平成20年2月18日 大阪地裁 平成18年(ワ)第8836号
- 不当利得金返還請求事件 -
- 事件名
- :太陽電池装置事件
- キーワード
- :事業者の調査義務
- 関連条文
- :特許法103条
- 主文
- :原告らの請求を棄却する。
1.事件の概要
被告会社は、原告会社2社に対し、被告の有する特許(発明の名称:太陽電池装置、以下「本件特許権」という)についての通常実施権を許諾する契約を締結し た。その後、原告らは、原告らの製品が、実際には本件特許権の技術的範囲に属していなかったことに気付き、同契約は、被告が「虚偽の説明」をしたため原告 らの製品が本件特許権の技術的範囲に属すると誤認したことにより締結したものであるから、(1)詐欺により取り消し、または(2)要素の錯誤により無効で あると主張して、同契約により通常実施料等として支払った金額を不当利得としてその返還を請求する訴訟を提起した。裁判所は、原告らの請求を棄却した。
2.争点及び判事事項
(i) |
詐欺について
P3(被告の実質的な代表者)の言動は、以下の理由により、本件特許権の通常実施権許諾契約をするについての商取引のセールストークとして許容される限度を超えた「虚偽の説明」をしたと認めることはできない。
a. |
特許権者等から特許権の通常実施権等の許諾を受けるのは、許諾なく特許権を侵害する製品を製造販売する 事業を行った場合、差止請求や損害賠償請求を受けるため、これを避ける必要があるからである。そして、特許権を侵害する行為については過失が推定されるか ら(特許法103条)、特許権を侵害するか否かについての調査は、上記推定を覆すに足りる程度に行わなければならない。したがって、ある製品を製造販売す る事業を行おうとする事業者(以下、「事業者」という)には、特許公報等の資料を検討し、その製品と特許権との抵触関係(侵害するか否か)を判断して、特 許権者等からの許諾を受けるか否かを決定することが求められているというべきである。本件特許公報を検討すれば、事業者であれば、本件特許が電圧方式によ る制御をするものであることを容易に知ることができることが認められる。 |
b. |
P3の言動は、本件特許が素晴らしいものである旨を特許権者が宣伝している趣旨であって、事業者として は、技術的な判断は、自ら特許公報等の資料により検討した結果によるべきであると理解すべきものであり、換言すれば、事業者が特許公報等の資料を検討して 本件特許の技術内容を判断するに当たり、技術的範囲の判断を誤らせたり、内容を誤認させたりするようなものということはできない。原告が本件特許公報を見 ていないとしても、原告が事業者であることに照らし、被告側において原告が本件特許公報を見ることを妨げた等の特段の事情のない本件においては、以上の認 定を左右するに足りるものではない。 |
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(ii) |
錯誤について
a. |
原告らが錯誤に陥っていたとしても、それは動機の錯誤であってそのことを被告に表示し、これを前提 として本件契約が締結されたものでなければ、要素の錯誤とすることはできない。P3の言動を前提としても、そのことだけで、原告らの錯誤が前提となってい ると評価することはできない。 |
b. |
事業者には、特許公報等の資料を検討し、その製品と特許権との抵触関係を判断して、特許権者等から の許諾を受けるか否かを決定することが求められていることは前示のとおりである。この時の注意義務は、我が国において有効なあらゆる特許を対象として調査 し、その製品とそれらの特許権との抵触関係を判断すべき義務であって、非常に広範囲に及んでいる。他方、特定の特許権の通常実施権許諾契約を締結しようと する場合には、特許権はすでに特定されており、当該特許権についてだけ調査判断すれば足り、極めて容易に行えることである。そして、本件特許公報を読め ば,太陽電池と電気二重層コンデンサを利用する太陽電池装置はすべて本件特許に抵触するわけではないことは容易に認識できるのであるから、この認識をしな かったことについて、原告らには事業者としての重大な過失がある。したがって、原告らの錯誤の主張は,重過失に基づくものとして許されないから理由がな い。 |
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3.執筆者のコメント
特許法103条(過失の推定)の規定より事業者の注意義務を重視し、被告の多少オーバーな言動についてもライセンシーの判断を誤らせるものではないとし て、詐欺および錯誤の適用を認めなかった事例である。特許権のライセンス契約では、特許権との抵触関係のみならず、特許権の有効性、特許の経済的価値、ラ イセンスの他の許諾状況等を(ライセンサーの説明を鵜呑みにすることなく)慎重に調査検討し、許諾の要否や実施料を交渉するのが常識であるところ、このよ うなデューデリジェンスを怠った原告らの主張を認めなかった裁判所の判断は妥当と思われる。
関連
(執筆者 山本 健二 )
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