HOME > 関西会について > 研究活動 > 大阪地裁判決要約 > 平成18年6月13日 大阪地裁 平成17年(ワ)第11037号

平成18年6月13日 大阪地裁 平成17年(ワ)第11037号

事件名
:自動車タイヤ用内装材事件
キーワード
:技術的範囲、文言解釈と意識的除外、均等論
関連条文
:特許法100条1項、特許法70条1項・2項
主文
: 被告が、特許登録第3615881号の特許権に基づいて、原告に対し別紙物件目録記載の製品の製造、販売をする行為を差し止める権利を有しないことを確認する。(以下、省略)


1.事案の概要
本件は、別紙物件目録記載の各ラジオコントロールカー用タイヤ内装材(以下、併せて「原告製品」という。)を製造販売している原告が、その製造販売行為が 本件特許権を侵害すると主張する被告に対し、原告製品の製造販売につき被告が本件特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めた事件である。ゴム 発泡体の破断伸び、圧縮応力、見掛比重についての数値を特定している構成要件A、ゴム発泡体からなる帯状環状体の表面にゴムからなる非発泡表面層が一体化 されていることを特定する構成要件Bの充足性と、均等侵害の成否が争点となった。


2.争点及び判決の要旨
(1)構成要件Aの充足性
本件特許の請求項1に係る発明は、見掛比重が0.20~0.50、25%歪み時の圧縮応力が20~1000g/cm2、破断伸びが150~400%の特性 を有するゴム発泡体からなる帯状環状体であることを構成要件として特定しているところ、被告が提出した大阪市立工業研究所の試験結果報告書には、以下の測 定結果が示されていた。
破断伸び(%)
圧縮応力(g/cm2)
見掛比重
OP-434
450
372.6
0.39
OP-435
200
1294.4
0.49
OP-582
290
1019.8
0.46
これに対して、原告は、被告が提出した大阪市立工業研究所の試験結果報告書は、いずれもその試験方法がJIS規格で定める範囲外の寸法の試験片を使用する など、JIS規格に適合しておらず、その試験結果には疑問があるとし、仮にその点を措くとしても、上記試験結果に基づく原告製品の物性が本件発明の技術的 範囲に含まれないことは明らかである、と主張した。
裁判所は、JIS規格に適合するものではないとの原告の主張の点についてはひとまず措くとした上で、「被告の主張自体からも明らかなとおり、OP-434 は、破断伸びの点において本件発明の構成要件Aを充足せず、OP-435及びOP-582は、圧縮応力の点で同様に構成要件Aを充足しないことは明らかで ある。そして、他に、原告製品が本件発明の構成要件Aを充足すると認めるに足りる証拠はない。」と判断した。

(2)構成要件Bの充足性
本件特許の請求項1に係る発明は、ゴム発泡体からなる帯状環状体の表面に、ゴムからなる非発泡表面層が一体化されてなることを構成要件として特定している ところ、被告は、この「ゴムからなる非発泡表面層」には、ゴム発泡体を成形する際に金型の壁面において気泡が押しつぶされるためにゴム発泡体内部と比較し て、ゴム発泡体表面の気泡が目立たなくなっている表面層(以下、被告の用例に従って「スキン層」という。)も含まれると主張し、原告はその点を争ったた め、「ゴムからなる非発泡表面層」の文言解釈が問題となった。
裁判所は、構成要件Bの「(ゴム発泡体からなる)帯状環状体の表面に、ゴムからなる非発泡表面層が一体化されてなる」にいう「一体化」とは、2つの異なる 素材が合わさって1つになったことを意味し、そうすると「ゴム発泡体からなる帯状環状体」と「ゴムからなる非発泡表面層」とはもともと別のものであると理 解することが自然であるといえるが、被告のいうところの「スキン層」を含むか否かは、上記文言自体からは必ずしも明確ではないとし、本件明細書の記載を参 酌して構成要件Bの意義を解釈した。そして、[1]本件特許の明細書には、実施例としては、ポリクロロプレンゴム又はポリウレタン樹脂の各発泡体からなる 帯状環状体の表面に、厚さ0.3mm非発泡のクロロプレンゴムを一体化したもののみが開示されているにすぎない点、及び、[2]審査の過程において被告が 手続補正によって請求項1に構成要件Bの限定を加えたのは、ゴム発泡体のみを形成してなる帯状環状体から構成される内装材は公知文献から容易に想到し得る との拒絶理由を回避するために、このような構成を除外することを目的としていたことが明らかである点に着目し、その補正の際に、『いわゆる「スキン層」を 有する天然ゴム発泡体を本件発明の技術的範囲から除外しなかったことを認めるべき記載ないし示唆はない。したがって、ゴム発泡体のみからなる内装材は、そ れが「スキン層」と称する表面層を有するか否かにかかわらず、すべて本件発明の技術的範囲から除外されたものというほかない。』と判示した。

(3)均等侵害の成否
被告は原告製品について均等侵害を主張したが、裁判所は、自動車タイヤ用内装材について、特許請求の範囲に記載された範囲内の数値に限定された特定の物性 を有するゴム発泡体を使用する点(構成要件A)、帯状環状体の表面にゴムからなる非発泡表面層を一体化させる点(構成要件B)は、いずれも本件発明特有の 課題解決の手段を基礎付ける技術的思想の中核的、特徴的な部分すなわち本件発明の本質的部分であると認めるのが相当であるとして、均等侵害が認められるた めの第1要件を充足しないとして、被告主張を退けた。


3.執筆者のコメント
特許発明の技術的範囲は願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないが、クレームに使用された用語の意義を解釈するために 明細書の記載及び図面が参酌される(特許法70条2項)。本裁判例は、審査の過程で補正によって限定された構成要件の文言解釈が問題となったケースである が、「ゴムからなる非発泡表面層」には「スキン層」も含まれるという被告の主張に対して、裁判所が、明細書にその点の明確な記載がないという点のみなら ず、被告が審査の過程で補正によって意識的に除外したゴム発泡体のみからなる内装材から「スキン層」ができるものをことさら除外しなかったと認めるべき記 載ないし示唆はないから、それが「スキン層」と称する表面層を有するか否かにかかわらず、すべて本件発明の技術的範囲から除外されたものというほかないと して、原告製品は構成要件Bを充足しないと判断している点が、実務上参考になると考えられる。


(執筆者 山本    進 )


« 戻る