平成18年12月21日 大阪地裁 平成17年(ワ)第5588号
- 商標権侵害差止等請求事件 -
- 商標権侵害差止等請求事件 -
- 事件名
- :ウォークバルーン事件
- キーワード
- :商標の類否(称呼類似、観念類似)、商標登録無効の抗弁
- 関連条文
- :商標法37条1号、商標法39条で準用する特許法104条の3
- 主文
- :被告は、別紙被告標章目録記載(1)及び(2)の標章を、送風式バルーン着ぐるみ商品に付して譲渡し、貸し渡し、譲渡又は貸渡しのため展示し、同商品に関する広告、価格表若しくは取引書類に付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に別紙被告標章目録記載(1)及び(2)の標章を付して電磁的方法により提供してはならない。(以下、省略)
1.事案の概要
本件は、第25類「仮装用衣装として用いられる被服」を指定商品とする登録商標「ウォークバルーン」に係る商標権者である原告が、送風式バルーン着ぐるみ の商品に「Walking Balloon」又は「ウォーキングバルーン」の文字よりなる被告標章を付して販売等している被告の行為は本件商標権を侵害す ると主張し、被告に対し、侵害行為の差し止め等とともに、商標権侵害の不法行為に基づく損害賠償等を求めた事案である。被告標章は原告登録商標と類似する か、無効理由の存否、被告標章は商標法26条1項2号に該当するか及び損害賠償額が争点となった。本稿では商標の類否と無効理由の存否の内、商標法4条1 項11号及び同16号に係る争点を取り上げる。
2.争点及び判決の要旨
(1)原告登録商標と被告標章の類否
本件登録商標は「ウォークバルーン」の文字よりなるところ、被告標章は「Walking Balloon」又は「ウォーキングバルーン」の文字よりなるものであるため、商標の類否が争点となった。
裁判所は、『原告登録商標は、「うぉーくばるーん」と称呼されるのに対し、被告標章は、いずれも「うぉーきんぐばるーん」と称呼されるところ、両者の間に は、語末の弱音の相違があるのみであり、両者は類似する。また、原告登録商標は、「歩く風船」という観念を生じるのに対し、被告標章は、いずれも「歩いて いる風船」という観念を生じるところ、両者の間には、動詞の時制が現在形か現在進行形かの相違があるのみであり、両者は類似する。したがって、被告標章 は、いずれも原告登録商標に類似するものと認められる。』と判示し、原告登録商標と被告標章は、称呼及び観念において類似すると判断した。
(2)無効理由の存否
イ 商標法4条1項11号
被告は、原告登録商標の登録時点において既にバルーン構造の仮装用衣服が公然と採用されていたとして、原告登録商標のうちの「バルーン」の部分は商品の品 質を表示し、「ウォーク」の部分は商品の使用方法又は用途を表示しているということを前提に、原告登録商標のうちの「バルーン」の部分は商品の品質を表示 するものであるから、原告登録商標は「ウォーク」及び「WALK」の文字よりなる先願商標1(指定商品に第25類「仮装用衣服」等を含む。)に類似し、ま た、原告登録商標のうちの「ウォーク」の部分は商品の使用方法又は用途を表示するものであるから、原告登録商標は「バルーン」及び「BALLOON」の文 字よりなる先願商標2(指定商品に第25類「洋服」等を含む。)に類似する、と主張した。
裁判所は、『原告登録商標の登録時点において、バルーン構造の仮装用衣服を取り扱っていた業者は、被告によっても、原告外1社を指摘し得るにとどまり、バ ルーン構造の仮装用衣服自体、仮装用衣服の業界においてどの程度認識されていたか疑問である。まして、原告登録商標の登録時点において、「バルーン」がバ ルーン構造の仮装用衣服の品質を表示し、「ウォーク」がバルーン構造の仮装用衣服の使用方法又は用途を表示するものとして、仮装用衣服の業界において認識 されていたものとは到底認められない。』と判示し、「うぉーくばるーん」とのみ称呼される原告登録商標は、先願商標1、2の何れとも類似せず、商標法4条 1項11号に該当しないと判断した。
ロ 商標法4条1項16号について
被告は、原告登録商標の登録時点において、「バルーン」の表示が取引者ないし需要者にバルーン構造の仮装用衣服の品質を指す表示として認識され、バルーン 構造以外の仮装用衣服に使用された場合に商品の品質誤認を生ずるおそれがあることは十分に予測し得たとして、原告登録商標は商標法4条1項16号に該当す ると主張した。
裁判所は、『現在、「バルーン」の語は、風船状のものを表すために用いられていることがあるものの、「バルーン」の語のみでは、例えば、送風式で膨らませ て使用する(バルーン構造)商品というような、特定の商品を表示するものとして、取引者ないし需要者一般に認識されているものとは認められず、その他、 「バルーン」の語が、バルーン構造の仮装用衣服ないしその品質を表示するものとして取引者ないし需要者に一般に認識される可能性があることを認めるに足り る証拠はない。』と判示し、「バルーン」は、バルーン構造の仮装用衣服ないしその品質としては取引者ないし需要者に認識されていないから、これをその指定 商品に使用したとしても、これに接した取引者ないし需要者が、バルーン構造の仮装用衣服であると誤認するおそれがあるとは認められないので、原告登録商標 は、現在、商標法4条1項16号には該当しないし、原告登録商標の登録査定時においても、同号に該当したとすることはできないと判断した。
3.執筆者のコメント
本判決では、「歩く風船」という観念を生じる原告登録商標と、「歩いている風船」という観念を生じる被告標章は、「動詞の時制が現在形か現在進行形かの相 違があるのみ」という理由で、観念的に類似するものと判断された。特許庁の審査実務では、観念類似が適用されること自体少ない状況にある。特に、英語由来 のカタカナ文字の商標同士の比較で、元の英語に現在形か現在進行形かの相違があるときに観念類似を適用したのは、あまり例が無いと思われる。また、本判決 では、「ウォークバルーン」と「ウォーキングバルーン」の称呼上の類否について、「語末の弱音の相違があるのみ」という理由で類似するとの判断が示され た。「ウォーキングバルーン」と発音するときは、第3音の「キ」の音は撥音「ン」の前に位置しているので、比較的明りょうに聴き取れる。それでも類似と判 断されたのであるから、称呼上の類似も通常より広く捉えていると考えられる。これらの点で、本判例は実務上参考になると思われる。
(執筆者 山本 進 )