平成20年7月22日 大阪地裁 平成19年(ワ)第6485号
- 実用新案権侵害差止等請求事件 -
- 実用新案権侵害差止等請求事件 -
- 事件名
- :商品展示用ケース事件
- キーワード
- :権利不行使の抗弁、侵害論終了後の公知文献の提出
- 関連条文
- :特許法104条の3第1項、民事訴訟法157条1項
- 主文
- :原告の請求をいずれも棄却する。
1.事件の概要
本件は,下記構成要件アないしエに分説される請求項1に係る考案を含む実用新案権を所有する原告が,被告の販売等している。概略,下記構成要件A1ないし Dに分説されるコミックレンタルケース(被告製品)は上記考案の技術的範囲に属し,同製品を販売する被告の行為は原告の上記実用新案権を侵害する旨主張し て,被告に対し,被告製品の販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,実用新案権侵害の不法行為による損害賠償を請求した事件である。
(請求項1)
ア | ケース本体を透明な合成樹脂によって形成し, |
イ | このケース本体の一面に,商品の出し入れ用の開口を設け, |
ウ | この開口縁に,ケース本体の内面に沿わせた表紙の裏面側に少なくとも一部が重なる折り返し片を連設したことを特徴とする |
エ | 商品展示用ケース。 |
A1 |
透明な合成樹脂によって形成された角筒形の胴部1と,この胴部の底面に脱着可 能に設けられた不透明な底部材2とを備える。 |
2 |
(省略) |
3 |
被告製品に表紙Bを挿入すると,表紙Bの下縁は,胴部1内面と底部材2の挿入部2aの周面とに挟まれ,段部2b上に保持される。 |
B | 胴部1の上面に,商品出し入れ用の開口を備える。 |
C | 胴部1の開口縁の3辺に,胴部1の内面側に折り返される折り返し片3a,3bが連設されている。(・・中略・・)折 り返し片3a,3bは,胴部1の内面に,コミック本Aの表紙Bを沿わせた状態で,胴部1の内側に折り返し,折り返した状態で,胴部1の内面に沿わせたコ ミック本Aの表紙Bの上部に到達している。 |
D | コミック本のレンタルショップで,コミック本を展示するために使用するケースである。 |
2.争点
(1) |
被告製品は本件考案の技術的範囲に属するか。 |
(2) |
本件実用新案登録は実用新案登録無効審判により無効にされるべきものであるか。 |
(3) |
侵害論終了後に公知文献(乙21)を提出し,新たな無効理由を主張することは,時機に遅れた攻撃防御方法(民訴法157条1項)に当たるか。 |
3.判示事項
a) |
構成要件アを充足するかについて 本件考案の構成要件アの「ケース本体」の解釈に関し,ケース全体が透明な合成樹脂によって形成されていることを必要とするか否かが争点となった。 裁判所は,本件明細書には,ケースにおいて表紙を沿わせない部分まで透明な合成樹脂によって形成される必要があることを示す記載はなく,実際上もケースに おいて表紙を沿わせない部分が透明な合成樹脂によって形成されていないとしても,本件考案の作用効果は何ら異ならないことが明らかと判断し,【構成要件ア の「ケース本体」は,ケースにおいて表紙を沿わせる部分,すなわち正面壁及び側面壁によって構成される部分を意味し,表紙を沿わせない部分,すなわち底部 は,「ケース本体」に含まれないものというべきである。】と,クレームの「ケース本体」を文言解釈した。その上で,被告製品は,透明な合成樹脂によって形 成された角筒形の胴部1を備え(構成A1),この胴部1の内面にコミック本Aの表紙Bを沿わせ(構成C),表紙Bを胴部1を通して外面から見ることができ るから,被告製品の胴部1は,構成要件アの「ケース本体」に当たり,構成要件アを充足すると判断した。 |
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b) |
