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平成17年9月26日 大阪地裁 平成16(ワ)10584号
- 職務発明の対価請求事件 -

事件名
:育毛剤事件
キーワード
:対価の額、受けるべき利益、使用者のリスク
関連条文
:特許法第35条
主文
:被告は、原告らに対し、それぞれ480万6923円を支払え。原告らのその余の請求をいずれも棄却する。


1.事案の概要
本件は、被告の従業員であった原告ら(P1及びP2)が、その在職中にした「育毛剤」の職務発明につき、特許法第35条3項に基づいて、特許を受ける権利を使用者である被告に承継したことに対する相当な対価の未払分の支払いを請求した事案である。


2.争点及び判決の要旨
(1)本件特許権により被告が受けるべき利益の額
(2)本件発明及びその後の経過並びに被告が貢献した程度、原告らと被告の間の配分割合
(3)被告が原告らに対して支払うべき相当な対価の額


3.裁判所の判断
(1)使用者等は、職務発明について特許を受ける権利の承継を受けなくとも、法定の通常実施権を有するのであるから、法定通常実施権を有することによって受けることのできる利益については、相当の対価の額を算定するにあたって考慮すべきでない。
(2)相当の対価の額の算定において基準とすべき時点は、従業者等が特許を受ける権利を使用者等に承継した時である。使用者等の「受けるべき利益」とは、使用者等が権利を承継した時に現実に手にした利益ではなく、権利承継時に客観的に見込まれる利益の額である。
(3)発明を実施して事業化するための経費と労力が失敗により全損となったり、他社にライセンスや特許権を譲渡するためにも、その相手方の発見や合意の成 立までのリスクを使用者が負担する。特に、本件発明や医薬品のように人体に使用して薬理的効果を狙うという発明においては、発明が完成された時において も、ヒトに対する毒性などから事業化が頓挫・中止されることが多くあるというリスクを、使用者等が貢献した程度を定めるについて、十分に考慮しなければな らない。
(4)以上を前提として、本件において、被告が本件特許権を有することによって受けるべき利益は、(A)K7(育毛剤の製造会社)から受けるべきサイト マックスについてのライセンス料、(B)K5(育毛剤の製造販売会社)から受けるべきイノベートについてのライセンス料相当額、の2つだけである。(A) のライセンス料の見込み額は1億7677万2280円、(B)のライセンス料相当額は3億392万円(ライセンス料率2%)であり、受けるべき利益の額は 合計4億8069万2280円である。
(5)本件発明において、被告が本件特許権により受けるべき利益に乗ずべき割合(原告等への配分割合)は、2%と認めるのが相当である。よって、相当な対 価の額は、4億8069万2280円×2%=961万3846円となり、原告らそれぞれについて480万6923円となる(原告らの間の寄与度の割合は合 意済み)。


4.執筆者のコメント
発明の対価の額を算定することは非常に困難であるが、対価についての訴訟が多発しているという現状を鑑みると、従業者は、使用者の支払っていた報償金額で 納得していなかったことは事実であろう。法改正により、平成17年4月1日以降に特許を受ける権利の承継等があった件に関しては、裁判所が対価の額につい て判断することはない(対価の決定が合理的なもののみ)ので、今後この種の訴訟は減少すると予想する。しかし、算定基準を十分明らかにし個々の発明につい て適切な評価をして、従業者の納得感を得ることができなければ、今まで以上に研究開発意欲の増大及び産業競争力の強化は期待できないだろう。今後は、従業 者の発明意欲を刺激する対価の算定基準を、どのように定めるかが企業や大学等の課題になると考える。


(執筆者 竹内  公孝 )


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