平成17年12月2日 大阪地裁 平成16年(ワ)9373号
- 職務発明対価金請求事件 -
- 職務発明対価金請求事件 -
- 事件名
- :職務発明対価金請求事件
- キーワード
- :職務発明
- 関連条文
- :特許法第35条,29条1項2号
- 主文
- :1.被告は,原告に対し,745万5000円及びこれに対する平成16年9月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2.原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3.訴訟費用はこれを14分し,その13を原告の,その余を被告の負担とする。
4.この判決の第1項は,仮に執行することができる。
1.事案の概要
本件は,被告の従業員であった原告が,その在職中にした職務発明4件につき,特許法35条3項に基づいて,特許を受ける権利を使用者である被告に承継した ことに対する相当な対価の未払分の一部である1億円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求した事案である。
2.争点及び判決の要旨
特許法35条4項にいう,「その発明により使用者等が受けるべき利益」とは,使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権について無償の通常実施権を有す ることからして,単に当該発明を実施することにより得るべき利益をいうものではなく,これを超えて,使用者等が従業者等から特許を受ける権利を承継して特 許を受けた結果,発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益(独占の利益)をいうものと解される。そして,この独占の利益は,本件のように使 用者等が当該発明を自社で独占して実施し,他社に実施を許諾していない場合には,特許権の効力として他社に当該発明の実施を禁止したことに基づいて使用者 等があげた利益がこれに該当するが,その算定としては,使用者等が当該発明を他社に実施許諾していた場合に予想される売上高と,実施許諾せずに自ら独占し て実施している場合に上げている売上高とを比較することにより得られる超過売上高に基づき,それによる利益の額を算定することによって行うことができる。 また,超過売上高に基づく利益の額は,当該発明を第三者に実施許諾することによって第三者が超過売上高の売上げを得たと仮定した場合に得られる実施料相当 額をもって算定することができる。そして,「使用者等が受けるべき利益」は,権利承継時に客観的に見込まれる利益の額を指すものではあるが,具体的には, 特許権の存続期間が終了するまでの間に使用者が上げる超過売上高に基づく利益を指すものであるから,当該利益の認定に当たって,事実審口頭弁論終結時まで に生じた被告の実際の売上高等の一切の事情をしん酌することができる。
競合他社が本件発明Aによらないでダイボンダの高速化を実現していることや,ダイボンダは複雑な機構を有する装置であって,認識装置以外にも高速化のため の技術開発を行う余地が十分にあることからすると,被告が主張するとおり,競合他社は,本件発明Aとは別の技術によってダイボンダの高速化を実現している ものと考えられる。しかし,競合他社がダイボンダの高速化を実現しているとしても,本件発明Aの実施により,更に高速化が図れ,ライセンス料の支払義務を 負担しても見合うほどの売上の拡大と利益の増大があったと認められるのであれば,競合他社にとって,本件発明Aが無意味であるということはできず,本件特 許権Aの独占の利益も否定することはできない。
そして,S社は平成8年まで被告やT社とのインデックスの格差が拡大し,それに連れてシェアが急速に低下していったことから,少なくとも,S社に関して は,処理速度の向上に優れた効果を有する本件発明Aの実施は有益であったと認めることができ,少なくともこの時期における本件特許権の独占の利益を否定す ることはできない。
被告の超過売上高は,多数の特許権や技術が寄与して達成された被告のダイボンダ全体の売上高をべ一スとするものであること,及び一般に製品競争力を基礎付 ける多数の発明を一括して実施許諾する場合でも,その実施料率には自ずと限度があるものであることからして,超過売上高達成に果たした本件発明Aの寄与度 を考慮すると,社会法人発明協会発行の「実施料率(第5版)」に示されたような実施料率(特殊産業用機械,昭和63年~平成3年:平均値4.7%,平成 4~10年:平均値6.5%)をそのまま採用するのは相当ではない。本件発明Aに関する相当実施料率は,被告の製品が最も高速であり,N社と被告との間で 速度に差があった時期は2%,競合他社の多くも自社技術でダイボンダの高速化を実現し,被告の特許権や特許出願中の技術が数10件ないし100件に達し, 乙第8号証に係る発明も開発されている時期については,0.2%とするのが相当である(原告は全期間について実施料率5%を主張)。
また,本件発明について,被告が本件特許権により受けるべき利益に乗ずべき割合(原告への配分割合)は,5%と認めるのが相当である(原告は75%を主張)。
3.執筆者のコメント
原告は,4件の特許について職務発明対価の請求を行い,1件については請求が認容されたものの,他の3件は特許出願前に製品が販売されていたので公然実施 の無効理由があるとして,対価請求は棄却された。また,認容された1件についても発明者の貢献度,製品への寄与率等の諸事情が勘案され,訴額に対して大幅 に減額される結果となった。
(執筆者 永井 豊 )