構成要件イを充足するかについて 本件考案の構成要件イの「商品」の解釈に関し,コンパクトディスクやビデオカセットに限定されるか否かが争点となった。 裁判所は,本件明細書の「コンパクトディスクやビデオカセットのレンタル店(レンタルショップ)」との記載は,その取扱いに係るレンタル商品として「コン パクトディスクやビデオカセット」を例示したものと認められ,将来取り扱う商品も含めて,「コンパクトディスクやビデオカセット」以外の商品を排除するも のとまではいえないというべきと判断し,【構成要件イにいう「商品」は,コンパクトディスク及びビデオカセットに限定されるものではなく,レンタル商品と してコンパクトディスクやビデオカセットなどを取り扱うレンタル店(レンタルショップ)が取り扱い,本件考案がその作用効果を発揮し得るレンタル商品一般 を意味するものと認められる。】と,構成要件イの「商品」の文言解釈をした。その上で,被告製品に展示されるコミック本は,構成要件イにいう「商品」に当 たり,また,被告製品は,胴部1の上面にコミック本の出し入れ用の開口を備えている(構成B)ことから,被告製品は構成要件イを充足すると判断した。 |
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c) |
構成要件ウを充足するかについて 本件考案の構成要件ウの「表紙の裏面側に少なくとも一部が重なる」の解釈について,折り返し片と表紙の裏面とが接触することまで要求されるか否かが争点となった。 裁判所は,構成要件ウにいう「重なる」の一般的意義について,弁論の全趣旨から,辞書には,「あるもののうしろに他のものが続き加わる。」「物や人が次々 と後方に位置して連なって見える。」と説明されていることを認定し,「重なる」とは,被さっているが接触はしていない状態を意味するもののようにも解され ると判断し,本件発明においては,折り返し片が表紙の裏面側にぴったりと接触することまでは要さず,表紙の裏面側にその一部が接触しているか,あるいは, 接触していなくても被さってさえいれば足りるものというべきであると,構成要件ウの「重なる」を文言解釈した。その上で,被告製品は,折り返し片 3a,3bが,コミック本Aの表紙Bを沿わせた状態で,胴部1の内側に折り返されており,折り返した状態で,胴部1の内面に沿わせたコミック本Aの表紙B の上部に到達しているから(構成C),表紙の裏面側にその一部が被さっていることは明らかであり,「表紙の裏面側に少なくとも一部が重なる」の要件を充た していると判断した。 |
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d) |
権利不行使の抗弁について 裁判所は,乙6考案,乙21考案を下記(1)(2)のように認定し,下記(3)(4)に示すように,一致点・相違点を認定の上,相違点は当業者がきわめて容易に想到できたものであると判断した。
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4.執筆者のコメント
本件は,無効の抗弁の成否を左右する,いわば切り札的な公知文献の提出が遅れた事案であるが,無効の抗弁は当初から行っていたこと,弁論終結までには至っ ておらず,改めて期日を開かなければならないという事情まではなかったこと,さらに,乙21がフランスの公開特許公報で翻訳するのにもそれなりに時間を要 するという事情等が,却下されなかった要因として働いているものと考えられる。また,仮に,乙21の提出を却下したとしても,控訴審の初期の段階で新たな 証拠を提出することも通常認められると考えられるから(控訴審において新たに提出された外国の公知文献が,時機に遅れた攻撃防御方法ではないと判断された 事例として,知財高裁平17.9.30判決・平成17年(ネ)10040号特許権侵害差止請求控訴事件〔判例タイムズ1188号191頁・一太郎事件〕が ある。),不服であれば,被告は控訴するだけである。したがって,本件において,第一審の裁判所が,侵害論終了後の公知文献の提出を時機に遅れた攻撃防御 方法とは判断しなかったこと,その一方で,審理を無駄にしない観点から,イ号製品は本件実用新案の技術的範囲を充足していることを認定したことは,訴訟指 揮として正当であると考える。
(執筆者 山本 進 )