
1)
「炭素の混合が均一である」という情報以外の情報

【請求項4】【請求項5】及び【請求項6】の各記載、並びに【発明の詳細な説明】の【0017】に記載された事項により、乙23公報(特開2000-110106号公報)には、「導電性発熱体とその周りに上部道路形成層及び下部道路形成層を有し、導電性発熱体と上部道路形成層及び下部道路形成層はともにセメントをベースとし、導電性発熱体は導電性を高くするために炭素を所定割合混合している融雪道路用構造材の構造」及び「粉末の炭素を使用すること」が記載されている。

よって、乙23発明と本件情報1とは、「発熱部とその周りに表面層を有し、発熱部と表面層はともにセメントをベースとし、発熱部は導電性を高くするよう炭素を所定割合混合している融雪板の構造」という点で一致している。

したがって、本件情報1のうち、上記一致点にかかる情報は、遅くとも乙23公報により公開された後である平成15年10月当時(原告が開示行為があったと主張する時点)には公知である。

この点、原告は、乙23公報について導電性物質として炭素系であることを特定しておらず、道路形成層を構成する物質として「セメント」も特定していないとして、これらの特定をしたことにつき技術情報として非公知であるように主張する。

しかし、乙23公報には、マトリックス材の例としてセメントが、導電性物質の例としてカーボン(炭素)が明示されていることから、これらを組み合わせる技術的知見が開示されていることは明らかである。

よって、これらの組み合わせに他の組み合わせとは異なる特段の優れた作用効果を奏するといえる場合に限り、(選択発明と同視しうる新規な技術的知見が含まれているといえ)非公知性及び有用性が肯定されるが、セメントと炭素の組み合わせに上記特段の作用効果が奏するとは認められない。

したがって、炭素とセメントに特定したことについて非公知性(さらには有用性)を肯定することができず、上記組み合わせは、乙23発明の域を出るものではなく公知であるというべきである。
2)
「炭素の混合が均一である」という情報

発熱部は、炭素を所定割合均一に混合しているので遠赤外線を放出し、その遠赤外線を放射すると原告は主張するが、炭素を均一に混合していることと遠赤外線が発生することを因果的に裏付ける証拠はない。

また、炭素を混合するに当たり、偏りがないよう均一に混合するというのは、当業者であれば通常の創意工夫の範囲内で適宜選択する設計事項にすぎない(炭素を均一に混合するための特別な方法が具体的に開示されているわけでもない。)。

したがって、単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は、技術的に有用な情報とは認めがたい。
3)

小括

本件情報1は、公知、又は有用性を欠いているため、「営業秘密」に該当するとは認められない。

  本件情報2

乙23発明における導電性「粉末」の大きさについて、乙23公報【発明の詳細な説明】の【0009】では、「平均粒径0.5~500μmの球状、貝殻状、鱗状、針状、繊維状等の粒子からなる粉末である」旨記載されており、粉末と粒子が異なるものとして記載されていない。一方、本件情報2の「紛状」と「粒状」の大きさにつき明確な定義付けがなされていない。

よって、乙23発明にいう「平均粒径0.5~500μm」の粉末は、本件情報2にいう「粒状」と実質的に同一の概念であるから、乙23発明の「紛状の炭素」と本件情報2の「粒状又は紛状の炭素」とは実質的に同一である。

したがって、本件情報2は、乙23公報が公開された後である平成15年10月には公知であったというべきである。
  本件情報3

どの程度の重量割合であるか何ら特定しておらず、真に有用性がある情報かどうか不明であると言わざるを得ない。よって、本件情報3の有用性にかかる原告の主張は失当であり、本件情報は、「営業秘密」に該当しない。
  本件情報4

本件情報4は、絶縁体で覆うことを内容にしているに過ぎず、どのような方法で絶縁するかについては何ら特定していない。

よって、本件情報4には有用性が認められず、「営業秘密」に該当しない。
  本件情報5

(原告は、端子の数を4個とすることで融雪板を並置できる旨主張するが)端子の数を4個とすることと融雪板を並置できることとの関連性は不明であるし、端子を4個とすることによる特段の作用効果は主張されていない。端子を何個にするかは、融雪板の大きさとの関係で当業者の創意工夫の範囲内で適宜工夫される設計事項に過ぎない。

よって、本件情報5には有用性が認められず、「営業秘密」に該当しない。
  本件情報6

融雪板をどのような寸法にするかは、まさに当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計事項にすぎず、1辺が30mであることに特段の作用効果も認められない。

よって、本件情報6には有用性が認められず、「営業秘密」に該当しない。
  本件情報7

デザインの内容を具体的に特定しておらず、本件情報7が真に有用性がある情報かどうか不明であると言わざるを得ない。

よって、本件情報7には有用性が認められず、「営業秘密」に該当しない。
(2)本件各情報全体の営業秘密の該当性
本件各情報を全体としてみても、公知かまたは有用性を欠く情報を単に集めただけのものであり、これらの情報が組み合わせられることにより予測外の特別に優れた作用効果を奏するとも認められない。
したがって、本件各情報が全体として見た場合に独自の有用性があるものとして営業秘密性が肯定されるものではない。

(3)結論
本件各情報は、個別的に見ても、また一体としてみてもいずれも不正競争防止法2条6項の「営業秘密」に該当するとは認められない。


4 執筆者のコメント
(1)

裁判所は、(a)本件各情報の個別の非公知性及び有用性を個別に検討した上で(b)本件各情報全体の有用性の有無を検討しているが、各々の情報に非公知性や有用性が認められない場合であっても、情報の組み合わせ如何によっては顕著な効果が発生する場合も想定しうることから、かかる判断手法は妥当である。

また、裁判所は、本件各情報の検討についても公報の技術的意義を明らかにした上で非公知性の有無を検討するとともに(情報1及び情報2)、また、本件各情報の内容及び方法に関する特定の程度(情報3、情報4及び情報7)、及び作用効果との因果関係(情報5及び情報6)を吟味して有用性の有無を検討しているが、いずれも具体的な分析がなされており、かかる検討過程及び検討結果についても妥当である。

(2)
公報内で「例示」されている物質を組み合わせた実施形態については、仮に当該組み合わせが「特定」されていないとしてもその技術的知見は開示されている以上、選択発明のような新規の技術的知見が認められない限り公知である旨の判断は、今後の公知性の判断に参考になるものと思われる(本件情報1における判決の要旨参照)。

また、情報の有用性を主張するに際しては、抽象的な効果を主張するのみでは足りず、かかる効果を発生させるに足りる手段方法の特定及び当該情報と作用効果との結びつきにつき具体的な主張・立証が必要である旨の判断は、今後の有用性の判断に参考になるものと思われる(本件情報2ないし本件情報7における判決の要旨参照)。
(3)
原告は、本件訴訟において、別紙物件目録記載の情報以外に「油ぬき」した炭素を使用すること(判決書18頁)やセメントに対する炭素の重量割合を「10%ないし20%」にすること(判決書18頁ないし19頁)を付加して、本件情報1及び本件情報2、並びに本件情報3の有用性を主張しようとしたが、裁判所は、秘密管理性を基礎とする文書(甲3及び甲17)にはこれらの記載がないことから、上記付加的情報については、秘密管理性が明らかではなく、「営業秘密」であることを否定している。

秘密として管理されており不正競争防止法上の営業秘密として保護されるためには対象となる技術情報を漏れなく文書化しておくことが望ましいことは多言を要しない。


(執筆者 白木 裕一 )


« 戻る