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平成18年7月27日 大阪地裁 平成17年(ワ)3037号
- 特許権侵害差止請求権不存在確認等請求事件 -

事件名
:地震時ロック装置事件
キーワード
:確認の利益、侵害のおそれ、構成要件充足性、訴えの変更、実施許諾
関連条文
:意匠法37条1項、特許法70条、民事訴訟法143条
主文
: 1.被告が、意匠登録番号第1065539号(同号類似の1が合体したもの)の意匠権に基づき、原告に対し別紙物件目録第1記載の製品を使用し、販売し、譲渡の申出をする行為を差し止める権利を有しないことを確認する。
2.被告が、特許番号第3650955号の特許権に基づき、原告に対し別紙物件目録第2記載の製品を製造し、使用し、販売し、譲渡の申出をする行為を差し止める権利を有しないことを確認する。
3.被告が、伊丹簡易裁判所平成15年(ノ)第81号事件について平成16年2月17日に成立した調停の調停調書の調停条項2項に基づき締結された開き戸の地震時ロック装置の実施許諾契約に基づき、原告に対し別紙物件目録第2記載の製品を製造し、使用し、販売し、譲渡の申出をする行為を差し止める権利を有しないことを確認する。
4.訴訟費用は被告の負担とする。


1.事案の概要
本件は、原告が、その製造販売する原告製品1及び原告製品2に関し、被告に対し、原告製品1の販売行為等について被告の意匠登録番号第1065539号 (同号類似の1が合体したもの。)にかかる意匠権(以下「本件意匠権」という。)に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めるとともに、原告製品2の 製造販売行為等について被告の特許番号第3650955号にかかる特許権(以下「本件特許権」という。)及び調停条項によって締結された実施許諾契約に基 づく各差止請求権を有しないことの確認を求めている事案である。
これに対し、被告は、本件意匠権及び本件特許権に基づく差止請求権不存在確認請求につき確認の利益の不存在を、実施許諾契約に基づく差止請求権不存在確認 請求につき管轄の不存在を理由に両請求に係る本件訴えの却下を求めるとともに、予備的に本案について、原告製品1の販売が本件意匠権を侵害するおそれがあ ること、原告製品2の製造販売が本件特許権の間接侵害(特許法101条1号、2号)に当たり、あるいは調停条項によって締結された実施許諾契約に基づく差 止請求権を有することを理由として、原告の請求を争っている。


2.争点及び判決の要旨

(主な争点)
(1) 本件意匠権及び本件特許権に基づく差止請求権不存在確認の訴えにつき確認の利益があるか。(争点1)
(2) 原告による本件意匠権侵害のおそれはあるか。(争点2)
(3) 本件特許権に基づく差止請求権不存在確認請求について:原告側製品の本件特許権の技術的範囲への属否及び原告製品2の間接侵害の成否-構成要件D充足性(争点3)
(4) 本件新実施許諾契約20条1項b※1に基づく差止請求について:訴えの追加的変更によって追加された請求の趣旨第3項の訴え※2は、専属的合意管轄を無視してなされたものであり、管轄違背の違法があるか。(争点4)
(5) 本件新実施許諾契約20条1項に基づく差止請求について:原告による原告製品2の製造販売行為に対して本件新実施許諾契約20条1項に基づく差止請求権は認められるか。(争点5)
※1 原告と被告は、平成16年2月17日、被告の名義において平成10年12月25日までに出願された全ての発明、考案及び意匠の開き戸の地震時ロック装置に 関するもの(「本件発明等」)について、実施許諾契約(「本件新実施許諾契約」)を締結した。同契約20条1項は、「本契約が期間の満了、解除その他理由 のいかんを問わず終了したときは乙(注:原告を指す。)は直ちに本件発明等の製造等の実施を停止しなければならない。」と定めている。
※2 請求の趣旨第3項の訴えにかかる内容は、本件新実施許諾契約に基づき、原告に対し原告製品2の製造販売等行為の差止めを求めるものである。
(判示事項)
(1)争点1について
本件意匠権に基づく差止請求権不存在請求訴訟の確認の利益について
裁判所は、被告が本件新実施許諾契約解除後も原告の取引先に対して本件意匠権に言及した警告書を送付していることを挙げ、これにより、原告が取引先から以 後も原告製品1が本件意匠権を侵害するものであるとの疑いをもたれ、原告製品1に関する販売契約等を解除され、又は原告製品1の今後の販売が阻害されるお それがあるとした。また、裁判所は、被告提起にかかる未払実施料等請求訴訟(別訴)において、被告が原告既払にかかる原告製品1を含む製品の実施許諾料が 不足していると主張し、本件新実施許諾契約を解除していることによれば、今後、被告から、原告が販売する原告製品1について、実施料の支払がなされていな い、すなわち実施許諾を欠くものとして、本件意匠権に基づく差止請求がなされるおそれがあるとした。以上により、裁判所は、確認の利益を肯定した。
本件特許権に基づく差止請求権不存在請求訴訟の確認の利益について
裁判所は、争いない事実として、被告が原告の取引先に対して原告製品2をばね付き蝶番と併用した場合にはその吊り戸棚等が本件特許権を侵害すること等を内 容とする警告書を送付していることを挙げ、この警告書は、原告製品2の販売が本件特許権の間接侵害に当たる旨を告知するものであるとし、同送付行為によっ て、原告には取引先から原告製品2に関する販売契約等を解除されるおそれが存在し、ひいては被告から原告に対して本件特許権に基づく差止め等の請求がなさ れるおそれも存在すると判断し、確認の利益を肯定した。
(2)争点2について
裁判所は、本件新実施許諾契約に基づく実施料は既に支払済みであること、原告が原告 製品1の金型を公証人の面前で破壊したこと、原告代表者がその陳述書において原告製品1が本件意匠権に類似することを認めた上で実施料支払済み分以外に原 告製品1を製造販売しない旨を重ねて言明していることをそれぞれ認定したうえ、口頭弁論終結時点においては、原告による原告製品1の販売等が本件意匠権を 侵害するおそれがあるとは認められない旨判断した。
(3)争点3について
裁判所は、構成要件D※3の「扉等の戻る動きとは関係なく」動きが可能な状態になるという意味は、係止体が扉等の戻るあらゆる動きと関係なく動き可能な状態になるという意味ではなく、係止体が拘束(係止される場合が含まれる)されて地震が終了するという特別な場合を除き(この場合は、その拘束から解放する必要がある。)、強制的にロック状態となった原因を除去するために扉等の戻る動きを必要とすることはない、 という意味であると判示した。同解釈にあたり、裁判所は、同文言の意味は本件明細書中の詳細な説明及び実施例では説明がなされていないと前置きしたうえ で、本件明細書中の本件発明以外の参考例を参酌し、参考例を参酌する限り、構成要件Dの「扉等の戻る動き」の記述は、解放のための扉等の戻る動きについて はこれを含まない概念として用いられている旨を認定した。
次に、裁判所は、原告側製品について、ばね付き蝶番を併用する構成を採用することにより、地震終了時に係止体が係止する構造にはなっていないから、そもそ も係止体が係止され、あるいは拘束されるという場合を想定することができないと認定した。かかる認定に基づき、原告側製品については、係止体が拘束(係止 される場合が含まれる。)されて地震が終了するという特別な場合を想定することができない以上、別紙動作説明図(省略)のロック状態の原因を除去するため にばね付き蝶番による扉等の戻る動きを必要とするので、構成要件Dを充足しないと判示した。
以上より、裁判所は、その余の点について判断するまでもなく、原告製品2を使用した原告側製品は本件発明2ないし4の、原告製品を使用した地震時ロック方 法が本件発明1の各技術的範囲に属するとは認められず、原告製品2の製造販売が特許法101条1号、2号の間接侵害を構成することはないと判断した。
 
