平成20年3月3日 大阪地裁 平成18年(ワ)第6162号
- 特許権侵害差止請求権不存在確認請求事件 -
- 特許権侵害差止請求権不存在確認請求事件 -
- 事件名
- :無鉛はんだ合金事件
- キーワード
- :付加、利用、サポート要件、クローズドクレーム、不可避不純物、合金
- 関連条文
- :特許法36条、72条
- 主文
- :原告の請求をいずれも棄却する。
1.事件の概要
本件は、「(A)Cu0.3~0.7重量%、Ni0.04~0.1重量%、残部Snからなる,(B)金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上したことを 特徴とする(C)無鉛はんだ合金」(請求項1)という発明に関する特許権(特許第3152945号)を有する原告が、Cu、Ni、Snの他に Ag0.084重量%等を含む無鉛はんだ合金LLS227αを製造販売する被告に対して、その製造販売等の差止め及び廃棄、並びに損害賠償を求めた事案で ある。
2.争点
(1) |
Ag0.084重量%は不可避不純物であるか否か |
(2) |
被告製品程度のAgを添加している場合、いわゆる「付加」に該当し、特許権侵害に当たるか否か |
3.判決要旨
(1) |
争点1 原告は、平成18年改正のJISにおいて「Sn97%Cu3%及びSn99.3%Cu0.7%の場合に、Agは0.10%以下」になっていることを根拠に Ag0.084重量%は不可避不純物のレベルを超えるものではなく、また被告製品レベルのAgは実用上意味のある効果を奏するか疑問であると主張したのに 対し、被告は、Agを融点低下、流動性向上、ヌレ性向上のために意図的に添加すると反論し、さらに平成11年制定のJISでは「Sn99%Cu1%及び Sn97%Cu3%の場合に、Agは0.05%以下」であったと主張した。 判決は弁論の全趣旨に照らして、「不可避不純物とは、おおむね、金属製品において、原料中に存在したり、製造工程において不可避的に混入するもので、本来 は不要なものであるが、微量であり、金属製品の特性に影響を及ぼさないため、許容されている不純物ということができる」、「一般に合金は、その成分組成が 異なれば,その特性が大きく異なることが通常のことである(甲27の19頁)。上記のように本件発明の成分組成が厳密に限定されているのは、このためであ ると考えられる。これらの点からすると、本件発明は構成要件Aに記載される以外の成分組成を含むことを基本的に許容するものではなく、例外的にそれが許容 されるとしても、せいぜい、そのようなものとして本件明細書において言及されている不可避不純物か、又はそれと同様に合金の流動性向上に影響を与えないこ とが特許出願時ないし優先日の技術常識に照らして容易に予見し得るものに限られると解するのが相当である」とした上で、被告製品のAgは本件特許出願前の JIS(平成11年制定JIS)に照らして、不可避不純物ではないと判示した。 |
(2) |
争点2 裁判所は、「発明の構成に含まれない成分を含有している場合にも発明の作用効果を奏しているということから、直ちに付加ないし利用関係を構成するというこ とはできない」、「例外的にそれが許容されるとしても、せいぜい、そのようなものとして本件明細書において言及されている不可避不純物か、又はそれと同様 に合金の流動性向上に影響を与えないことが特許出願時ないし優先日の技術常識に照らして容易に予見し得るものに限られると解するのが相当である」と判示 し、その理由について「上記のような合金の性質からすると、発明の構成中にない成分を添加した場合にも合金の性質が維持されるのか否かは予測できないのが 通常であるから、単にある成分を添加しても発明の作用効果を奏することが特許出願後に確認されただけで付加ないし利用関係を構成するとしたならば、特許出 願時においては作用効果を奏するか否かが不明であり、したがって、その時点ではそのような作用効果を奏するものとして開示されていなかった組成の合金につ いても独占権を認めることになり、発明の公開の代償として当該発明に対する独占権を与えるという特許制度の趣旨に反することになる」と説明した。 |
4.執筆者のコメント
付加の観点に立ってクローズドクレームを理解する場合、クレームに記載されていない要素を付加したものは権利から除外されることに異論はないと思われるが (竹田和彦「特許の知識」(第8版)、451頁)、合金分野では、利用(そっくり説、要旨共通説)の観点に立って権利侵害を求める例が時折見られた(例え ば、平成14年(ワ)第16268号)。合金分野では、クローズドクレームの限定が元々は発明の明確性の要請に基づくものであって、発明の要旨と直接関係 がなかったことからその様に主張されることがあるのではないかと推測される。本判決は、付加・利用の概念適用を否定し、クローズドクレームの文言解釈とし て処理することを明確に示したものと理解され、妥当な判断である。
(執筆者 菅河 忠志 )