※3 構成要件Dの文言は、「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」というものである。
 
(4)争点4について
被告は、本件新実施許諾契約21条に同契約に関する訴訟・調停の管轄裁判所を被告の 特許事務所の所在地を管轄する裁判所(神戸地方裁判所伊丹支部)とする旨の専属的合意管轄の規定があるにもかかわらず、本件実施許諾契約に基づく差止請求 権不存在確認の訴えを追加的変更によって追加し、当裁判所において審理することは違法であると主張した。
これに対し、裁判所は、訴えの追加的変更(民事訴訟法143条1項)も「一の訴えで数個の請求をする場合」に該当するから、「法令に専属管轄の定めがある 場合」を除き、一の請求について管轄権を有する裁判所にその訴えを提起することができるところ、本件特許権に基づく差止請求権の不存在確認請求に係る訴え (請求の趣旨第2項)は、特許権に基づく差止請求権を訴訟物とする特許権に関する訴えであるから、民事訴訟法6条1項、4条1項により当裁判所に管轄が存 在し、よって同法143条1項により、本件実施許諾契約に基づく差止請求権不存在確認の訴えを追加的変更によって追加することは可能であると判示した。
(5)争点5について
争点5との関係においては、契約終了後の原告製品2の製造販売が本件新実施許諾契約20条1項にいう「本件発明等の製造等の実施」に該当するか否かが問題となる。
裁判所は、上記文言の意味を検討したうえで、原告製品2について原告が本件新実施許諾契約に基づく「停止」義務を負うのは、原告製品2が本件新実施許諾契 約にいう「本件発明等」の実施許諾品に当たり、かつ、原告が本件新実施許諾契約終了後に行う原告製品2の製造販売が本件特許権を侵害する(すなわち、原告 製品2を使用した原告側製品が本件発明2ないし4の、原告製品2を使用した地震時ロック方法が本件発明の各技術的範囲に属する)ことを要するものと解釈し た。
そのうえで、裁判所は、本件特許権にかかる本件発明は、平成11年3月18日に出願された発明であり、「本件発明等」(被告の名義において平成10年12 月25日までに出願された全ての発明、考案及び意匠の開き戸の地震時ロック装置に関するもの)に含まれず、かつ、前記のとおり、原告製品2を使用した原告 側製品が本件発明2ないし4の、その地震時ロック方法が本件発明1の各技術的範囲に属さず、原告製品2の製造販売が本件特許権を侵害しないとし、よって、 原告製品2の製造販売は本件新実施許諾契約にいう「本件発明等の製造等の実施」に当たらないと判断した。


3.執筆者のコメント
本件判決は、民事訴訟法(確認の利益の存否、訴えの追加的変更の可否)、民法(実施許諾契約解釈)及び特許法・意匠法(侵害のおそれ、技術的範囲の確定) 上の論点を多岐に含んでいる。この点、侵害のおそれとの関係では、差止請求権の成立を妨げる各事情を認定した事例として参考になる。また、技術的範囲の確 定に際しては、明細書中の詳細な説明及び実施例には直接的な説明がない場合に、明細書中の本件発明以外の参考例を参酌して特許請求の範囲の用語を解釈して おり、かかる解釈手法は注目に値する。


(執筆者 重冨  貴光 )


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